【新米デザイナー育成記】共に駆け抜けた10ヶ月120時間の記録 [前編]ソフトスキル編
こんにちは、まいるどしゅがーです。
早いもので今年も残すところあと二日。書こう書こうと思っていたこの記事を今慌てて書いています。
私はインハウスデザイナーとして事業会社に勤めているのですが、今年はデザイナーの育成に挑戦してきました。それまではリードデザイナーという立場でプレイヤーとして生きてきた私にとっては初めての挑戦です。
今年の3月からお試し的にコーチングを開始し、年度が変わる4月から正式にチームの制度として「育成ユニット」が発足し、私はそのリーダーとして3人の新米デザイナーを主にコーチングメソッドを用いながら育成してきました。毎週1時間×3人×10ヶ月=120時間という、思い返せばそこそこの時間を新米デザイナーと共に駆け抜けてきました。そこで得た経験や気付きが、新米デザイナーの方、デザイナーになろうとしている方、また新米デザイナーを育成する立場の方に少しでも参考になればと思いこの記事を書いています。
この記事は前編と後編に分け、前編では主に新米デザイナーのマインドやメンタルにフォーカスした「ソフトスキル」について、後編では具体的なデザインとしてアウトプットする「ハードスキル」について書いていきます。なかなかの長文になっているため、今回このような前編後編としています(後編は年明けに公開予定です!)
本編に入る前に、まずは10ヶ月という期間共に駆け抜けてくれた新米デザイナー3人に、この場を借りてお礼を言いたいと思います。ありがとうございます!(微妙にこれでお別れ感出てますが今後もよろしくお願いします!笑)
また記事中にメンタル面での記載がありますが、あくまでデザイナーである私個人の経験からの見解であり、医学や心理学などの専門的知見によるものではないことは予めご了承ください。
それでは私と新米デザイナーたちとの120時間の記録へ、早速いってみましょう。
前提 & インハウスならではの悩み
まずは前提として、新米デザイナーたちが置かれている状況などを確認していきます。私がここから書いていくのは少なからず個別性の高い状況を元にしている記事です。必ずしも全てのデザイナーさんに当てはまるかと言われればそうではないため、それを理解するためにもまずは前提条件を確認していきます。
まず、私と3人の新米デザイナーが勤務している会社は都内の事業会社で、規模で言えば大企業に分類されます。自社サービスの主にWeb領域に関わるデザインや、社内のWebツールのデザインが仕事になります。要するにインハウスのWebデザイナーということになります。
育成を開始した時点での3人のプロフィールやスキルレベルは以下になります(育成を始めた順)。
【Aさん】
20代後半/デザイナー1年目/社内ツール部門のデザインチーム在籍/実務未経験で入社
【Bさん】
20代後半/デザイナー3年目/数百万人が利用するtoC向け自社サービス部門のデザインチーム在籍/運用系メインでデザイン・コーディング担当
【Cさん】
20代後半/デザイナー1年目/数百万人が利用するtoC向け自社サービス部門のデザインチーム在籍/完全未経験で情報システム部門から志願して異動
全員が20代後半であり、全員弊社がデザイナーとしてのファーストキャリアです。正確にお伝えするとAさんだけ私とは別の部門に在籍していたのですが、社内のデザイン部門同士で交流する機会があり、本人からの志願もありそこから育成という流れになりました(別部門だったので週一回のミーティングは業務外に時間を見つけてはやり続けてきたのはいい思い出です)。
また、3人には共通点として30代を手前にして、自身のスキルを考えたときに漠然とした不安があるというのがありました。
3人の中で唯一Bさんだけデザイナーとしてのキャリアが3年目ですが、「もう一歩デザインが垢抜けない」「携わっている自社サービス以外のテイストが作れない」という3年やってきたからこその壁にぶち当たっているという意味で「漠然とした不安がある」というのはやはり共通していました。
このBさんの存在は私に、デザイナーのファーストキャリアとしてのインハウスについて考えを深めるきっかけをくれました。
私は前職でWeb制作会社にて受託制作に携わっていたのですが、インハウスデザイナーになって以下のような変化がありました。
・携わるサイトが限られる
・良くも悪くも締め切りがゆるい
もちろん全てのインハウスに当てはまるわけではないと思いますが、少なくとも私の部門では基本的に日々携わるサイトは一つですし、規模の大きいサイトのためガイドラインやフローもきっちりしており、特に新米デザイナーの場合は運用・更新がメインの業務になります。言ってしまえば定型的なデザイン業務が多いのが実情です。加えて、社外にクライアントがいるわけではないためデザインタスクの締め切りも割と融通が聞きます。
