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闇堕ちしかけたとき、自分のなかに理由を探さないで

「晴れの日もあれば、雨の日もあるよね」

なんて言うけど、できることなら毎日晴れていればいいじゃない!なんて毒づきたくなるぐらいに闇堕ちすることがある。

とぼとぼと駅までの道を歩きながら、うっかり「自分より一歩先に行く人のツイート」を見ちゃったりすると、はぁぁ、とため息を吐きたくなる。

自分は全然前に進めず、ぐずぐずぐずぐずと燻っているだけだなと。

「やりたいこと」を確実に叶えていく人たちを見て、何度も自分に問いかけてしまう。

ちゃんとやりたいことに対して、つま先を向けられていますか。地面を蹴り出せていますか。合っていますか、いろいろと。

でも、そんな取り留めのないことを考えるほんの1時間前、わたしは実家のリビングでチョコレート風味のシリアルを貪りながら、母のメルカリ出品を手伝っていた。

人の気持ちというのは、瞬きするあいだにもコロリと変わる。さっきまで笑顔だった人は、気づけばほろほろと泣きはじめるような世界だ。

楽しいこと、嬉しいこと、あんなことこんなことあったでしょう、と言われてもまったく思い出せなくなる瞬間が来る。

そんな小さな「闇堕ち」を繰り返しながら日々を過ごすわけだけど、最近その「闇堕ち」への対処が自分のなかで少しずつ変わってきた。

以前は一度考えはじめると止まらなくなって眠れない夜を過ごしていたけれど、今は「もうひとりの自分」が、

「あ!今自分のなかに原因を探したね?はい、やめやめ!」

と強制的にネガティブ思考をシャットダウンしてくるようになったのだ。

この、「自分のなかに原因を探さない」というのは地味にとても大切なことだ。

たとえば、朝から機嫌が悪い友人を見て、「何もしてないけど、もしやわたしが何かしちゃったんだろうか…」と思うのと、「なんか嫌なことがあったのかもな…」と思うのでは心の平穏度合いが桁違いだ。(もちろんマジで自分が悪い場合は除いて)

思考がネガティブに偏ったとき、責任を押し付けられるものが、わたしのなかにはいくつかある。

まず、「睡眠不足」。なぜなら思考がネガティブに陥ってしまうときは、大抵十分な睡眠が取れていないことが多いから。

次に、「気圧」。なんだかうまくいかない日は気圧がものすごく低かったりする。「こんな気持ちになるのは気圧のせい!」なんて詳しく調べることはどうせできないのだから、そんなときは全部気圧のせいにするようにしている。

そして、「疲労」。最近スマホやパソコンばかり見てやしないか、あるいは人に会いすぎていやしないか、仕事ばかりに熱中していやしないか。

まあ総合するとどれも「体調と環境」ということになるのだが、「わたしがクズだから成長できないんだ…」と自分自身のパーソナリティーを責めるよりもよっぽど気がラクなのである。

すると、なぁんだ、体調が悪いからこんなこと考えてしまうんだな。はやく寝てしまおう!と気持ちが不思議と切り替わり、ボスッと布団にダイブすることができる。

そして朝になり、ピコンと通知が来て好きな漫画の新刊が発売されたニュースを目にしたとき、もうすっかり悩んでいたことなんて忘れてはしゃぐ自分になっている。

シミは一滴だったら水で洗い、漂白してなかったことにできる。

でも、そのままにして同じところにどんどんとこぼしていけば、すっかり染み付いて落ちなくなってしまう。

山あり谷ありが当たり前の毎日だから、小さなシミをこぼしてしまったら、「わたしが悪いんだ…」と責めて1日放置してしまうより、うん、色の濃いスパゲッティが悪いんだな!とさっさと洗い流してしまいたい。

もちろん、これは数年越しのどうしようもないシミには使えない技かもしれない。

でも、毎日うっかり溢してしまうケチャップや醤油にぐらいならきっと使える。きっと。

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