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私が今までに出会った、もっとも破天荒な人。

1997年、当時ジュリアード音楽院の学生だった夫は、学校のエレベーターでソプラノ歌手の生徒さんとばったり一緒になりました。

ソプ:「やあ、元気?今からどこに行くの?」

夫:「それがよく分からないギグ(演奏会の仕事)を依頼されて、その指揮者に初めて会うんだ。めんどくさいよ。」

ソプ:「どんなギグ?指揮者は誰?」

夫:「オペラのガラコンサートなんだけど、メトロポリタン歌劇場に勤めてるイタリア人指揮者で、確か名前が・・・、」

ソプ:「フランコ・ベルタッチでしょ!!?」

夫:「そうそう、その人!有名な人なの?」

ソプ:「うん、すっごい有名。意地悪で。」


うわー、やばいギグ引き受けちゃったなー。
そう思いながらフランコとの初めてのリハーサルへ向かった夫。

当時フランコは、メトロポリタン歌劇場専属のボイストレーナーとして働いていました。

そんな中、精力的に歌手の育成にあたっていたフランコは、自分の気に入ったオーケストラで、自分が育て上げた歌手たちとコンサートをやりたい!と考えていました。

そこで、ジュリアード音楽院の事務局へ自ら出向き、こう言ったそうです。

「ジュリアードのトップクラスの奏者だけを集めてくれ。」と。

そこで集められたのが、夫を含む10数人ほどの器楽奏者たちでした。


リハーサル初日。

夫:(なんなんだ、このフランコって男は。噂通り意地悪そうだな。)

フランコの指揮でリハーサルが始まりました。

学生たちはみんな初めてのリハーサルということもあって、探り合いながらの演奏でした。

するとフランコはすぐに演奏を止めて、こう言ったそうです。

『大したことないの雇っちゃったな。』

慌てたジュリアードの事務局員:
『ちょっと待ってください。彼らはジュリアードの中でも優秀な学生たちで・・・』

フランコ:『ふん、ジュリアードってこの程度のレベルか。もっと楽器を鳴らせ!』

学生のひとり:『でもここはP(ピアノ)って楽譜に書いてあります。』

フランコ:『ピアノの意味を知らないのか〜!ピアノのPは、PUSHのPだ〜!いいからもっとサウンドを鳴らせ〜!』


これが夫とフランコの衝撃的な初対面でした。

(あまりにも型破り過ぎる!なんなんだ、このゆっくりなテンポは!)

集められたオーケストラメンバーたちは、最初はフランコの指揮が好きではありませんでした。

フランコは全身を大きく上下させながら、大きな身振り手振りで、全力で指揮をします。

他の指揮者が見たら、(なんだ、この滑稽な動きをする指揮者は!)と思うと思う。笑

けれども、フランコの全身から溢れ出る音楽に導かれるように、みんな次第にフランコに感化され、類い稀なサウンドを奏でるオーケストラが出来上がりました。

カーネギーホールで指揮するフランコ


これはフランコが指揮した演奏会の音源です。クラリネットはイリヤンです。

「フランコが指揮をしたら、2時間のオペラは3時間かかる。」
これはフランコに習った音楽家たちがよく言うことですが、それくらいフランコの音楽はいつもゆっくりです。

でも、このゆっくりなテンポをたっぷりと聴かせられるのは、そこにサウンドが存在しているからです。

普通のオーケストラなら、音楽が停滞したり、間伸びしてしまうところですが、そこは分厚い豊かなサウンドが、情熱を絶やすことなく、音楽を前へ前へと押し進めています。

フランコが立ち上げたオーケストラは、初期メンバーの10数人から派生して、どんどん大きくなっていきました。初期メンバーの中には、現在ニューヨークフィルの奏者として演奏している人たちもいます。


それから数年後、歌の先生として、私はフランコに出逢います。

私にとってはフランコは歌の先生ですが、多くの器楽奏者たちにとっては、フランコは指揮者として認知されています。

私が「フランコって歌の先生なのよ。」と言うと、驚く音楽家も多くいます。


フランコは破天荒で、彼の一挙手一投足には驚かされることばかりで、面白エピソードがたくさんあります。

けれども、音楽を誰よりも愛していて、サウンドへのこだわりが強くて、音楽に対していつでも本気100%な人です。

それが故に、自分の情熱についてこれない人や、自分の目指す音楽と方向性の違う人を容赦なく切ってしまう、ということから、冒頭にあるように『意地悪な人』と言われてしまうこともあったようです。

逆に言うと、その人のパーソナリティがどうであろうと、音楽に対して真摯に向き合う人に対しては、ちゃんと教えてくれる先生です。


私にとって、フランコは「愛の人」そのものです。

フランコとわたし



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