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新型コロナの特措法改正、カギは「間接強制金」の導入

※ この小論は、11月27日(金)の日本経済新聞朝刊27面(経済教室「私見卓見」欄)に掲載された文章の詳細版です。記事は、紙面の制約上、1000字程度に要約・圧縮しましたので、その元となった文章を掲載します。

論点:休業指示に「強制力」がない

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大が続いており、11月中旬以降は「第三波」に突入したとの見方も強い。こうした中、緊急事態宣言などの根拠となる「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」)の改正を求める意見が根強い。
 現在、政府側から特措法改正はテーブルに上げられていないため、今後の動きは不透明ではあるが、本稿では、今後、特措法改正の議論が進む場合のために、このタイミングで一石を投じる提案をしておきたい。

 現行特措法の問題点として、国と都道府県の権限関係の整理など幾つかの点が挙げられているが、周知のとおり、最大の論点の1つは、都道府県知事による休業要請や指示に「強制力」がないことである。
 これについて、世間からは「休業指示に強制力を持たせる法改正をすべき」という漠然とした主張のみが聞こえるように思われるが、この「強制力」について、具体的なイメージを持っている人はどの程度いるのだろうか。
 例えば、全国知事会の「新型コロナウイルス感染症に関する緊急提言」(7月27日)を見ても、「罰則規定」、「例えば食中毒発生時の営業停止処分や店名公表のような措置」といった記述は見られるが、はっきりとしたイメージがあるようにはとても見えない。

 具体的に考えてみよう。

罰則・過料

 まず一般に「行政処分に強制力を」という場合、上記の知事会「緊急提言」と同様、はじめにイメージされるのは罰則(刑事罰)の導入ではないだろうか。
 実際、日本の法律においては、行政処分に「強制力」を持たせる方法として、この「罰則担保」という手法が使われていることが多い。(「〇〇に違反した者は、50万円以下の罰金に処する」といったものである。)
 しかし、今回の新型コロナの事例で、具体的に休業指示に従わない店舗を考えたとき、この「罰則」がうまく機能するとはとても考えられない

 まず「罰則」というのは、当然ながら刑事罰であり、それを発動するというのは、違反者に「犯罪者」の前科を付けるということである。また、そのための手続も当然、休業指示をした知事(の部下である都道府県庁の職員)が行うものではなく、刑事事件の立件なのだから、店に来るのは捜査・逮捕令状を持った警察官である。
 コロナの拡大の中、店舗が知事の休業指示に従わないというのは、確かに「悪いこと」ではあろう。しかし、警察官の強制捜査を受けて刑事裁判にかけられ、前科者になるというのは、いかにも重すぎてバランスを欠いていると感じないだろうか。

 また、罰金(行政刑罰)と似たような仕組みとして、「過料」(行政上の秩序罰)と呼ばれる仕組みもある。
 過料の場合、刑事罰ではないので前科が付くわけではないが、国が法律で定めた「過料」の場合には、その徴収手続は行政処分をした当事者(本稿の場合、都道府県知事)が自分で行うことはできず、検察官と裁判官に裁判類似の手続(非訟事件手続)を進めてもらわなければ動かないようになっている。

 結果として、警察や検察のマンパワーから考えても、刑事罰・過料どちらにせよ、街中で多数の店舗が休業指示に従っていない場合に、その一件一件を全て捜査・調査し、裁判所に裁判・審判を求めるというのはおよそ非現実的である。
 そして休業指示を出した当事者(知事)には、自ら発した指示に自分で「強制力」を発動する権限がない
 つまり、実際には、よほど極端な事例でもない限り、ほとんどのケースに罰則や過料は発動できず、せっかく特措法を改正しても、ほぼ確実に空文化することが見通せるのである。

