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⛩【天地自然の理】見えるスピリチュアル(5次元世界量子論)引き寄せの法則/因果応報/断捨離による正負のエネルギーバランス(全て自分に在る原理原則)⛩

⛩【天地自然の理】見えるスピリチュアル(5次元世界量子論)引き寄せの法則/因果応報/断捨離による正負のエネルギーバランス(全て自分に在る原理原則)⛩


量子力学は2000年に入ってから研究されているが、

スピリチュアルという目で見えない領域を数値化して証明してしまった!

【量子論で3次元的には意識(=周波数)で決まる】

引き寄せの法則:意識(+感情+言霊)

因果応報:カルマ×徳(体験+経験値)

断捨離:エーテル界の正負の法則(3.5次元エネルギーバランス)

天正輪廻:アストラル界(4次元:幽界)

レコード:メンタル界(5次元:アカシックレコード)

神界(6次元モナド界/7次元ブッティ界)

➡意識も感情も言葉も周波数で数値化可能!


※強い意識状態にするのに、感情移入や言葉(言霊)・音楽を使うのも効果的

※断捨離などモノ(物質)にもエネルギーは溜まるのでバランスを取る為に必要最低限のモノだけで良い事も証明される(足るを知るという事。既に必要なモノは全て揃ってる事を知るだけで良い!)

※正負エネルギー法則は、宇宙の法則より良い事があれば悪い事も有る。悪い事があれば良い事が起こる循環を意味する(天地自然の理)

※5次元地球アセンション到達点はメンタル界と言われる。

【天地自然の理とは?】

何を模範にして生きるべきか

大なり小なり、人は“迷い”を抱えて生きているもの。
「人生で一度も迷うことがなかった」と言って最期を迎えられる人は、
よほど幸せ(なのか、不幸なのか…)な人と言えるのではないでしょうか。


さて、人の悩みで多いのが、「どう生きるべきか」
という人間の“根源”に関わる悩みです。
自分は何のために、何を模範にしてどう生きていったら良いものか…。
そんな迷いにさいなまれた時、老子の言葉が一つの道しるべになるでしょう。


老子は言っています。
人は、天地自然を手本にして生きていけば良いのだと。
なぜなら、人間もまた、天地自然の一部だからです。
それも、ほんのちっぽけな存在…。


そんな取るに足らない存在である人間があれこれ悩んでみても
この自然界は変えられないし、びくともしない。
だからこそ、その偉大なる存在=自然を見よ、と。
自然を手本にして、あるがままに生きよと、老子は教えているのです。

お手本は自然界にある!


「人法地、地法天、天法道、道法自然」
(人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る)


人は大地を模範とし、大地は天を模範とし、
天は道を模範とし、道はおのずからあるべき姿に従う。


この言葉をそのまま解釈すると、
人は「大地」を模範にして生きれば良いということになります。
大地とは、私たちがまさに今、踏みしめているこの地面のことですよね。


老子によれば、この地面は天に、
天は道=万物の根源に従って存在しており、
結果的に人もまた“道”を模範に生きているのだと言うのです。


要するに、この世を形作る“源”になっているものに身を任せて
自然(「自ずから然り」)のままに命を養ってまたその次の命につなげていく…
そんな生き方が理想的なんだよ、というわけです。


天地自然に従って生きるというのは、一見、簡単そうに見えますが、
現代に生きる私たちにとっては実は非常に難しいこと!
なぜなら、自然に逆らう方向に文明を発展させてきたからです。


暗くなったら寝て明るくなったら起きる…というのが
生き物としては自然なあり方かもしれませんが、
人間は“暗くなったら”をカバーするために電気を作りました。


年中、食べたい時に食べたい野菜を食べられるように
品種改良が進みましたし、
本来は授かれない命、助けられない命も
医療の発展と共に救えるようになりました。


…こういったテクノロジーの恩恵に慣れきっている私たちにとって、
天地自然に従った無為な生き方をするのは非常に難しいことなのです。

全てはつながっている


老子の言うように、人は大地を手本とし、
大地は天を、天は道を…そうやってさかのぼっていくと、
全ては「万物の根源」に行き着きます。


それはつまり、この世の全てはつながっているということ。
人も天地自然の一部であり、
そのサークルから逃れることはできないのです。


あまりにも便利なものを次々と生み出してきた私たち人間は、
ともすれば「自分たちは特別なんじゃないか」
「神は、人間には特別な力を授けてくれたんじゃないか」
「人間だけは救われるんじゃないか」
「人間は滅びることがないのではないか」
…と、とんでもない錯覚をしてしまいがち。