そのようなインハウスデザイン部門をファーストキャリアとするということは、働く環境として安定しているだとか、サービスのグロースに関われるとかのメリットはもちろんあるのですが、場合によっては自身が担当する業務だけではスキルアップが頭打ちになるという可能性も孕んでいると、育成をする中で感じさせられました。クライアントがいる中で限られた締め切りまでに様々な業界・テイストのデザインを複数同時に進行する制作会社とは、やはりスキルアップという点で見れば量・質両面において弊社の場合は劣っている部分が多いのではないかと感じました。
とはいえ、インハウスのデザインチームにおける育成は今後より重要度をましていくものと個人的に考えています。デザイナーの需要が高まる現代において、経験のある優秀なデザイナーというのは多くの企業が欲している人材のため奪い合いかと思います。全ての企業に潤沢にスキルの高いデザイナーが在籍できるわけではない、じゃあどうするか、育成しなきゃですね、というのは割と自然な流れなのではないかと思います。加えて弊社のようなインハウスの場合はまだまだ対外発信が足りておらず、外からどういったチームなのかわかりづらいため(そもそも社内にデザインチームあるんですね、くらいなレベル)どうしても制作会社や代理店に比べると見栄えがしないと言いますか…そこは今後の課題なんですが…ゴニョゴニョ…
本題に戻りまして。
これらの前提条件を元に、私が取り組んできたコーチングメソッドを用いてのソフトスキルの向上について紹介していきます。
なぜソフトスキルが大切か?
新米デザイナーたちの30代を手前にした漠然としたスキルに対する不安、また会社の業務だけではスキルアップが頭打ちになる可能性を踏まえ、私はソフトスキルの向上が必要不可欠であると考えました。ソフトスキルとは「自己および対人関係に関するスキル」(出典:日本プロジェクトマネジメント協会)とされていますが、10ヶ月の育成を経て、ここでは「自覚する力」「自己推進する力」と定義することにしてみました。
ソフトスキル向上のために私はコーチングを用いたわけですが、コーチングにおいては自分の「理想の姿」と「現状」とのギャップを埋めるために、今何をするか?という“バックキャスティング”が考え方の基本となります。
(上図は参考文献『コーチングの基本』2009/8/29 コーチ・エィ (著) 鈴木 義幸 (監修)の「コーチングマップ」を参考に、本記事用に調整したもの)
自分の理想の姿の解像度を上げていき、かつ自分の現状のスキルや状況を客観的に見つめるという「自覚する力」、そしてそのギャップを埋めるために効果的な行動にまで移し、かつその行動を継続する「自己推進する力」、この二つのソフトスキルが伴わなければ、最終的なアウトプットのスキル(ハードスキル)を効果的に向上させることは難しいのではないかと考えました。この二つのスキルが重要だと考える理由は他にも以下のようなものがあると考えます。
・デザイナーにとって必要な知識・スキルは多岐にわたり、膨大
・ トレンドや技術、使用ツールなどの移り変わりが早い
・ 最低限のハードスキルを習得するだけでも数年単位で時間が掛かる
・ その間、継続的に育成担当者がいるとは限らない
少し極端な書き方な部分もありますが、要するに一朝一夕でデザインが出来るようになるわけではないため、サステイナブルなスキルアップを自身によって出来るようになる必要があるということです。
言ってしまえば、これらを気にしなくともデザイナーとして働いていけば多少なりともスキルアップはしていくとは思います(余程手を抜かなければ)。しかし、最初に書いたようにここで課題感としてあるのは弊社のようなインハウスにおけるスキルの「頭打ち感」、そして3人の新米デザイナーが共通して抱えている「30代を前にした不安」なのでのんびりはしていられないわけです。先述したように“効果的に”スキルは伸ばしていかなければなりません。
ソフトスキルが身についている場合とそうでない場合を簡単な図にしたのが以下です。ソフトスキルが身についていない場合、教育担当者などのサポートがなければその間スキルアップが停滞することになります。この停滞があるかないかで、同期間でもスキルアップの総量で見ると差がつくというわけです。
実際にやったこと①:人生観や価値観まで探るセットアップ
さて、ここからは実際にソフトスキル向上のためにおこなってきたコーチングを具体的に紹介していきます。
コーチングではまず初めに「セットアップ」と呼ばれる場の設定をし、1対1で対話をおこなっていきます。私の場合、セットアップは3時間確保しています。
初めは会社のホワイトボードを使って話した内容を一面に書き殴ったりもしていたのですが、コーチングでは後から見返すことが非常に重要になるためオンラインツールのmiroなどを使ってまとめておくことをおすすめします。以下は実際のmiroの一部です。miroの使い方に厳格なルールは設けていないですが、後から見てわかることは必須として、暖色系の付箋は濃くなるにつれ重要度の高いもの、寒色系の付箋は不安や不満などネガディブなものを記載するようにしています。考えや意見を広げていく場合は横方向に、深めていく場合は下方向に増やしていきます。(※この方法は以前コーチングを受けさせていただいたこばかなさんのやり方を参考にさせていただいています)
