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蒼色の月 #140 「俺が行く①」

大学の2次試験まであと6日。
受験時のホテルは、大学周辺のホテルは取れなくて、電車を使わなくてはならず乗り換えもある。
時間にすれば、大したことはないのだが。
田舎者の私たちにとって、東京の電車は全くわからない。
前日下見が必要だ。
そんなことを考えていた矢先のこと。

夫の弁護士から電話が来た。

「奥さんですか?」

「はい。そうですが…。いったいなんのご用ですか?もう調停は終わりましたよね」

「はい。調停のことではありません。今回お電話したのは、旦那さんからの伝言がありまして」

弁護士を使って伝言?
離婚調停は終わり、弁護士との契約も終わっただろうに、なぜ。
私はなんだかいやな予感がした。

「実は、旦那さんはご長男の進学費用を出す以上、全部自分が決めたいとおっしゃっています」

「全部決めるって、なにをですか?」

「住むアパートとか、勝手に決められたくない。自分が承諾したところしか認めない。まあ、そんなようなことをおっしゃっています」

調停で進学資金を出すとしぶしぶ承諾した夫。
それを良いことに、私たちがずるをして、夫に必要以上にたくさんのお金を使わせようとしているとでも思っているのか。
そんなこと、するはずないのに。
私は悠真に贅沢な学生生活を、送らせたいなんて思っていない。
学生として身の丈に合った、慎ましく且つ健全な生活を準備したいそれだけなのに、なぜわからないのだろう。
自分が嘘をつく人は、人はみんな嘘つきだと思うという。
自分がずるいことをしているから、こちらも絶対ずるいことをすると思うのだろう。騙されると思うのだろう。

「健太郎からどこまでお聞きになっているかわかりませんが。先日アパートの件で健太郎に電話しまして。長男が安い物件を見つけたのでその相談をしました。健太郎はそこでいいと了解したんです。だから仮押さえもしたんです。それを今更どういうことですか?」

「それは聞いていませんでした」

「え?聞いていないんですか?」

「はい…正直に申しますと…」と夫の弁護士。

「なんです?」

「調停が終わったから言いますけど」

「はい」

「健太郎さん、私から電話してもなかなか出ないんです。今みたいに、当然私に教えておいてもらわないと困るようなことも、教えてもらえないんです。正直私も困っています。やりずらいって言うか…。実は、調停の時もそんな感じで」と夫の弁護士。

「なるほど」

「とにかく旦那さんは、自分の目で見て自分が決めたものしか認めないと言っているんです」

「あの…こちらはずるはしませんよ」

「いやいや。私が思っているんでなくて、健太郎さんの考えですから」

私と悠真は学生に見合った1ルームで、なるべく安価な物件を探したのに。

「すみません。具体的にアパートを自分が決めたいって、夫はどうするつもりなんでしょう」

「アパート探しはどんなふうになさったんですか?」

「ネットで良さそうな物件を探しました。さっき言ったように、もう仮押さえもしました。もちろん夫の許可は取っています。あとは2次試験の時に、現地で内見して不動産屋に必要書類を置いてきます。それで、合格がわかり次第契約するつもりなんですが」

「ご長男さん、お一人で行かれるんですか?」

「受験だけならそれでいいかと思っていたんですが、アパートの内見や契約の説明には親も同行してくれと不動産屋に言われたので、私が一緒に行くことになってます」

「ああ、そういうことなんですね。奥さんの説明でやっと意味が分かりました。それ、旦那さんが行くそうです」

「なぜですか?」

「奥さんたちがなにか、旦那さんに不利なことを勝手に決めてくるといけないからとおっしゃっていました」

「なるべく安いところを探してましたから、そんな心配はいりませんよ」

「しかしね、お金を出す旦那さんがそうおっしゃってますのでね」

こんな土壇場になって、そんなことを言われても困る。
大事な受験にあの夫が付いて行く。
まず悠真がぜったに嫌がるはず。
今の夫は、突然何を言い出すかわからない。
行きの電車の中で

「お父さん今愛人と暮らしているんだ。お母さんとは離婚するから。お前達の親権もいらないから」

なんてことを悠真に話したら…。
考えただけで恐ろしい。
いずれそれらは、私から時期を見て子供たちに話すことになるだろう。
でも今じゃない。
受験前日や、その直後に敢えてする話ではない。

「ちょっと、私も結城弁護士に相談してみます」

「はい…そうしてください。私も困っちゃってるんです」と夫の弁護士。

私は結城美佐子弁護士に電話をした。








mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!