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遥と静かなテーブル③


第3話:沈黙の中の勝負

夜の静寂に包まれた部屋。遥は帰宅するといつものように無言でシャワーを浴び、無機質な部屋の片隅に座った。今日も、仕事は淡々とこなし、同僚と形式的な会話を交わし、そしてバーに足を運んだ。すべてが規則的に進んでいく。けれど、その一連の流れの中で、ポーカーの存在が次第に強くなっているのを遥は感じていた。

ポーカーのテーブルに座っていると、仕事のことも、未来のことも何も考えなくて済む。それが遥にとって、かけがえのない時間になりつつあった。

今夜も、例のバーのドアを押し開けた。薄暗い空間が広がり、静かな音楽が耳に届く。常連客たちがいつものようにカウンターに座っている。テーブルには、何人かの客が集まり、ポーカーを始めていた。遥は無言でそのテーブルに歩み寄り、自然な動作で席に座った。

今日も来たんだな

顔なじみになった男が、笑みを浮かべながらカードを配り始める。遥は、何も答えずにカードを受け取った。彼女にとって、会話は必要なかった。ポーカーの場に言葉はいらない。ただ、カードを見て、手を決め、チップを置く。それだけでよかった。

ゲームは静かに進行する。周りのプレイヤーたちも言葉を交わすことなく、淡々とゲームに没頭している。時折、誰かがチップを大きく動かすが、遥はそれを冷静に眺める。勝ち負けに感情を揺さぶられることはなくなっていた。むしろ、この沈黙と集中が心地よかった。

その時、遥の手元に強いカードが配られた。彼女は表情を変えず、静かにチップを積み上げた。相手の視線が一瞬、自分に向けられるのを感じる。ポーカーでは、相手の動きや表情がすべてだ。小さな動きが、すべての勝敗を決定づける。

遥は静かに呼吸を整えながら、次のカードを待った。そして、リバーが開かれる瞬間、彼女はチップを全てテーブルに投じた。周りが一瞬ざわめき、男がじっと彼女を見つめる。相手も迷わずコールしてきた。

テーブルにカードが広げられる。遥の手にはフルハウスが揃っていた。勝利の静けさが、バー全体を包んだ。男は何も言わずにチップを遥の方に押しやり、彼女もただ静かに受け取った。

勝利の感触はあるが、喜びはなかった。ポーカーは遥にとって、ただのゲームではなく、現実から逃れるための手段になりつつあった。だから、勝っても負けても、それは彼女にとって重要ではない。ただ、勝負の瞬間に無心でいられる時間が彼女を支えていた。

おめでとう

男が静かに声をかけたが、遥は軽く微笑むだけだった。何かを言う必要もない。ただ、また次のゲームを始める準備が整っていた。

夜が深まり、ゲームが終わると、遥はまたカウンターに戻った。ビールを頼み、ぼんやりとカウンターの向こうを眺める。何も考えずに過ごす時間が、少しずつ増えていく。このままポーカーを続けることで、今の自分がどう変わるのか、遥はまだ答えを見つけていない。ただ、この静かなテーブルに座っている間だけが、現実から解放されていると感じていた。

「明日も、来るのかな…」

ビールを飲み干しながら、そんなことを考える。家に帰っても、無機質な部屋が待っているだけだ。ならば、このバーの静けさに浸る方が遥にとって自然に思えた。

店を出ると、夜の風が少し肌寒く感じられた。ポケットに手を突っ込み、遥はゆっくりと家への道を歩き始めた。遠くで街の灯りがぼんやりと見える。その明かりが、まるで遙の行く先をぼんやりと照らしているかのようだった。彼女の心の中には、まだ答えがない。それでも、静かなテーブルで過ごす時間だけが、唯一確かなものだった。


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