↓実際のmiroの一部(10ヶ月やり続けたことで、実際はこの5倍以上の付箋が新米デザイナーそれぞれで生まれました)
セットアップでは先述した「理想の姿」と「現状」を探ることを軸にしつつ、さらにその人自身にフォーカスした人生観や価値観の解像度も上げていきます。
やはりデザイナーとしてのスキルアップは時間のかかるものです。例えば何か大きなデザイン案件を担当したからと言って、次の日に急にデザインスキルが上がっているかと言われればそうではありません。スキルアップにウルトラCは無く、少しずつ少しずつ積み上げていくものなのだと、新米デザイナーたちを育成してきて実感しています。
かつ、デザイナーである限りずっとスキルアップを続けていく必要もあります。(会社勤めなどでなければ)お金を出してPC購入やツールの契約をしたりスクールに通ったり、またツールが使えるようになったからと言って必ずしもすぐに稼げるわけでもありません。コスパがいいかと言われれば、個人的にはそうではないと感じます。
そのため、極端に言ってしまえば「理想の姿」がデザイナー“以外”で実現できる可能性もあるわけです。そういった可能性も加味した上で、なぜデザイナーという仕事を選ぶのか?というところをしっかりと深堀ります。さらには、どんな人生を送りたいか?そしてその人生にデザイナーという仕事がどう関わってくるか?まで話します。文字でここだけ読むと圧迫面接のように感じますが、実際は穏やかな対話なので安心してください笑
とはいえこの対話、初めは3人ともなかなか苦戦していました。後から3人が口を揃えて言っていましたが、ここまで自分について考える機会というは、意識的でない限りそこまで多くないわけです。あるとしたら受験や就活や転職などでしょうか。
初めは3人とも対話の中での質問に答えられなかったり、考え込んで頻繁に無言の間が空いたりしましたが、これ自体は特段悲観する必要はありません。セットアップ以降、毎週1on1を同じように繰り返していくことで、最終的にはファシリテーションも新米デザイナー自身が出来るようになりました。加えて「自分はこう考えてるっぽいんですよね」とか、「自分ってこういう性格みたいです」といったような、自身を客観視するメタ的な視点での発言が格段に増えました。着実に「自覚する力」につながっていることをこの10ヶ月間で感じています。
加えて今回3人は、共通して30代を前にした漠然とした不安を抱えていたため、「どんな不安なのか?」「なぜ不安なのか?」「どうなったら不安ではなくなるか?」といったような問いかけを通じて不安の輪郭を炙り出すことで、メンタルやモチベーション的な安定を図ることもセットアップの一つの目的としていました。
スキルアップのために「健全な不安」は効果的であると私は考えているのですが、それが度を超えてしまうとマイナスに働きかねません。新米デザイナーの中にはその不安が度を超えてしまっていたメンバーもいたため、私自身かなり慎重に問いかけをおこなったことを今でもよく覚えています。その新米デザイナーは今ではすっかり自他ともに認める元気っぷりですが、場合によってはコーチングの領域を超えて専門のカウンセリングなどにバトンタッチすべき場面もあると思います。時にそれくらい深いところまでフォーカスするわけです。
またその新米デザイナーに限らず、3人に共通していた不安がどこからくるのか?ということについて後から私が理解したのは、不安とは、不安の正体がわからないからこそ不安なのだということです。
今回の育成の経験によって、デザイナーというのはなかなかに抽象度の高い職業だなと改めて実感させられました。詳しくは後編のハードスキル編にて記載しますが、「デザインができる人」とは具体的にどういう人なのか、専門的な領域に思えるこの職業で自分は本当にやっていけるのか?という不安。ゴールが見えないという不安。そのようなところから不安というものは押し寄せてきているようでした。そのためセットアップに限らずその後毎週おこなう1on1でも、ゴール(将来的な理想像と、さらに年/月単位に落としたもの)をなるべく解像度高く描く、ということは意識的に注力してきました。
実際にやったこと②:実際の行動を振り返り、次の行動を決める週一回の1on1
ここからはセットアップを終えた後に毎週おこなってきた1on1の紹介です。
ここではセットアップで定めた理想の姿になるために「今何をするか?」という具体的な行動を決めることと、その振り返りを主にやっていきます。前の一週間でやってきたことを振り返り、次の一週間でやることを決める、という感じですね。
