THE NOWHERE EMPORIUM

ダニエルの住む町グラスゴーに〈さすらいの館〉がやってきた。外見は何の変哲もない建物だが、中にはたくさんの魔法の部屋があるうえに、さまざまな時代と場所へ移動できた。ダニエルは特別な力を認められ、〈さすらいの館〉のオーナー、シルバーに後継者として育てられる。ある日、シルバーの宿敵シャープがあらわれ、シルバーは姿を隠す。〈さすらいの館〉を守るため、ダニエルはシャープに挑む。

作者:Ross Mackenzie(ロス・マッケンジー)
出版社:Kelpies(イギリス/ロンドン)
出版年:2015年
ページ数:278ページ(日本語版は~300ページ程度の見込み)
シリーズ:全3巻
ジャンル・キーワード:ファンタジー、家族


おもな文学賞

・ブルー・ピーター文学賞受賞 (2016)
・スコティッシュ・チルドレンズ・ブック賞受賞 (2016)
・ウェストサセックス児童文学賞ノミネート (2016)

作者について

イギリスの児童文学作家。スコットランド南西部のグラスゴー生まれ、幼いころから魔法の世界に魅了されてきた。新聞関係の仕事をしつつ創作を続け、2010年9月にデビュー作『Zac and the Dream Pirates』を発表した。

おもな登場人物

● ダニエル・ホームズ:グラスゴーの孤児院育ちの男の子。12歳ぐらい。
● ルシアン・シルバー:〈さすらいの館〉のオーナー。魔法使い。
● エリー・シルバー:ルシアン・シルバーの娘。〈さすらいの館〉の外に出られない。
● ヴィンディクタス・シャープ:シルバーの師匠で魔法使い。孤児院にいたシルバーを連れ出し、育てる。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 グラスゴーの孤児院で暮らすダニエル・ホームズは、今日もいじめっ子のスパッドに追いかけられ、「閉店」の札がかかっている店に逃げこんだ。不思議なオブジェが並ぶ店内に、ダニエルは息をのむ。翌日も同じ店に逃げこんだが店長に追いだされた。スパッドにしつこく追いかけられたダニエルは道路に飛びだし、車にぶつかりそうになったところで視界がまっくらになった。
 目が覚めると、森のなかのトレーラーハウスにいた。気の強そうな女の子がきて、パパを呼んでくると言ったが、パパというのは例の店長だった。〈さすらいの館〉という店で、この森は店の中にあった。ほかにもいくつもの部屋があるが、店の外からはこんな世界が広がっているようには見えなかった。
 店長ルシアン・シルバーの話によると、この店はあらゆる時間と場所を自在に行き来できた。訪れる客は夢のような体験をするが、入場料はすこしの想像力。想像力は尽きることがないから、それを分けてもらうというのだ。そのかわり店を出ると、店での体験も店があったこと自体も忘れ、楽しかったという気持ちだけが残る。だから、店に2回きて、しかも前回のことをおぼえているダニエルには特別な資質があった。そのためシルバーはダニエルの命を救い、後継者として育てることにした。
 翌日からシルバーの指導がはじまった。それぞれの魔法の部屋は、〈驚異の書〉に書き込むと現れる。消したいときはそのページを破って燃やす。ダニエルが思い描いたことを書きこむと、実際に新しい部屋があらわれた。〈秘密の間〉という部屋で、大小さまざまのスノードームが並んでいる。スノードームに向かって秘密をささやくと、その秘密は守られる。スノードームは、母親との思い出の品だった。ダニエルは毎日ひとつずつ、〈驚異の書〉に書きこむことになったが、この本はシルバーの分身でもあり、非常に大事なものなので、書きこむのはシルバーがいるときだけ、と強く念を押された。
 ある日、初日に会った女の子をひさしぶりに見かけた。エリーという名前で、ダニエルを魔法の部屋やスタッフが暮らす〈さすらいホテル〉に案内した。父親や店のことも話してくれたが、どことなく距離をおいているようだった。ダニエルが「世界じゅうのいろんな場所に行けていいね」と言うと、怒ってどこかに行ってしまった。サーカスのパフォーマー、セラブとアンジャが、エリーもスタッフも店の外には出られないからだと教えてくれた。しかも、エリーの姿は客には見えず、幽霊と変わらない。店長のシルバーは、店の外に出られた。シルバーはさまざまな町で用事をすますのに、ダニエルを同行させた。町ではいつも裏道を歩き、魔法の店をめぐってはなにかを探しているようだった。1929年のニューヨークで、探しているものが見つかったようだが、なにかは教えてくれなかった。

