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図書館員、自由研究少年少女と格闘する どうしてそんなテーマなの編

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『つづきの図書館』という本がある。書き手は児童文学作家の柏葉幸子さん。
 とある図書館で働くことになった女性司書の元へ、裸の王様やオオカミやら、本の中の登場人物たちが訪ねてくる……彼らは読者が本を広げて物語を読んでいるとき、物語の中から読者のことを見つめ返していたそうで、読者たちのその後はどうなったのだろうか? と心配していた……というお話。深淵を覗く時、深淵の方もこちらをガン見しているってFBI心理捜査官でおなじみの台詞を思い出すような出さないような。

 内容的に小学生高学年くらいか、読解力があって活字に抵抗のないタイプの子、本音をいえば大人にこそおすすめの本なのだけれど、この「その後どうなったろうか?」という登場人物たちの気持ちはよくわかる。

 接客に関わる仕事をしている人ならば多かれ少なかれそういう瞬間があるのではないだろうか。自分の場合、そういう「その後どうなったろうか?」はこの季節、少年少女たちに向く。

 そう、夏休みの自由研究あれからどうなった?と訊きたいのである。

 図書館にはレファレンスという業務がある。
 簡単にいうと、あるテーマについて調べたいがどんな本で調べれば良いのかわからない、という人のために、有用と思われる資料をピックアップして探す仕事だ。
 もちろん何でもかんでも調べ物を手伝えるわけではない。骨董品の鑑定や、こういう症状だから○○病ではないかと診断すると言ったお医者さんの真似事などをしてはいけないとされている。また、どうしてそのようなことが知りたいのか、などと詮索してはならないというのも、大前提である。我々はあくまでお手伝いをするだけで、個人的な事情について尋ねるのもNGだ。

 しかし。
 なんでそれを調べようと思ったの? それ結局どんな風になったの? と訊きたくなるような質問を夏休みの自由研究少年少女たちはたくさん持ってきてくれる。

 と、いうわけで何回かに分けてその例を一部あげてみる。
 予め断っておかねばならないのは、全ての問いが尻切れトンボで終わってしまうということだ。何故なら自分もその後どうなったのかは知らないから。「続きはどうなったの?」と訊かれてもわからない……なので不完全燃焼はご容赦ください。

 1 《こだわりのイカのくちばし編》

 コロナになる前のとある8月の初旬、女の子がはきはきとした口調でこんな質問をしてきた。

「イカのくちばしについて詳しく書いてある、写真付きの本を教えてください」
「イカって……十本足で海にいるイカですか?」
「そのイカです」

 ……イカにくちばしがあるのはわかる、海鮮焼きそばを作ろうとして捌いてると墨袋や吸盤やらと一緒に見つかる。
 しかし、何故イカのくちばしなのか……近年海の生物の美しい写真集がよく出ていて人気がある。うちの図書館にもあるし、それを観て模写する人なんかも見かける。自由研究に海洋生物について調べてる子たちも好んで、こんな不思議な色の魚やウミウシが居るんだなぁって読み耽っている。

 が、イカのくちばしについて詳しく書かれた図解入りの本は……しかも小学校中学年ぐらいの子が読んで理解できそうなものは……少なくともうちの図書館にはなかった。ありったけの魚貝図鑑を案内してみたけれど彼女のお眼鏡にかからない。

「イカの全体じゃなくて、くちばしについて詳しく書いた本や絵が欲しいの」

 ……お客さんが何故それを知りたいのか訊くのはNGと言われても、訊きたくなってしまう気持ちをおわかりいただけるのではないかと思う。

 どうしてイカのくちばしなの?
 タコじゃ駄目なの?
 ……タコのくちばしの本もないけどさ


 お手上げになり、水族館の人かさかなクンに訊いてみてもらうしかないかなぁなどと困り果てていると、どうしてか彼女は満足そうだった。まるで謎かけをして解けないのを喜ぶ小さなスフィンクスである。いや、プロとして「わかりません」じゃ困るし「見つからないんだぁ」とニコニコされててはいけないんだけど、ピンポイント過ぎて市井の図書館ではどうにもならなかった。
 ちなみにその子にはお父さんとお母さんも同行していて隣で苦笑していた。もうちょっと違うテーマにしたらとやんわりやんわり促しているのだけれど、彼女は譲らなかった。……イカのくちばしに何があるというのだ?

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 もし時間をもらえるのであればレファレンスサービスで徹底して調べて、後日資料が揃えられたら電話しますよと言ったのだけれど、彼女は「ううん、大丈夫」と微笑んでいる。どうやらこれで水族館に連れてってもらえるとご満悦な様子で、ヘーキヘーキと帰っていった。
 ところが後日、同僚にどう調べれば良かったろうか相談してみたところ、

「イカのくちばしって私の故郷の郷土料理だよ」

 と、言われた。

 まさかあの女の子は故郷の味を探していたのか?!

 ……ないない、それはない。
 一言も料理と言ってなかった。それだったら水族館より故郷に行った方が良い。
 その後彼女がどんな自由研究を発表したのか、すごく気になっている……イカのくちばしについての発表を是非聞きたい、できることなら参考文献も教えておくれ。

イカ

 ちなみにイカと言えばスプラトゥーンにまつわる話があった。
 イカのくちばしちゃん来訪と同じ夏だったか、塾の夏期講習が一緒で仲良しらしい小学生の男女が図書館で涼んでいた。4年生くらいだろうか、なんだか仲よさげで、男の子の方がちょっと緊張している。デートっぽい。と思いきや、どうやら近くでお母さん同士がおしゃべりに夢中なようで、待っている間暑いから図書館に入ろうとなったらしい。

 児童図書コーナーで支障のない程度に2人は楽しそうにおしゃべりしていた。話から察するに夏期講習がその日で終わりだったようで、男の子は心なしか名残惜しそうである。名残惜しいがその名残惜しさをなんなのか自分でもわからなくてモヤモヤしている感があった。青春というくくりにさえまだ入らない年頃の少年の淡い想いであるなぁ……などと思っていたら、女の子の方が言った。

「私夏期講習頑張ったから私用のSwitchとスプラトゥーン2買ってもらえるんだ♫」

 なるほど、ご褒美付きで塾やお教室を頑張るのは今も昔も変わらないらしい。ところがうれしそうな女の子を前に、男の子は眉間にしわを寄せ、声のトーンが低くなった。

「えっ、スプラの2やるの? ……あれすごい難しいよ、S級とか絶対とるの無理だし……」

 男の子の顔には悔しさがにじみ出ていた。君はあの撃ち合いイカゲームの闘争がどれだけ熾烈なものなのか知らないんだよ……僕が何回辛酸をなめさせられたことか……そう言いたげな男の子を前に、女の子は言った。

「うちのママS級だよ」

 男の子の「えっ、マジッ?!」の本気な声が夏休みのお勧め本コーナーの前に響き渡った。彼はガツンとぶん殴られた、もとい、ぶちゅーっとインクぶっかけられたような顔で、ちょっと自尊心が揺らいだようだった。そして女の子がSwitchを買ってもらう理由とは、しょっちゅうママがやっててなかなか自分がやれないからなのだそうな……時代って変わるのねと思った次第…… 

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