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リンゴリラ

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寝かせ屋・庵月は依頼人を先に「寝かせ」た者たちへ報復を挑む
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記事一覧

リンゴリラ #1

リンゴリラ #1

  月島アークホテル

 月島アークホテルのフロントにその男たちが現れたとき、ホテルのフロントマンはテレビの通販番組を見ていた。マッチョな男がトレーニング用品の良さを語り、司会者がそれに大げさな相槌を打った。「気になるお値段は」のところでフロントマンはデスクに組んでいた脚を下ろし、身を乗り出した。だが、彼がその値段を知ることはなかった。代わりに、フロントマンの脳みそはそこら中に吹っ飛び、目は天井の

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リンゴリラ #2

リンゴリラ #2

新富町シティホテル

 夏の夜、祭り、ジンジャエール……。庵月は頭の奥にあるイメージの世界にいる。だが、そこは現在からあまりに遠ざかった場所だ。そのため、庵月にはその世界のルールがうまく思い出せない。なぜこんなにも朧気なのかは分かっている。これは母が死ぬ前の世界だからだ。正確には、母が植物状態から完全なる死へとシフトする前。
 一人の少女の影がちらついている。シルエット。それだけだ。偶然の出会い…

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リンゴリラ #3

リンゴリラ #3

  また、月島アークホテル

 「参ったな、こんな惨状を見るのは初めてだよ」
 小暮は笑った。ふだんはカエルのような様相でキャバ嬢に気味悪がられている小暮だが、笑えば実はニコちゃんマークのような愛嬌のあるシンボリックな表情になるのだ。
 小暮は月島アークホテルのロビーのソファに横になっている。遺体は全部で十二体。すべて一発で脳天を撃ち抜かれている。ルーベンスの伝では、二人の殺し屋によるものだという

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リンゴリラ #4

リンゴリラ #4

 オン・ザ・隅田リバー

 ルーベンスは夢を見ていた。犬を抱く夢だ。ルーベンスはその犬を撫でて可愛がりながら、首をへし折った。ルーベンスははらはらと夢の中で泣いていた。
 目覚めた。
 頭のなかにこびりつく会話。ルーベンスが目覚めたのはタクシーの中だった。
「おい、どこに向かってる?」
 ルーベンスは運転席の男に銃を突きつけた。
「ひ、ひぃ……上野動物園です」
 ひどい渋滞だった。何者かが自分に奇

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リンゴリラ #5

リンゴリラ #5

 同じく第二豊洲アパートメント周辺

 パンツは左腕で生首を抱え、右腕を使って這い進んでいく。月の光がよそよそしいのは今に始まったことではない。だが、今宵はやけに冷笑的だ。
やっとの思いで大きなビルの裏手に入り込んだ。公衆電話から闇治療をしてくれる医師のところに電話をかけるためだ。
 《鈴》と呼ばれるその医師は、ルーベンスとつながっている。もしかしたら、命取りになるかもしれない。だが、それはある意

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リンゴリラ #6

リンゴリラ #6

 トヨス・パーク付近

 埃でも払い落とすように頭を叩かれて、爪楊枝は覚醒した。
 叩いているのは警官だった。
「おい、生きてるか」
 爪楊枝はしばらくの間目を開かなかった。
「参りましたよ」
 べつの警官の声だ。
「あっちのデブは4人がかりでも運べそうにないですって」
「馬鹿野郎、泣き言いってんじゃねえよ」
 爪楊枝は考える。俺の頭を叩いた警官は、上司に当たるらしい。
「おい、お前らコイツしょっ

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リンゴリラ #7

リンゴリラ #7

 月島アークホテル

 月島アークホテルは閑散としていた。田村と磯田の死体を取り囲んでいる5人の警視庁の本部長クラスの人間は、ホテルに大量にたまった死体の処理をどうするか検討している最中だった。
 通報者が誰なのかも分からず、挙句現場にいた刑事二名は拳銃で撃ち合い死亡、残る一人は豊洲のアパート前で死んでいた。この事件が露見すれば、警察の無能ぶりが糾弾されることは間違いない。
「いや、ここは隠蔽でし

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リンゴリラ #8(最終回)

リンゴリラ #8(最終回)

 月島神社前

 
 覆い茂った杜の手前に、片脚の男が立っている。
 季節外れの黒いロングコート。
 だが、薄闇の中では、違和感はあまりない。
 ウォンの生首は、今はコートの下に隠されて見えない。奇妙なことに、パンツは何の手がかりもなしに月島神社にたどり着いた。まるで、ウォンみたいだ。ウォンは、犬並みの嗅覚を持っていた。パンツは、半ばその能力に呆れ返りながら、その恩恵を蒙ってきた。
 ウォンはいつ

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