見出し画像

図書館員、自由研究少年少女と格闘する いたの、いなかったの妖怪やおん(仮名)編

 子供の頃、自由研究は何やっただろう?
 自分は何故か忍者の研究していたのを覚えているけれど、どうして忍者の研究なのかはとんと覚えていない……あ、思い出した。怪談の研究をしようとしたら母に縁起でもない研究をするなと止められたので、代案だったのだ。

 それでは同級生たちがどんな研究をしていたかと思い返しても、これまたよくあるネタが多かったのしか覚えていない。カブトムシやセミの生態、ハーブの観察、おじいちゃんおばあちゃんの住んでいる田舎の土地についてなどなど、ネタかぶりは続出するし発表もせいぜいひとり数分しか時間が与えられないから印象に残るようなこともほとんどないのが現実だろう。せっかく宿題にするのだからもうちょっと発表の機会を考えてあげると将来プレゼン能力に長けた子たちが育つかもウンタラカンタラ……

 けれども近年の図書館にやってくる自由研究少年少女たちの発想はユニークなのが多くて、叶うことなら研究成果を報告に来てほしくなる。今の世代がいろんなYouTuberなどから学んで発想が豊かなのか、たまたま自分のクラスが面白い研究がなかったのか、自分がクラウド級に他人の研究に「興味ないね」で忘れてしまっただけなのか、どれなのだろう?

画像1

『いるの、いないの』は京極夏彦氏の手による平成の名高いトラウマ怪談絵本、子供さんに「怖い話の本が読みたい」と言われて勧めたら夜トイレに行けなくなったでしょーがと親御さんからクレームが届きかねない代物である。

 そして今回書くのは昔他人から聞いた自由研究テーマ、「いたの、いなかったの」な妖怪やおん(仮名)のお話。

 学生時代、ゼミ仲間の女の子と飲んでいたら、ひょんなことから彼女の小学生の時の自由研究のテーマの話になった。
 小5の時に妖怪やおん(仮名)について調べてまとめたのだというのだが……その肝心な妖怪の名前を思い出せない。唯一覚えていることは、その妖怪の名前が初耳だったということだけだ。幼少の頃から『ゲゲゲの鬼太郎』や数々の妖怪ものを読みあさっていた自分が知らない名前だったのに驚いたのを覚えている。《やおん》とか《やらん》とかなんかそんな響きだったような……確か3文字だった……記憶朧げ。

「自分は大抵の妖怪の名前も絵も知ってると思ってたんだけどなぁ」

 と言うと、彼女は酔っ払って紅潮した顔の唇をとがらせて、そこが問題なんだよねぇ、と呟いた。

 彼女としてもなかなかのできばえである妖怪やおん(仮名)研究を提出すると、担任の先生は苦笑して、よくまとまってるわね、と褒めてくれたそうな。

「でもなんで、有名でも流行りの漫画に登場するわけでもない、地元の伝説でもない妖怪を調べようと思ったの?」

 とは訊かれなかったそうだが、妖怪・怪談ネタ大好きの自分はもちろん彼女に尋ねた。出典や付随した物語があれば教えて欲しかったのだ。
 しかし彼女は言った。

「わかんない。覚えてないんだよね、なんでやおん(仮名)に夢中だったのか

 それどころか、と彼女は付け加えた。

 後になって調べたら、その妖怪が載ってた文献がことごとく見当たらない、これだと思っていた本に記載がなかったそうな……

「私、小5の夏、やおん(仮名)に取り憑かれていたのかもしれない……」

 なんて自由研究の思い出話。怖いわッ! どこから来てどこに消えてったのよやおん(仮名)!

 惜しむらくはその話の詳細を自分も覚えていないことである。確か山姥に近いような存在だけど人里で普通に暮らしているのだが……みたいなやつだったような……何せお酒の席で、お互いに『ジョジョの奇妙な冒険』が好きなことがわかりひとしきり盛り上がってベロベロになっていたのだ。
 で、作者の荒木飛呂彦先生はホラーも好きで本を出してたよねと盛り上がり……まさかのお互いに怪談好きとわかった。そんな流れで彼女が語り出したのが妖怪やおん(仮名)だった。なんだか小松左京氏の《はは》の方じゃない《くだん》の話に似ているような似ていないような……記憶が断片的にしか残っていないから内容も名前も全然違うかもしれない。今後は酔っていても面白いなと思ったらメモを取ろう。

 しかし気になる……。
 彼女に「あの時の妖怪の名前とか話の内容ってどんなんだっけ?」という要件で十数年ぶりにメール送ったらそれこそ妖怪扱いされるだろう、でも気になる。気になるけど訊かない方が良いような気もする。やおん(仮名)が夜中にやってきて、「本当の名前を教えてあげようか……」なんて言われかねない。様式美とも言える怪談の黄金パターンを体験したくはない。そんな『君の名は。』は嫌だ。

 というわけで、勝手に存在がおぼろげな妖怪にしてしまうことにした。

やおん

 水木しげる先生の妖怪全集文体の再現は意外と難しい……
 ゼミ仲間の子が話してくれたのはこんな妖怪では全然なかったのだけれども、人の口の端に浮かび上がっては伝わってゆくあやふやな存在である妖怪は案外こんな風に途中で意味合いも何もかも変わっていることもあるのでご愛敬。

 ちなみに、フリーのライター兼編集者である同居人に「参考文献から肝心の1行がどこにあったかわからなくする妖怪、その名もやおん(仮名)」と僕の考えた超人コンテストのそれみたいに話したら、絶対家に入れ込むなと言われた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?