見出し画像

漂流(第一章①)

第一章

1.
「光男!早くしてよ!遅刻するよ!」
窓の外で誰かが叫んでいる。いや誰かではない。そんな奴は一人しかいないからだ。重い体を布団から引き摺り出し、ようやっと身支度を終える。毎朝の “これ” が無ければ俺は、とっくに登校拒否児になっていただろう……。父親とは会った事がない。古い一軒長屋で母と二人貧しい暮らしをしていた。身なりはボロボロ。来年から通う中学校の制服も手に入るかすら定かではない。そういう時代だった… 当然、友達との関係も上手くいかない。みんなが普通に揃える遊び道具を俺は何一つ持っていない。いつも馬鹿にされた。ただ、一つだけみんなに勝るものがあった。この恵まれた体躯だ。俺を馬鹿にする奴らを片っ端から殴り付けた。いつしか学校では浮き上がり、誰も話し掛ける奴は居なくなった。そんな中、この窓の外で叫んでいる女だけが、何故か俺を放っておかない。それをいつも俺は不思議に思っていた。これが俺と早川聡子との長い旅の始まりである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?