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伊那とにゃんの日々〜一緒にいるよ〜

今日は,厚生年金事務所に手続きに行ってきました。
夫は,大きな会社に28年勤めてたので,これから生きていく時に,大丈夫なように遺族年金を残してくれました。

傷病手当や,失業保険があれば,ゆっくりうつも治しながら,次の仕事を探せます。

本当は,義理の家族とはもめたくありません。
夫の家族ですし,旅行も行った事もありますし,7年のお付き合いの思い出もありますし。

でも,夫が存命中も,義母が住んで欲しいと言ったのに,家は決まった部屋しか使わせてもらえず,間借り生活のようでした。築50年以上経っており,
茶室に出来る部屋があります。
茶道の師範の免許は義母はありますが、一回もお茶会している事は見た事はありません。
二階の部屋や,一回の押し入れや納屋には,ガラクタが詰まっていて,義理家族が言っても、捨てません。


郵便物はなぜか,義父母の家に転送,こちらに,まっすぐくるように,頼んだら,烈火の如く怒りました。
しかし,私が,自分の保険を足すのに,パンフレットを取り寄せたら,嫌味を言われたり,度々干渉がありました。

うつにも無理解で,私が、家事が出来ない時もいろいろ言われました。主人の方が先にうつにかかって,休職していたにもかかわらず。

結婚した時に,娘と同じように思っている  と義母は言いましたが,散々,自分の父の家族達が,母や私達にした仕打ちを見て来たので,心の中で,絶対嘘やーとは思いましたが,
私は大人なので,反論はしませんでした。

義母は家つき娘で,夫は,婿入りです。外に出ていないので,(仕事はしていましたが)世慣れしていず,思った事を全部言い,不思議なマイルールがあり,冗談が全く通じません。
しかし,継ぐ商売も名前も実はありません。
義弟には彼女はいますが,年齢的に子供は無理なので,
家系は,弟の代で終わりです。

盆暮れお正月,誕生日,父の日,母の日,バレンタインデーもきちんとプレゼントは送って来ました。自分の親にもしてきたからです。今年も母や父の日に送るつもりでしたが,もうしません。

まだまだありますが,また落ち着いたらゆっくり,書きます。

私は義理と人情は重んじるレトロ昭和人間です。
もし,夫が長生きして,義父母が介護が必要になったら
,実母のことで慣れているので,手続きなど,夫のサポートをする予定にしていました。
夫にも話してありました。

私は誤解すると思って,言わなかったけど,夫は話したみたいですが,それも,多分財産目当てで,施設に入れて,自分の好きなようにするつもりだと思ったんでしょう。

貧乏で生きて来たから,やりくりは慣れていますし,義母みたいに,食べるのは〇〇,店は〇〇とは決めてないので,贅沢はしないです。

殴られた事も一回も謝ってもらってないどころか,息子が酔って破いた襖や,畳も,あなたのお金で修理しろと。
襖は,枠が栗の木とか,注釈つけてたから、普通の値段では絶対ないです。

息子の世話をずっときちんとして来たのは私なのに。

いたずら伊那




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