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いいえ、彼は推しではありません。

 時は2024年1月7日深夜。大好きなアイドルのコンサートを明日に控え、初上陸した大阪の初めてきたホテルのベットで呼吸を整えている。

 鬱病になってから「順応」が苦手になった。新しい環境になると少しも落ち着かず、眠れない、話せない、アルバイトを始めてそんな日々が続いていた。やけに外の音が聞こえる大阪のホテルで、明日のことや、今までのことや、大好きなアイドルのことについて思考したいのに、動悸と荒い呼吸が邪魔をする。

 大阪は肌に合わない。そう感じた。東京に慣れすぎてしまったのかもしれないが、道頓堀から心斎橋へ抜けた今日、この街に居続けることはできないと確信した。繁華街と言うにはあまりにも汚くて、歓楽街というには足りないような中途半端さを感じて、気持ち悪くなりながら足早にホテルに戻った。

 前回私が東京を出たのは、noteのエッセイコンテストの表彰式で名古屋に向かった時だ。その時も、眠れなかった。でも、好きな人が電話を夜通しかけてくれてすごく安心した覚えがある。しかしながら、彼の日常から私は消えたので、もうそんなこともできない。

 隣では母が寝苦しそうに時折寝返りながら寝息を立てている。こんな状況じゃ誰かに電話もできない。ぽかんと心に穴が空いたまま、ごろりと寝返りを打った。

 

 明日になれば目の前に好きなアイドルがいるという事実からできれば目を背けたい。コンサートの間は、彼は神様のような偶像から、1人の「アイドル」という形となって目の前に現れるのだ。それが今、すごく怖い。形となった偶像に群がるファンも、それを捌くスタッフも、怖い。人間が密集していくのが怖い。1つの「欲望」の処理のために。

 明日は幸せな気持ちで溢れるだろうが、今は不安な気持ちでいっぱいだ。もし、今「あなたにとってその彼は推しですか?」と聞かれたら答えに困るかもしれない。最適な答えはなんだろう。

現時点ではこうだ。
「推し、で括るには勿体なさすぎて、好き、と言うには烏滸がましすぎて、形として見えると苦しくなります。でもはっきりと、彼に対する愛を持っているのです。彼に対する感情は、どんな数式でも表せません。しかしはっきりと、彼を見ると疼く心の隙間があるのです。」

彼は推しではない。推しと言いたくない。
単語では括れないくらいの大きな愛を持っている。
愛、それ故に君に手を伸ばす。

 

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