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蒼色の月 #53 「不倫の在り処①」

初めての尾行に失敗した翌日。
子供達が学校に行った後、私はパソコンで探偵事務所を検索した。
探偵事務所なるものが、あることはもちろん知っているが、実際ホームページを見ると「ほんとにあるんだな」と改めて思う。
いくら見たところで、どれが良くてどれが悪いかなど私にはわかるはずもない。
私は適当にその中の一件のフリーダイヤルに電話をした。

「はい、もしもし、五十嵐探偵事務所です」

「あっあの、初めてなんですけど。ちょっといろいろお聞きしたいことがありまして」

「あっ、はいどうぞ。どんなことでしょう?」

「あの、ちょっと夫のことで、調べていただきたいことがあって」

「不倫ですか?」

こちらの緊張とは打って変わって、相手はあっけらかんとそう言った。

「え?あ!はい。そうなんです。夫が家に帰らなくて、どこに住んでいるのか調べていただきたいんです。できますか?」

「もちろん出来ますが、一度お会いしてご説明させていただくことになっておりますが大丈夫ですか?」

「電話では無理なんですかね?大体の費用だけでも知りたいんですけど」

「会ってからでないとそういう詳しい話は出来ないことになってるんです」

「すみません、時間がとれなくて。そちらの事務所まではだいぶ遠くて。すみません…」

「そうですか。それじゃ一般的な話だけですよ。二日間ご主人を尾行しますと50万円くらいですかね。お客様の場合はどれくらいか、具体的にいろいろお聞きしないとわかりませんがね。50万は平均というかスタンダードな値段と思ってくださいね」

「50万ですか。わかりました。またお電話させていただきます。ありがとうございました」

たった二日で50万円。そんなにかかるんだ。想像していた額の倍以上。私の想像を遙かに超える金額。家族の預金の通帳は、夫が持って行った。その通帳には私の給料も積み立ててあった。その通帳が手に入らない今、私には自由になるお金がない。ましてそんな大金なら、なおさらのことない。

探偵に頼むことは、諦めるしかない。
やはり自分でやるしか道はないようだ。
諦めるわけにはいかない。


それは、4度目の尾行のことだった。
3度の尾行はいずれも信号で失敗した。

私は友達に、映画のナイトショーに誘われたと子供達に嘘をついた。
もうこれ以上、子供達に嘘をついて長時間外出するのは限界。元々夜外出してなにか出来るほどこの街は都会ではないのだ。
これで失敗したら、子供にうそをついての夜の尾行はしばらくは無理だろう。

午後7時、夕飯の支度を済ませ私は家を出た。
7時20分、例のコンビニに到着。

3月の北海道はまだ真冬。家を出る頃、ちらついていた雪は吹雪へと変わった。
ほどなくして社員達が事務所から出てくるのが見えた。
各々が車のエンジンをかけ、スノーブラシで車の上の雪を下ろす。
すぐさま車に乗り込むと、暫くエンジンを暖めた後帰って行った。

吹雪は私の車を彼らの視界から消してくれる。

それから30分もしないうちに、夫が設計事務所から出てきたのが見えた。
吹雪の中、ダウンジャケットのフードを目深にかぶりスノーブラシを使うのに必死で、コンビニの端っこに停めてある私の車には目も向けない。

数分後、夫の車が事務所の駐車場を出ると、私は車間距離を十分にとってその後に続いた。バクバクと心臓が大きな音を立てる。今度こそ失敗は出来ない。緊張が走る。

8時過ぎ、夫の車は接待でよく使う料亭「柳」の駐車場に入って行った。
この時間「柳」に来たと言うことは、今夜はどうも接待のようだ。
私は「柳」の門が見える、スーパーの駐車場に車を停めた。

2時間も過ぎた頃、夫は取引先の男性らしき人物と店を出て代行車に乗り込んだ。二次会に行くのだろうか。代行車に2台の車が続く。その後ろに私はぴったりと付き車を走らせた。今回は、信号で失敗することもなかった。

そして着いたのは、美加と夫が会っていたクラブ「ドルチェ」の前だった。狭い飲み屋街の道。私は何度もドルチェの周りをぐるぐると回り、なんとか入り口が見える路地に無理矢理車を停めた。

そして12時をまわった頃、一台の代行車がドルチェの前に停まると、接待相手の男性が一人乗り込んで帰って行った。
と言うことは夫はまだドルチェの中なのか。ひたすら車の中で待った。

午前1時、一台の代行車がドルチェの前に。
いよいよ夫が出てくるか。
私は前屈みになり、ドルチェの入り口をじっと見つめた。

そして出てきたのは夫だった。

夫はきょろきょろと周りを見渡し、代行車に乗り込んだが車は停まったまま。なぜ車は動かないのだろう。もしかして、ドルチェに美加もいたのだろうか。

5分も経った頃、コートを肩にかけた中年女が店から姿を現した。
年は50過ぎといったところだろうか。コートの下の真っ赤なスカートが吹雪の中でもやけに目に付いた。

夫が乗った代行車のドアが開くと、女はするりと車に乗り込んだ。
それは初めて見る、夫の不倫相手の姿だった。

夫の接待に美加も同席していたのだ。

夫はこうやって、美加の従姉妹のドルチェにお金を落としてやっていたのだ。

遠目とはいえ、夫の不倫相手のその姿を目の当たりにし私の心は激しく動揺した。しかしそんなことで動揺している暇はない。今度こそは尾行を成功させなければ。

元々夜外出しない母親が、こう頻繁に長時間外出しているのをきっと子供達は内心気にしている。なんとしても、今夜成功させなければもう暫くは夜家を出てこれない。

今夜こそは。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!