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蒼色の月 #120 「現住所③」

担任の先生に、どこまで本当のことを話せばいいのか迷っていた。
子供達には、今だ夫が不倫していること、既に不倫相手の女の家で暮らしているという事実は一切話していない。
担任の先生には、子供達に言っているように夫は義父母の家に住んでいると言えば良いか、それとも本当のことを全部話したらいいのか。
もちろん、本当のことを話すとすれば子供にはその事実を伝えないでくれと担任の先生に重々念を押さなければならない。
私は小心者だから、人に嘘をつくことが怖い。
誰に嘘がばれずとも、嘘をついたという良心の呵責に押しつぶされて自滅するような弱いメンタルの持ち主だ。
先生に嘘話をすれば、また人に嘘をついたという良心の呵責に押しつぶされそうにきっとなる。

私は担任の先生には口止めした上で、本当のことを全部話そうと決めた。

父親が、不倫で家を出たという普通ではない環境。
それを理解してもらえば、気に留めて学校でも悠真の様子を見てくれるのではないだろうか。
私が気が付かない子供の変化を、気付いてくれるのではないか。
私の心にそんな打算があったのも否定できない。
私意外に、今我が家に起きていることを踏まえた上で子供達を見てくれる目がその時の私は欲しかった。

「もしもし、○○高校でしょうか。三年三組の浅見悠真の母です」

担任はなにかを察したのか、忙しい中翌日時間を作ってくれると言った。

夜、私は悠真の部屋のドアをノックした。

「あのね、この間の願書の住所の件だけど。勝手にこっちで判断して間違いがあったら大変だと思うんだよね」

「うん」

「だからね、担任の先生に聞いてみようと思って今日学校に電話してみたんだ」

「そうなんだ」

「勝手にごめんね。そしたらね先生、今日は忙しくて電話出れないから明日学校に来てくださいって事務の人に言われちゃって」

「え?そう…」

「別に電話でも良いのにね。大した質問じゃないのに。でもそう言われちゃったから明日お母さん、夕方学校に行くね」

「…そうなんだ、俺はいいよ。大丈夫」

悠真はすぐにそう言った。
こんなことで、親が学校に来るなんて、この年の男子にしたらいやだろう。高校3年生はそんな年頃。よく了解したなと、我が子ながらそう思う。
なぜなら、住所のことを相談に行くということは、どんな理由にせよ自分の父親が長い間家に帰っていないということを、担任に話すということだから。そんなことを、担任に知られることがほんとはどれだけ嫌だろうか。
しかし悠真は嫌な顔一つせず、私や父親を責めるような言葉は一言も吐かなかった。

なんだよー
おやじふざけんなよ!
そんなこと担任に知られるなんてかっこ悪くていやだよ!
受験生に余計な気を遣わせるなよ!
いい加減ちゃんと家に帰ってこいよ!
お母さんもっとしっかりしておやじのことなんとかしろよ!
子供達の気持ちもっと考えろよ!
親として二人ともしっかりしろよ!

きっと言いたいことは山ほど在るはず。

「ごめんね。だからお母さん、明日学校行くからね。余計な話は一切しないから心配しないでね」

「…うん」

「ただ今こういう理由で、父親は義父母の家に住んでいるんですが、住所はうちでかまいませんよねって聞いてくるだけだから」

「大丈夫だよ。わかってる」

そう言って悠真は笑った。
笑える要素などこのスチュエーションで一つもない。
悠真はただ、私を安心させるためだけに笑ったふりをしたのだろう。
悠真の作り笑いが切なくて、ただただ悠真に申し訳なくて私は苦しくて苦しくて仕方ないのだ。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!