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おばあちゃんの彼氏♡

小さい頃、おばあちゃんと一緒に住んでいた。

テレビに細川たかしが出てくると、
「あれ、おばあちゃんの彼氏♡」
と、おばあちゃんはいつも言ってきた。

「北の〜 酒場通りには〜
長い〜 髪の女が似合う〜♪」
細川たかしがニコニコしながら歌い出す。

オールバックにした短い髪に櫛を差しながら、わりかし綺麗な顔立ちだったおばあちゃんは、ちょっとうっとりして、細川たかしを見つめていた。

無垢な私は、
(げっ、また気持ち悪いこと言ってる〜…)
と思っていたが、30年経った今、私は藤井フミヤさんを彼氏のように想い、心の支えにして、日々暮らしている。

その頃、おじいちゃんはもういなかった。

はっきり言って、我が儘な性格だったおばあちゃんは、足が悪く、友達とゲートボールなんかをするタイプではなかった。

火曜サスペンス劇場が楽しみで、しばしば浪曲のカセットを聴いていた。

台所の布巾を、相当な怒りを込めているのかという程、家族の誰よりも硬く絞った。

みんなが二階に上がり寝息をたてている頃、自分の茶碗と箸にだけ熱い湯をかけ、消毒しているのを私は知っていた。

お母さんの茶碗の洗い方を、100%は信用できなかったのだろう。

夜中に眠れなくなり、おばあちゃんの部屋に行くと、女学生時代のおてんば話や、戦争の時の話をしてくれた。

おばあちゃんは、戦争で子どもを産むのが遅れ、また、お母さんも晩婚だった。
なので、私と同い年の友達のおばあちゃんたちよりも、かなり年をとっていた。

「サザエさん」のマスオさんのように、養子ではないが、お母さん側の家族と暮らしていた、私のお父さんの悪口を言ってくることもあった。

お父さんはお父さんで、時々隠れておばあちゃんのことを「いじわるばあさん」と呼んだ。
そんなタイトルの漫画があったらしい。

家族であっても、他人同士が一緒に住んでいると、いろいろあるのだ。

後で考えると、おばあちゃんの行動と少しきつい性格は、だんだんと出てきた痴呆によるところも多少あったと思う。

昔の歌をたくさん歌ってくれたフミヤさんのテレビ番組を観た後、チェッカーズの曲を知ったのは最近のことなのに、なぜか幼かった日々を思い出した。

チェッカーズの最後の紅白の映像が流れたので、90年代のはじめのテレビの雰囲気を懐かしく思ったからだろうか。

おばあちゃんは、あの頃、細川たかしのどこに惚れていたのだろう。
彼氏と言ったからには、歌だけではなかったはず。
あの満開の笑顔だろうか。
声をのばす時、大きく開く腕に、受け止められたかったのだろうか。

日常から抜け出して、私が藤井フミヤさんの格好良さと歌声に酔いしれるように、おばあちゃんも細川たかしに、同じような感覚を持っていたのかもしれない。

心の拠り所にしていたのかもしれない。

細川たかしを彼氏と呼んだ、おばあちゃんの気持ちが、30代になって、やっとわかってきたような気がする。

でも、おばあちゃんは、細川たかしのファンクラブには入っていなかった。
私の方が重症なのかもしれない。

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