すごく簡単な例ですが、例えばセットアップで定めた理想の姿が「グラフィックに強いデザイナーになる」であれば、グラフィック力を鍛えるためには何が必要か?という具体的な行動を考え、そのためにまずは3ヶ月で100個バナーを作る!だから次の一週間では10個作る!前の週では5個しかできなかったから時間確保も考えなきゃいけない!といったような感じですね。
全ては最終的な理想の姿からの逆算のため、そこにつながっていなければなりません。ただ、具体的な行動がどこまで理想の姿に近づくために効果的か?というのはやってみないとわからない部分が多いです。そのため振り返りでは「実際にやってみてどうだった?」という問いかけを決まっておこなってきました。その返答が「これはやり続けた方がいいと感じたので引き続きやります」の場合もあれば「ちょっと違う感じがしたので変えます」という場合もあります。または、やり続けた方がいいと思うが、時間がかかりすぎるから方法を変えなければならない、という場合も実際にありました。
ここでも問いかけによって「自覚する力」と「自己推進する力」を養えるようにします。コーチングでは基本的にコーチ側が目標を決めたり具体的なトレーニング方法を決めたりはしません(聞かれた場合に選択肢としての提案はしますが、これはティーチングの領域にもなってきます)。あくまで考え、決断し、行動するのは新米デザイナー自身です。
メンタル・モチベーション面で見られた壁
最後に、ソフトスキルに近いメンタル・モチベーション面で新米デザイナーがぶつかりがちな壁を紹介しようかと思います。
それは「走り出すことが怖い」ということです。
先述した、デザイナーという職種の抽象度からくる「ゴールが見えないという不安」と関係しているかと思いますが、「本当にこの道を走り出していいのか…?」という不安が、程度の差はあれ3人の新米デザイナー全員に当初は見えました。
確かに、走り出したとしてもその道の先に本当にゴールがあるか?理想の姿になれるのか?というのは100%断定はできません。それゆえに、息を切らし夢中で走ったにも関わらずどこにも行くことができないのではないか…?という不安が襲うことは当然といえば当然です。
しかし一つ言えるのは、走り出さなければ見える景色は変わらないということです。
この言葉を新米デザイナーたちには何度も伝えてきました。走り出してみたら、もしかしたらとても走りやすくてグングン進める道かもしれません。または走っている途中で別の道が見えてきて、そちらを選択することもあるかもしれません。もしくは、結構辛い道のりかもしれません。
誤解の無いように私が強く伝えたいのは、理想の姿や具体的な行動を途中で変えることは全く悪くないということです。この道が違うなと思ったら、道を変えてまた走り出せばいいのです。避けるべきは、見えない不安に怯え走り出すことをせず、同じ場所でそのまま不安に押し潰されてしまうことだと私は思います。
3人の新米デザイナーも当初はそのような不安を抱え、「理想の姿はこれじゃないかもしれない…」「この勉強方法以外にも良い方法があるかもしれない…」といったように行動に移す前に考え過ぎてしまい、なかなか走り出すことができない時期がありました。しかし問いかけや声かけを続けていくうちに少しずつ走り出し、今では3人とも自分の脚でしっかりとそれぞれの道を走っています。走り出し、自身の視界を開くことが、不安を軽減し健全なレベルに保つことに一役買うという効果があるのだと私は実感しました。
前編まとめ
さてここまで前編では、私と新米デザイナー3人が置かれている状況などの前提に始まり、なぜソフトスキルが大切なのか?またそのソフトスキルを向上させるためにコーチングを用いて具体的に何をやってきたか?ということについて紹介してきました。
ここで紹介してきたソフトスキルは、デザイナーのスキルアップにおいて土台になるようなものです。この土台があるからこそ、その上にハードスキルを積み上げることで、より高いところまで効果的に到達することができると考えています。後半ではそのハードスキルについて紹介して行こうかと思いますので、ぜひ楽しみにしていただけたら幸いです。
それでは、良いお年を!また来年後編でお会いしましょう!
参考文献
『この1冊ですべてわかる 新版 コーチングの基本』2009/8/29 コーチ・エィ (著) 鈴木 義幸 (監修)
『最高のコーチは、教えない。』2018/11/15 吉井 理人 (著)
『新版 リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは 』 2018/1/18 中竹 竜二 (著)
『3分間コーチ ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 』2008/3/13 伊藤 守 (著)
参考記事
『コーチングとは何か図説してみた』2019/01/15 こばかな
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