The Dragon with a Chocolate Heart

魔法のせいで人間の姿になってしまったものの、とにかくチョコレートの魅力にとりつかれ、元の姿に戻るよりもショコラティエになることを目指すドラゴンの少女の物語。

作者:Stephanie Burgis(ステファニー・バージス)
出版社:Bloomsbury
出版年/ページ数:2017年、249ページ
シリーズ:既刊3巻
ジャンル・キーワード:ファンタジー、ドラゴン、チョコレート


おもな文学賞

・ローカス賞YA部門ファイナリスト(2018)
・ミソイーピーク賞児童書部門ノミネート(2018)
・リーズ・ブック・アワード 9-11歳部門ノミネート(2018)

作者について

アメリカのミシガン州で育ち、現在は家族とともにイギリスのウェールズに在住。大人向けのロマンスやファンタジーから子ども向けの冒険ファンタジーまで、短編・長編ともに幅広く執筆。邦訳はない。夫パトリック・サムファイアもファンタジー作家。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 ドラゴンの少女アベンチュリン(人間では11~12歳相当)は、山の洞窟で家族と暮らしている。子どものドラゴンはうろこがまだ固まっていないため外に出ることは禁じられており、兄もアベンチュリンもまだ外を見たことがない。また、ドラゴンはそれぞれ、情熱をかける何かを見つけなくてはならず、それが決まらないと一人前とみなされなかった。兄は本が好きで哲学者をめざし、姉も詩人として尊敬されている。それにひきかえ、アベンチュリンは勉強嫌いの冒険好きで、夢ばかり見ていた。情熱をかける対象も見つかっていない。子ども扱いされることに飽き飽きしたアベンチュリンは、外の世界を探検することにした。
 洞窟から外に出たアベンチュリンは、ひとりの人間と遭遇する。ドラゴンにとって、人間はただの食べ物だ。ただし危険な食べ物で、祖父はいつも「絶対に人間を信用するな」と言っていた。アベンチュリンは早速人間を食べようとしたが、そのとき、いままでかいだことのない甘い香りが漂ってきて、アベンチュリンは心を奪われる。何の香りかと人間に尋ねると、「ホットチョコレート」との答えが返ってきた。飲ませてもらい、あまりのおいしさにうっとりしたのもつかの間、アベンチュリンは人間の姿に変わってしまう。この人間は魔法使いで、ホットチョコレートに魔法をかけていたのだ。アベンチュリンの全身を覆っていた赤と銀のうろこは、同じ模様の布に変わった。
 魔法使いに逃げられたアベンチュリンは山をおり、馬車に乗った夫婦に拾われる。この夫婦(グレタとフリードリッヒ)は、孤児をドラッヘンブルクの町に連れ帰ってはただ働きさせるということを繰り返していて、アベンチュリンも屋敷でこき使われる。しかしアベンチュリンの頭のなかはチョコレートのことでいっぱいで、ついに自分が情熱をかけるべきものを見つけたと感じていた。チョコレート工房への弟子入りを目指すが、チョコレートは上流階級のための高級品のため、弟子入りには紹介状が必要だ。紹介状がないうえに良識ある身なりをしていないアベンチュリンは、笑われるだけで相手にされない。市場で服を買おうとしてもお金がなかった。その様子を見ていた少女ジルケ(13歳)が、髪を売るのはどうかと提案する。髪にこだわりはなかったのでアベンチュリンは髪を売り、そのお金で服を買った。ジルケは無難で地味な服をすすめたが、アベンチュリンは自分の好みで金色と紫色の服を買った。
