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漂流(第四章⑤)

第四章

5.
「私がこの会の発起人になる事について、よく思わない方が多くいる事も承知しております。私は以前、傷害致死の罪で公訴提起されました。そして執行猶予付きの有罪判決を受けています。本来であれば、この様な会の発起人になるには相応しくないと思っています。」
若干会場がざわめいた。聡子は、いま壇上で話しているのが光男だという事に現実味を感じられずにいた。一体どういう経緯でこうなってしまったのか?
「しかしある人に今回の事を勧められて考えを改めました。勿論、相当悩みましたが……。」
ある人?聡子も考えたが全く見当がつかない。
「その方については追々お知らせするとして、私がこの会に携わる事を決めた理由をお話します。」
それについては聡子も知りたかった。何故光男がこのような会に参加しようと考えたのか?
「犯罪には加害者と被害者が存在します。無論被害を受けた方が最もお辛いのですが、その原因と結果を検証する事で次の犯罪を抑止出来ないか?それには加害者が犯行に至った理由を分析する必要があるのではないか?その様に考えた訳です。」
会場が大きくざわついた。
「そんな必要ないだろう!」
「加害者の事情など関係ない!」
怒号も交じっている。当然だ。此処には理不尽に家族や知人を奪われた被害者の関係者が多く集まっている。光男の話も分からないではないが、一朝一夕に理解されるとは思えない。
「皆さん。お静かにお願いいたします。」
壇上には、光男に代わり年輩の男性が上がった。知っている顔だ。確か……。
「私、日弁連・元会長の宇佐美と申します。現在は、犯罪により人生をドロップアウトしてしまった人々の再スタートをお手伝いする活動をしております。」
そうだ。引退したとはいえ、長く日弁連会長の椅子に座っていた人間。法曹界にも広い人脈を持っている。かなりの大物だ。会場も一気に静まり返る。
「皆さんが戸惑うのも無理はありません。加害者と被害者。これらは決して交わる事などない。そう思うお気持ちはよく分かります。ただ昨今、犯罪の凶悪化、警察による検挙率低下など、我々を取り巻く環境は決して良いと言えません。だからこそ、犯罪を未然に防ぐ事を考えざるを得ない。その為には犯罪を起こしてしまったもの、加害者の背景をもっと分析する必要がある。その様に私は考えます。そこで北村さんに注目したのです。彼の起こしてしまった事件に関しては、別紙に資料を添付してあります。皆さんご覧ください。」
会場全体が渡されていた資料に注目する。暫し喧噪で溢れ返る会場内。次第に全体の空気が和らいでいく。聡子も資料に目を通したが、当時の裁判の流れが記されていてこれを読めば光男が加害者という印象はかなり薄くなる。
「皆さん、ご理解頂いた様ですね。力を合わせて、これ以上被害者を増やさない社会を作り上げましょう!」
流石に実力者。あっという間に場の空気を変えてしまった。しかし、こんな大物が何故光男の支援をするのか?いや光男は何かに利用されているのか?そんな事を思いながら、聡子は改めて会場全体を見渡した。


第四章⑥に続く。

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