しかし、人間もまた天地自然、神羅万象の一部であり、
特別な存在などではありません。

【松下幸之助の天地自然の理】

松下翁が晩年に記した『実践経営哲学』の中には、「自然の理法に従うこと」という項目があります。ここでは、冒頭に「経営とはまことにむずかしい」といった後に、「考えようによっては、経営とはきわめてやさしいともいえる」とも伝えています。その後、松下翁自身の大きな成功の要因として「天地自然の理法に従うこと」を答えています。天地自然の理法というと難しいように聞こえますが、これは、「雨が降るなら傘をさす」というように、「当然のことを当然にやっていく」という経営の考え方です。なすべきことをなし、なすべからざることをしないということを心がけるということです。

 「限りなき生成発展というのが、大自然の理法」であることから、自然の流れに沿った生き、自然の流れに沿って経営の舵取りを行うことが「生成発展」への道といえます。

小生自身も失敗することが多々あるのですが、自身の些細な知恵や才覚だけで何とかしようということは、自然の理に反するような無理をすることがあり、失敗に繋がります。もちろん大いに学び、実践を積み重ねてリーダー自身が知見を深めることは一面では大切ですが、松下翁のいうように「人知を超えた大きな天地自然の理に従って経営をしていく」ことを生きかたの土台とすることが大切です。

永続経営とは、適切な利益を得て、次代に投資し、世の中の発展に尽くすことです。そして、その秘訣は「天地自然の理法に従う」ことといえます。


~「自然の理に従う」の類語を紹介~


「なすがままに」【なすがままに】

  • 「運命に任せる」【うんめいにまかせる】

「なすがままに」【なすがままに】

「自然の流れに身を任せていく様子」のことです。

そのものがしたい様に、なっていく様に任せておく時の表現です。

「運命に任せる」【うんめいにまかせる】

「自分に定められためぐり合わせをそのまま受け入れる」という意味です。



~最後に生まれた時点で人の運命は設定されている証明のようなモノです~


◆天地自然の理


1.世の中は公平である。
 人間の思考や知恵は未熟で偏った部分が多くあるが、天地自然の理は完全な原理である。
 一見、不公平だと思えることも時間が経てば公平へ向けて解消されていく。
 あらゆるものは良い面、悪い面があり最終的にはプラマイゼロとなって帳尻が合うようにできている。


2.世の中のものはすべて必然である

 世の中にあるものはすべて世の中に必要なものだから存在している。同様に世の中に起きること偶然ではなくすべて必然があるから起こる。良いことも悪いことも起こるべくして起こっていると考える必要がある。


3.世の中のものは日々生成発展している
 動物も植物も人間も、万物はすべて毎日良い方法へと発展している。ミクロでは分からなくてもマクロでは絶対不動の大法則と言える。


4.レベルが存在する
 すべてのモノにはレベルというものが備わっている。水は氷、蒸気などと液体、固体、気体というレベルが存在する。理性の動物たる人間は、理性のレベルを一つ一つ上げていく努力を惜しんではいけない。


5.組織や集団は、そのトップで決まる
 この世を一つの組織と考えればその長は創造主であり、その意図する方向へ進むのが絶対的に正しい生き方となる。
 会社などの組織体のトップは人間であるがゆえに、過ちを犯すことは十分にありえること。
 それだけにその組織体の盛衰はトップの良し悪しにかかっており、トップは組織のメンバーが絶えず正しい方向へ進めるよう努力しなければならない。


6.すべては相にあらわれる
 ツイてるものはおしなべて「相」がよく、明るくあたたかい雰囲気をもっているが、ツイていないものは「相」が悪く雰囲気も暗くて冷たい。
 ツイている、ツイていないというのは天地自然の理にしたがっているかどうかを見極めるための判断基準として「相」があると考えると分かりやすい。

これが「天地自然の理」


人間の生まれた瞬間に決まっている設定の事ですね!


まずは、己を知る事から全ては始まるという事は間違いないでしょう!!


自然に出来る事・得意に専念するだけの時代の到来とも言えそうです!!!

生れて初めてサポートして貰って感動しました🎵 いつもありがとうございます💕💎🌈感謝🌟🌈🌈