 ジルケに案内してもらってチョコレート・ハートという工房を訪ねると、他の華やかな工房とはちがい、町のはずれにひっそりとたたずんでいた。かぐわしいチョコレートの香りと、炎の色が基調の店内に、アベンチュリンは居心地の良さを感じる。しかし、客はひとりもおらず、弟子もちょうど追いだされるところだった。ショコラティエはマリナという女性で、事務仕事はホルストという男性が担当している。追いだされた弟子は市長の甥で、工房の経営にはコネが最重要なので、ホルストは頭を抱えていた。いまに始まったことではなく、チョコレートのことしか頭にないマリナは妥協したり媚びを売ることがなかったので、権力者とぶつかっては店の評判を落としていた。
 アベンチュリンはマリナとホルストに、「チョコレートに情熱をかけたいんです!」と訴えた。ホルストはコネがないことを渋ったが、マリナは「コネがないなら、いつ追いだしても構わないじゃないか」と採用する。さっそくマリナはホットチョコレートを試飲させ、入っている材料を当てさせた。アベンチュリンは材料の名前はわからなくとも、材料の数は見事に当てた。それから、新しいフレーバーだというホットチョコレートを試飲する。ここでしか飲めない、ピリ辛のチリ・チョコレートだ。喉の奥の焼けるような熱さに、アベンチュリンはドラゴンが炎を吐くときの感覚を思いだした。
 アベンチュリンは自分の素性は明かさずに、マリナのもとで修行を始めた。1週間後の午後休のとき、ジルケを探しにいき、店の客集めに協力してほしいと持ちかける。ジルケは町を熟知し、人脈やノウハウも持っているからだ。ジルケが作ったチラシが町じゅうにばらまかれ、たくさんの客がチョコレート・ハートに押し寄せた。お忍び姿の王様とふたりの王女様もいて、ホルストとジルケは浮き足立つ。ところがマリナはあくまでも自分のペースを崩さず、王様たちが注文したホットチョコレートを優先しようとしない。ホルストはやきもきするが、工房の存続や体面ばかりを気にするホルストにとうとうマリナが怒りを爆発させ、台所を出る。ホルストも後を追った。途方に暮れたアベンチュリンは、まだホットチョコレートの作り方を教わっていなかったが、いままで見てきたマリナの作業を思いだし、祈る思いで作り上げる。いよいよ王様が飲もうとしたとき、市長の助手が衛生調査だと言って店に乗りこんできた。「ネズミがいるらしい」と大声で言ったため、客は一斉に逃げ出す。王様たちも帰った。もちろんネズミはおらず、衛生調査も合格するが、もう遅い。実は、マリナだけでなく、アベンチュリンも市長の助手の機嫌を損ねることをしていて、「マリナの悪口を聞かせてくれたら金を払う」と言われたのを断っていた。すべて自分のせいだと、アベンチュリンは店を飛び出した。