 ダニエルとエリーは仲直りし、エリーの誕生会の準備をした。エリーが選んだ衣装に招待状を添えると、ドレスは鳥や猫などに姿を変えた。動物たちは招待された人のもとへいき、衣装に戻る。それを着た人たちが〈さすらいの館〉に集まった。そのなかの1人と入れ替わり、ヴィンディクスタス・シャープが〈さすらいの館〉にしのびこんだ。シャープは、孤児だったシルバーをひきとり、魔法の力を伸ばした師匠かつ魔法使いだ。シャープがシルバーになにか耳打ちすると、シルバーは真っ青な顔でうなずいた。
 翌日、シルバーは〈驚異の書〉と手紙を残して消えていた。手紙には〈さすらいの館〉が危険な状態だと書かれているが、後半が焼け焦げていてシルバーの依頼がわからない。店からは出ていないようなので、スタッフ総出で店内を捜索する。シルバーは見つからなかったが、店のあちこちに亀裂が生じていることがわかり、不安は募るばかりだった。ニューヨークで買ったものが関係していると思ったダニエルは、ニューヨークに戻り店員に尋ねた。あれは非常に貴重なユニコーンの血で、あらゆる病気を治すという。最近、シルバーの体調が悪いようだったので、納得できた。
〈さすらいの館〉に戻ると、シャープがシルバーに会いに来た。ダニエルたちは初めて会うが、シャープとシルバーが一緒に写っている写真を見せられ、古い知り合いのようなので信頼する。シルバーが行方不明であることを話すと捜索に加わるが、相変わらずシルバーは見つからない。〈驚異の書〉の力も使ったが、シルバーは見つかりたくないのか、うまくいかなかった。シャープはダニエルから〈驚異の書〉を預かると、ダニエルを魔法で眠らせた。丸1日経って目が覚めたダニエルは、〈さすらいの館〉の崩壊がどんどん進んでいることを知り、パニックに陥る。シャープは見当たらない。〈さすらいの館〉の中心部であり、想像力の泉が湧き出している〈噴水の間〉へ行くと、噴水は壊れ、泉は凍っていた。シャープがあらわれ、シルバーと長年の確執があることを話した。そもそもシルバーがあちこちに移動していたのは、シャープから逃れるためだった。ダニエルはシャープから〈驚異の書〉を奪い返して逃げた。エリーと合流し、〈思い出の間〉でシャープとシルバーの過去を描いた映像を見た。

 不思議な力を持ち、孤児でいじめられっ子だったシルバーは、シャープに引き取られ、魔法やマジックショーの手ほどきを受ける。やがてシャープの力をしのぐようになり、独立して〈さすらいの館〉を開く。あるとき、シャープが娘のミシェルを連れてきた。ミシェルは美しく、すぐにシャープは恋に落ちる。しかしミシェルは裏切り、〈驚異の書〉を奪って逃げた。1年後、〈さすらいの館〉の店先に赤ちゃんが置かれていた。のちのエリーだ。場面は変わり、シルバーがシャープの家に押しかけた。〈驚異の書〉は強引に盗んでも意味はなく、正当に引き継がなければ魔法が効かない。シャープはシルバーに勝負を挑み、殴り合いになる。シャープが投げた短剣をシルバーが弾き飛ばすと、ちょうど部屋に入ってきたミッシェルの胸に深々と刺さった。

 ダニエルはシャープに勝負を挑んだ。それぞれ〈驚異の書〉で魔法の部屋を作り、互いの部屋に入って先に出てきた者が勝ち、というものだ。シャープが作った部屋は、ダニエルに父と同じ苦しみを与えようとするものだった。ダニエルの父は海で死んだ。足もとからどんどん水が増し、溺れそうになるが、父の魂に助けられて部屋から出ることができた。ダニエルが作った部屋は、マジックショーのステージだった。エリーが魔法の力を借りて姿を現し、シャープの孫だと名乗った。観客は全員、ミシェルの顔をしている。エリーはシャープに謝罪を求めるが、シャープは断る。先に脱出できたダニエルはシャープが書いたページを破り、部屋ごとシャープを葬った。