行政執行の機能マヒ

 実は、このようにして「罰則」や「過料」が機能マヒしているというのは、わが国の法律において、今回の新型コロナに限った話ではない
 戦前の日本政府は、行政命令を守らせるために国民に実力行使(直接執行)をする権限など、強力な自力執行力を持っていたのだが、それが人権侵害に濫用されてしまった反動で、戦後、根拠となる「行政執行法」が廃止され、役所が自分で行った処分や命令を守らせるための強制手段はほとんど奪われてしまった(行政執行は「代執行」のみとなった)。
 そしてほとんどの法律(行政法規)には、実際には重すぎておいそれとは発動できない、警察や司法機関による罰則・過料だけが残されたのである。
 戦後75年間の日本はおしなべて平和であり、また国民の遵法意識も高かった(違反した場合に強制力があろうと無かろうと、「法律違反」を犯すのは一国民として恥ずべきことだという意識で、役所の規制や処分を粛々と守ってきた)。その結果、「多くの法規制には、実は国民が守ってくれない場合に実際に発動できる強制力がない」という重大問題が見過ごされてきたのである。
(余談だが、実のところ、行政法の専門家の間ではやっと近年、この重大問題が注目を集めつつあり、諸外国と比べた日本の異常性が浮き彫りにされつつある。今回の新型コロナの事態を通じて、多くの国民も「欧米やアジアのほとんどの国では強制的なロックダウンができているのに、なぜ日本ではできない(しないのでなく、できない)のだろう・・・?」という素朴な疑問に気づいたことは、その意味で大きな前進(怪我の功名?)と言えるのかもしれない。)

実名公表などの「新しい手法」

 この「日本の法律には行政処分の強制力が欠けている」という重大問題を何とかするため、近年、いろいろな手法が試みられてきた。「違反者の実名公表」というのも、その1つである。
 実際、今回の新型コロナの緊急事態下においても、5月の連休前後、大阪府など幾つかの都道府県で休業要請に従わないパチンコ店の店名が公表されたことは記憶に新しい。では、その結果はどうだったか。
 違反者の「実名公表」というのは、公表によって違反者の営業上の信用力を失わせる(「この事業者は国や自治体からの指示に違反している事業者ですよ」ということを顧客や取引先に知らしめる)ために行う措置である。逆に言えば、「法律上の指示に従っている」という信用が営業上さほど重要でない業種や事業者には、「実名公表」は意味がないことになる。実際、店名を公表されたパチンコ店の中には、知事から名指しで店名を公表されてもなお営業を続け、逆にお客を増やした店(結果的に「この店はまだ開いていますよ」ということを知事が宣伝してあげる結果となってしまった店)もあったとの報道も、覚えておられる方も多いだろう。
 パチンコ店だけでなく、いわゆる「夜のお店」などの多くについても、こうしたことが起こることは容易に想像できる。結果として、新型コロナの感染に対し一番リスクの高い業種や店舗には、この「店名公表」は「刺さらない」のである。

間接強制

 では、「強制力」として、それ以上に効果的なアイデアはないのか?
 実は、抜群に実効性の高いアイデアがある。それは「間接強制」というものである。

 「間接強制」とは、義務(役所の指示や命令)を履行しない者に対して一定額の金銭の支払いを命じ、間接的に義務の履行を促すという方法である。例えば、知事の休業指示に従わない店舗に対し、「休業指示に従うまでの間、1日当たり〇〇円を支払え」という行政命令を出すようなイメージである。
 この支払いを命ずる金銭を「間接強制金」という。(単に「強制金」と呼んだり、「履行強制金」と呼ばれることもある。)

間接強制金のメリット

 この間接強制金は、刑事罰ではなく、税金を滞納したときに支払いを命じられる延滞金のような行政措置であるため、警察が出てくることもないし、対象者に犯罪の前科が付くこともない。また、過料のように検察や裁判所の関与が必要になることもなく、行政命令を出した官庁(今回の場合だったら都道府県知事)が自分で手続を進められる。
 さらに、戦前の直接強制のように役所の担当者が物理的な実力行使をするわけでもないので(お金を徴収するだけである)、過度の(暴力的な)人権侵害も起こらない
 一方で、休業指示に従わない事業者がこの間接強制金の支払いも拒否する場合には、税金の滞納と同様、強制徴収(資産の差押え・競売など)の対象になるので、違反者は支払いを逃れることはできない。

 さらに、この「間接強制」には、刑事罰や過料に比べて決定的に優れたメリットがある。
 刑事罰や過料は「既に起きた違反行為に対する制裁」であるため、リアルタイムで行われている違反行為を迅速に止める効果には限界がある。それに対し、間接強制金を「違反している間、毎日、1日当たり〇〇円を支払え」という形で命令すれば、違反者としては、1日でも早く違反状態を解消する、強力な心理的圧力を受けざるを得ないため、即効性がある。(※細かいことを言えば、間接強制金には「1日当たり〇〇円を支払え」という以外にも方式はあるのだが、ここでは割愛する。)
 そして、この間接強制金の金額を、例えば店舗が休業指示に従わず営業を続けたときに見込まれる利益の額に設定すれば(すなわち、違反行為による利益を吸収する額とすれば)、どんな業種のどんな事業者・店舗であっても、休業指示に違反して営業を続ける意味がなくなる。すなわち、パチンコ店であろうと「夜のお店」であろうと、あらゆる業種・事業者に対して例外なく「刺さる」のである。

