パンダヤンキーポエム

ナゾの頭突きを喰らった話。 ~シンナー少年との夏~


シンナー少年、恐るべし。

たった今まで仲良く話していたのに、

いきなり頭突きを喰らわせてきた。

理由は… 彼にも解らないようだ…



中3の夏であった。

小学校からの友人であったS

(本名を杉○と言う。シンナーのSでも可)と、

その年の夏、毎日のように遊んでいた。


中学受験をして遠方の私立中学へ進んだおれと、Sは、

小学校卒業以来、その夏までほとんど会う事は無かった。


Sは、小6の頃には既に、番長の風格を見せていた、

筋金入りの不良少年であった。

進んだ地元の中学でも、不良のエリートコースを歩んでいるらしい事は、

風の噂で聞いていた。


中3の夏に再会した時、彼はシンナー依存に陥っていた。


おれ自身は一度だけ、勧められて試してみたのだが、

臭いが気持ち悪くて、「効き」が解る前にやめてしまった。

そして二度とやる事は無かったが…


Sと遊ぶと、彼はほぼ毎日、であった。



ある時は、地元のサーフショップに「ボンド」を買いに行く。

おれはサーフィンも全く知らないのだが、ウォーターボンドという、

チューブ入りの黒い歯磨き粉みたいな、サーフィン用品。

これをスーパーの透明のビニール袋に適量入れて、口に当て、

「イカさん」などと言いながら、引っ張ったり戻したりして、吸う。

(ビニール袋の伸縮が、イカが泳ぐ姿に似ているからだ。)



ビニールの中身が「ジュントロ」になる時もある。

ジュントロとは、所謂 トルエン” らしい。

「ボンド」よりも高い。

そして入手に時間と労力がかかる。

わざわざ新宿まで買いに行くのだ。


小一時間電車に乗り、新宿駅東口を降りて、

線路沿いに新大久保駅方面へ。

右手の雑居ビルが立ち並ぶ界隈に、

それらしい売人の兄さんがいる。

少し離れた所から見ていると、

グーにした手を口元に充て、

コン コンッ」と舌を鳴らす。

これが合図って訳だ。


近寄って行って「2本!」とSが言い、金を渡すと、

どこかのビルへ消える兄さん。

すぐに戻ってきて、

紙袋を渡してくる。

中には、リポビタンDのような茶色のビンが2本。

中には「ジュントロ」が入っている。

これを、ティッシュに染み込ませ、

そのティッシュをビニールに入れて吸っていた。

(直接ティッシュを嗅いでいた時もあった)



とにかく毎日そんな調子で、

おれは朦朧としたSと、噛み合わない会話をして爆笑したり、

彼が妄想に耽っているらしい姿を、興味深く見たりしていた。



その日も、Sはシンナーに耽っていた。

夜7時過ぎの公園。


確か、音楽の話をしていた。

デビュー直後だった、マライアキャリーがどうのこうの…

みたいな話をしてたと思う。



ふと、酩酊していたSが、会話の流れと全く関係なしに言った。


タイマン張ろ?

「…?」

タイマンとは一対一で殴り合いのケンカをする事である。

我が耳を疑った


「タイマン張ろうぜ…」

「…え …?」

ベンチから立ち上がり、おれに向かってくるS。

おれも思わず立ち上がる。


次、一瞬だった。



ゴッ!!!


胸倉を掴まれたのとほぼ同時に、

Sのが飛んできた。


Sはおれより少し身長が低く、

丁度いい具合に、額がおれのに当たった。

「…! …!」

とっさに後ろへ引いたので、クリーンヒットは避けられたが、

鼻なので、それなりに痛い


「ちょ! 何? 何だよ? いきなり…」

「あ?!」

目がイッテQだ。


「いや、おれ! K(←おれの本名)だよ! K! 何、タイマ…」


スッ!


Sのが腹に飛んできた。

「ちょ! 落ち着け! S!

 おれだ! Kだよ! なんでタイマン張るんだよ!」

「 … 」



しばし動きが止まった後、頭を振りながらSは言った。

「もういいや… 訳わかんね…。」


”訳わかんねーのはこっちだ、ゴルァ!!”


とは言えなかったよ…。



正直、怖かった。

いや、Sがヤンキーでケンカが強いとか、もちろんそれもあるけど…


訳わからなくなって

小学校からの長い付き合いであるおれに、

たった30秒前まで仲良く話していた、おれに対して

いきなり頭突きしてくる、

その狂気がね。


シンナーの「効き」を自分で経験してないから、

その辺の説明が出来ないのが、もどかしいが、

とにかく、”シンナー怖いな”、っていう印象だ。

それ以来、おれはSとの距離を置き、

疎遠になっていった…



余談だが、

それから20年程たって、精神病院で知り合ったシンナー依存症患者は、

ちょっと酷かった、脳のダメージが。

薬物依存症患者には多数出会ってきたけど、

「一見普通」である事がほとんど。

と言うか、断薬した後は全く普通、ほぼ全員。

挙動不審とかも、無い。


でもその人は、

よく解らない事を四六時中呟いていたり、

ぼーっと立ち尽くしていたり、

見てて、痛々しい位にやられていた。


彼をバカだと思う人は、ある意味、健康である証拠だ。

おれたち依存症患者は、

彼が ”なぜシンナーをやらねばならなかったのか?”

それは「やらなければ生きていけない」境遇にあったからだと、

知っている。

同じ病気だから、理解できる。

故に、同情しか感じないのだ…



Sは、元気にしているだろうか…



End


※Sは「はじめてのタバコ」の中心メンバーでした。 ↓ 宜しければ…









ありがとうございます! (ノД`) 頂いたサポートは、いつの日かパンを、 パンが無ければお菓子を食べればよいので、 お菓子の専門学校で作り方を習う必要性、 そうなってくると学費とか交通費、 え、ちょっと待って下さい、 紙に書いて考え直そう、そうするとやはりパン、 いやペンか、ペ