〈驚異の書〉に書かれていた文字が宙に浮きあがり、人の形に集まると、シルバーが復元された。シルバーは、5年ほど前から自分の力が弱まってきたこと、〈さすらいの館〉が大きくなりすぎていたことを感じ、後継者を探していた。シャープは他人の時間を、シルバーは想像力を手に入れることで、年をとらずにいた。また、〈さすらいの館〉内では時間が進まない。この前のエリーの誕生会は、121回目の12歳の誕生会だった。
 シルバーはダニエルに〈さすらいの館〉を譲った。〈驚異の書〉の文字が、〈ダニエル・ホームズの驚異〉に変わった。シルバーのやり方に従う必要はない。普通に年を取っていってもいい。エリーもそうだ。シルバーはエリーと最後の散歩に出かけた。あたたかな日射しのなか、シルバーの姿は消えた。エリーは〈さすらいの館〉に戻った。
 ダニエルはエリーと相談しながら、〈さすらいの館〉の行く先を決めるのだった。

 書いたことが現実になるという、まさに夢を現実にする〈さすらいの館〉を舞台にしたファンタジーだ。ダニエルが〈さすらいの館〉と出会う現在と、シルバーがシャープに引き取られた19世紀後半が交互に描かれる。
 さまざまな魔法の部屋は具体的に描かれていて、情景がありありと浮かぶ。お代は少しの想像力とのことだが、何よりも作者の想像力が豊かで素晴らしい。作者の出身地でもあるグラスゴーから始まり、パリ、ベルリン、ニューヨークなど、さまざまな土地を旅するのも魅力である。
 物語は、必ずしも華やかな魔法の世界だけを描いているわけではない。シルバーとシャープは100年以上の確執を抱え、エリーはある意味その犠牲者であり、〈さすらいの館〉に閉じこめられている。孤児のダニエルもエリーも、親の愛に飢えている。ダニエルは初めて作った魔法の部屋に、母親が集めていたスノードームを取り入れ、シャープの作った部屋で溺れそうになったときに父親の魂に救われる。あるとき、ダニエルは両親が生き返るよう〈驚異の書〉に書きこむが、現れたのはおぞましいゾンビであり、死者をよみがえらせることはできないとシルバーに諭される(シルバーはこの部屋を抹消する)。エリーは最後にやっと父と分かりあうことができる。父と娘が手を取り歩く姿が最初で最後になるのは悲しいが、〈さすらいの館〉の呪縛から解放されたエリーが、これからどんな経験を積むのか楽しみである。実際、第2巻では外の世界に出たエリーが活躍する。
 ハリー・ポッターのように孤児が魔法の才能を開花させ、『夜のサーカス』(エリン・モーゲンスターン作、宇佐川晶子訳、早川書房)のように魔法で次々に新しいアトラクションが現れるが、要素要素の類似点はあっても、全体としてオリジナリティの高い世界が広がっている。特に『夜のサーカス』は一般書のファンタジーとして翻訳出版されており、読者対象も主題も〈さすらいの館〉とは異なる。ぜひとも〈さすらいの館〉の夢のような世界を日本の子どもたちに紹介したい。

シリーズ紹介

第2巻 THE ELSEWHERE EMPORIUM
〈さすらいの館〉を受け継いだダニエルは、店の方針を変更し、インタビューも歓迎するオープンな店にしていた。ところがある日、何者かに〈さすらいの館〉を盗まれる。ダニエルとエリーはさまざまな魔法使いの力を借りながら〈さすらいの館〉探しに奔走する。

第3巻 THE OTHERWHERE EMPORIUM
〈さすらいの館〉はふたたびあらわれたが、この魔法の世界に魅了されているのは前回の犯人ミランだけではない。まさかのヴィンディクタス・シャープの名を語る人物が登場し、〈さすらいの館〉を手中におさめる。ダニエルはどこ?! 最後まで目が離せない、シリーズ最終巻。



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