 アベンチュリンはグレタにばったり会い、屋敷に連れもどされる。数日後、グレタの使いで市場に行くと、ジルケに声をかけられた。ジルケはマリナを連れてきていて、マリナはアベンチュリンに自分がショコラティエになったいきさつを語る。マリナもアベンチュリンと同じく、ドラッヘンブルクの出身ではなく、ただひたすらチョコレートへの情熱だけで生きてきた。しかし、若いうえに女性であることから妬みを買い、新鮮な牛乳を腐った牛乳にすり替えられたという事件があった。しかも女王陛下に献上するホットチョコレートをつくったときで、女王陛下は一口入れただけで吐き出し、マリナは一瞬にして名声も工房も友人も失った。マリナが一番許せなかったのは、そのときに限って味見しなかった自分自身だ。その後、ホルストと出会い、一からやり直した。マリナはアベンチュリンに、だれにでも失敗はあることで、それを言い訳にして努力を怠ってはいけない、と語りかけた。失敗したらまた始めればいい。アベンチュリンは決意をあらたに、チョコレート・ハートに帰った。
 マリナはホットチョコレートづくりの指導を始めた。さまざまな思いをこめて集中していると、ジルケの兄が駆け込んできた。ドラゴンの一団が町へ向かって飛んできているという。家族がアベンチュリンを探しにきたのだ。王は魔法使いで構成されたドラゴン討伐隊を準備し、住民はどんどん逃げ出す。アベンチュリンは、自分にしかドラゴンを止められないと、うろこだった布をかかえ、王のいる場所までジルケに案内してもらう。ジルケは、「アベンチュリンだけがドラゴンとの和平の暗号を知っている」と嘘をつき、アベンチュリンがドラゴンと交渉できるよう許可を得た。まずは交渉を試み、うまくいかなかったら討伐隊が攻撃する流れだ。
 アベンチュリンは布を旗のようにかかげ、家族を待ちうけた。いつもおだやかな母ドラゴンが「娘を返せ!」と猛々しく煙を吐き出している。アベンチュリンは自分が娘だと訴え、魔法で人間にさせられたいきさつを話した。なかなか信じてもらえなかったが、強情な性格はドラゴンのときと変わらなかったうえに、討伐隊との連絡係として控えていた王女が「金色の瞳も、派手な服もほかの人とは違う」と言い添えたので、やっとのことで納得してもらえた。それからアベンチュリンは家族に大切なことを報告した。チョコレートという、情熱をかける対象を見つけたことだ。マリナとホルストが呼びだされ、ドラゴンたちにホットチョコレートが振る舞われる。みな、その魅力に感激し、アベンチュリンが引き続きショコラティエとして修行することを認めた。王や王妃にもふるまわれ、チョコレート・ハートの名誉は回復した。ドラゴンたちは今後、ドラッヘンブルクの町を守ることを約束した。
 工房に帰ったアベンチュリンは、マリナから思いがけない話を聞かされた。アベンチュリンが作ったホットチョコレートを飲んだとたん、マリナもジルケも前向きな気持ちがみなぎり、なんでもできるような気持ちになったというのだ。アベンチュリンがホットチョコレートを作りながら考えていた、「自分は何にでもなれる、ドラゴンと人間の両方になれる」という前向きな思いがそのままホットチョコレートにも込められ、飲んだ人にも伝わっていたらしい。魔法使いの力が、ホットチョコレートを通してアベンチュリンにも受け継がれていたのだ。マリナに促されるままに、自分でつくったホットチョコレートを飲み、ドラゴンの姿を思い描くと、なんとドラゴンにもどることができた。人間の姿を思いながら飲むと、人間になる。こうしてアベンチュリンは、人間のときはショコラティエの修業に励み、ときどきドラゴンになって家族に会いに行った。もちろん、土産はホットチョコレートだ。