実は諸外国では一般的

 この「間接強制」という手法は、日本の法律ではほぼ全く例がないので、一般的にも知られていないのであるが、実は日本以外の諸外国では極めてよく活用されている手法である。
 例えばドイツなどヨーロッパ諸国では、まちの建物の景観規制・デザイン規制や屋外広告の規制のような、「違反者を警察が逮捕して犯罪者扱いするには大げさ過ぎる」という処分の履行確保のため、「強制金」が幅広く活用されている。「違法な看板広告を〇日までに撤去しない場合、〇〇ユーロを支払え」という命令を繰り返し受ければ、対応が遅れるごとに強制金の額が膨れていくのだから、違反者は一刻も早く違法広告を撤去するしかない。
 アメリカにおいても、1970年代以降、環境保護行政や食品安全行政など、社会的規制の導入が進むとともに、行政が機動的に発動できる「シビル・ペナルティ」と呼ばれる制度が普及してきた。シビル・ペナルティは間接強制とイコールではないが、間接強制と同じ機能(違法行為をリアルタイムで食い止めるために、行政的な賦課金として違反者に課される)を有しているものが多い。
 またお隣の韓国でも、戦後の独立後に戦前の日本が制定した行政執行令が廃止されてから、長らく間接強制の仕組みはなかったのであるが、1980年代に違法建築の規制のため、建築法に「履行強制金」制度が導入されて以降、様々な法規制に爆発的に導入が進み、今では様々な規制や行政処分において、極めて一般的な履行確保手段となっている。
(※なお、日本の行政執行に戦後ずっと、この間接強制の仕組みが導入されてこなかった原因としては、①霞が関の官僚が法案を検討する際には、日本法の前例はよく調べるが、外国法についてはあまり検討の視野に入らないこと、②内閣法制局の法案審査が、日本法に前例のない制度の導入についてはとりわけ厳格なこと、の2点があると思われる。実のところ、戦後の日本においても、1970年の建築基準法改正(違法建築の是正措置命令)と、2017年の外為法改正(外国投資家の投資条件違反の是正措置命令:筆者も立案に携わった)の2回だけ、間接強制の導入がチャレンジされたことがあるのだが、両方とも、法律案が国会に提出される前に政府内調整の段階で頓挫している。)

提言

 そこで、今後の新型コロナの更なる感染拡大に備えて、特措法の改正が行われる場合には、副作用が少なく、確実に効果が見込まれる「間接強制金」の仕組みを導入してはどうかというのが、本稿の提案である。
 本稿の提案に対しては、「苦しい事業者がやむを得ず休業指示を破ることに金銭の支払いを命ずるのか?」といった議論もあるだろう。しかし現状においても、大多数の事業者は強制力のない休業要請や指示に黙々と従っているのであり、こうした事業者には「間接強制金」の導入は影響しない。本稿の提案は、こうした真面目な大多数を踏みにじって一部の事業者が抜け駆けしてもお咎めなしという、「正直者が馬鹿を見る」現状を是正したいという点にポイントがある。
 これから冬場以降に向けて、更に事態が長期化する可能性も見込まれるのであれば、遵法精神が高く我慢強い国民にひたすら忍耐を求める「日本モデル」でなく、正直者が馬鹿を見ないような実効性のある制度の導入が、一刻も早く求められるのである。

〔後記〕
 なお、筆者は現在、大学の教職にあるが、長らく中央省庁で法改正の実務に携わってきた者であり、具体的に間接強制の条文案を書いてみたこともある(上述した2017年の外為法改正において、筆者は経産省に設けられた法案準備室の担当室長であった)。
 本稿の提案について更に詳細を知りたい方は、信山社『行政法研究』第28号(2019年1月)に筆者が掲載した論文を参照されたい。
 また、もっと具体的にこの仕組みを検討してみたい省庁、議員、シンクタンクなどがおられたら、ご連絡いただければ(筆者のメルアドはプロフィールのリンク先を参照)、喜んでより詳細なお話をさせていただきたい。


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