 魔法のせいで人間の姿になってしまったものの、とにかくチョコレートの魅力にとりつかれ、ショコラティエになることを目指すドラゴンの少女の物語だ。風味豊かなホットチョコレートの描写が何度も出てきて、思わずホットチョコレートに手が伸びる。この本自体に魔法がかかっているのか、この本を開くときは毎回ホットチョコレートを飲まずにはいられなかった。
「好きなことをみつけましょう」「やりたいことをやりましょう(仕事にしましょう)」とはよく言われることだが、大人にとっても簡単なことではない。主人公のアベンチュリンも、「そんなことを言われてもわからない」と思うドラゴンの子どもだが、ひょんなことからチョコレートと運命の出会いを果たす。「情熱をかけるもの(原語はpassion)=チョコレートでもいいんだ」、「どこでどんなきっかけがあるか分からないんだ」というメッセージに、読者は肩の力を抜いて自分や周りを見つめ直すことができるだろう。特に、選択肢が多く、幼いうちから主体性が求められるようになっている現代、この作品は何か気づきのきっかけになるにちがいない。大人にも読んでほしい作品だ。
 人間の常識を知らないアベンチュリンが、自分のスタイルを曲げずに体当たりで道を切り開いていく姿、時にはホームシックになったりくじけたりしつつ、周りの人に支えられながら成長していく様子は応援したくなるし、自分も頑張ろうと思える。あわせて、「これ!」と決めたら根気よく続けることの大切さ、心をこめることがもつ力も本書は教えてくれる。元の姿はドラゴンだが、その姿に戻ることよりも、人間の姿のままショコラティエへの道を選ぶのが物語の展開として新鮮で面白く、精神的に親離れをはじめる小学校高学年ぐらいの子どもは大いに共感するだろう。
 アベンチュリン以外の登場人物も、それぞれ過去や悩みがある立体的な存在として描かれていて、物語に深みや余韻を与えている。ドラゴン来襲騒ぎのときの、「どうせ今日死ぬなら」と考えたときのジルケとマリナの腹のくくり方も印象的だ。ジルケは「怯えながら待つぐらいなら冒険を選ぶ」と、王に直談判しにいくアベンチュリンに協力し、マリナは初めてホルストを台所に立たせる。ホルストもホルストなりにチョコレートに情熱をそそいでいて、試したいレシピがあったのだが、マリナがずっと許可しなかったのだ。ホルストが誰よりもマリナを愛し、全力で支えてきた姿も垣間見え、これからのふたりの物語も気になる。そして、普段はのどかに暮らしながら、いざというときに鼻息荒く駆けつけるドラゴンの家族にも胸が熱くなる。「勝負に出るべき時もある」など、ときどき挟まれるアベンチュリンの祖父ドラゴンの教訓もいい。閉鎖的で地味な人間社会と、色鮮やかで大胆なドラゴン社会の対比も、ユーモアたっぷりに風刺されている。
 また、現代的なテーマを軸としつつ、家族の愛や友情といった普遍的なテーマを取り込み、ドラゴンや中世ヨーロッパのような街並みなどクラシックな海外ファンタジーの雰囲気をしっかり味わえるのも魅力だ。古今東西、さまざまなドラゴンの物語があるが、新しい物語が生まれ続けているのは、ドラゴンへの愛はもちろん、その時その時の読者にあわせたドラゴン像を作者が自由に創造できるからだろう。最終的にアベンチュリンはドラゴンと人間の姿を自由に変えられるようになり、両方の世界の橋渡し的存在となる。アイデンティティーはひとつに決めなくてもいいという、いままさに課題となっている多様性を尊重するメッセージであり、さまざまな自分を認めることで世界が広がるという気づきにもつながる。
 そして全体で250ページほどなので、読みやすく楽しみやすい。様々な要素が盛り込まれているが、構成がうまく、雑多な印象や重すぎる印象はなかった。展開も緩急ついていて、テンポがいい。読後感も爽快だ。物語の世界をさらに深く楽しみたい読者には、前日譚としてアヴェンチュリンの姉の物語や、マリナとホルストの出会いの物語が別途短編として用意されている(ホームページからのダウンロードや電子書籍)。約15か国語に翻訳されており、優れたファンタジーとしても評価されている作品、ぜひ日本の子どもたちにも紹介したい。

シリーズ紹介

第2巻 The Girl with the Dragon Heart
今回の主人公はジルケだ。話術がたくみで機転が利き、ドラゴンを親友にもつ少女は、ドラッヘンブルクの王室にも一目置かれていた。悪名高い妖精の王室が町を訪問すると発表したため、真意をさぐるスパイとしてジルケに白羽の矢が立つ。しかし、ジルケには妖精を信用できない、暗い秘密があった。はたして、ジルケは自分の秘密を隠したまま、妖精の真実をあばくことができるのか。

 第3巻 The Princess who Flew with Dragons
ドラッヘンブルクの第二王女ソフィアは、政治の駒として姉に利用されることに飽き飽きしていた。唯一の慰めは、アベンチュリンの兄ドラゴン、ジャスパーとの文通だ。あるとき、ソフィア王女が遠方の国へ派遣されているあいだに、北方の巨人がドラッヘンブルクを襲った。ソフィア王女はジャスパーとともに、巨人に立ち向かう。

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