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教師を目指す理由① 母が教師を「辞めた」こと

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需要があるか分かりませんが、これから何回かに分けて、私が教師を目指す理由を書いていきたいと思います。


小学校教師だった母

私は、東北地方の人口数万人の都市で生まれ育ちました。
ど田舎という訳でもなく、まぁ日本によくある普通の田舎だと思います。

私の母は、元公立小学校教師でした。
親が教師で子どもも教師って、あるあるすぎですね(笑)

母は私が小学校入学時はまだ現役、しかも同じ小学校で働いていたので、誇らしいような、くすぐったいような、そんな気持ちでした。

教師になるのが夢で、地元の国立大を出てそのまま教師になった母。
学校では怖いと有名な先生だったようですが、家によくプリントやテストを持ち帰り、丸付けしていたのを覚えています。

その時は大変そうというより、一生懸命だな、楽しそうだな、くらいに考えていました。


義理親の介護のために教師を辞めた母


私が小学校3年生だった頃、同居していた父方の祖母が脳卒中で倒れ、寝たきりとなりました。
当時同居していたのは祖母だけでなく、父方の曽祖母、曽祖父も健在でした。

長男である父のもとに嫁いだ母は、「長男の嫁」であるが故に、泣く泣く好きだった教師を辞め、専業主婦として介護に専念することになりました。

私の父方の家は、いわゆる田舎の家父長制的な考えが色濃く、「義母が倒れたのに嫁が仕事を続けて面倒を見ないなんて世間体が悪い」といった考え方の家で、母は仕事を続けたくとも抗えなかったようです。

私からは、辞めさせられた、というより、母がプレッシャーに負けて父方に忖度したように見えました。

専業主婦となった母は、そこから15年以上介護に専念し、父方の祖母、曽祖父を見送りました。

その間、父は介護に指一本手出しをしませんでした。



何故、女性だから、嫁だからといって、好きな仕事を辞め、親でもない人を介護しなければならないのか?


「女性」や「嫁」として背負わされるものの非対称性や重圧に、強烈な違和感を感じるようになったのはこの頃からです。


母はよっぽど教師が続けたかったのか、主婦になってからもよく、「今も教師をつづけていたら、今頃は」と言っていました。

私に直接教師を勧めたことはないのですが、母が教師を「辞めた」ことで、私はいつか母の志を継いで、想いを晴らしたい、そう思うようになりました。


ジェンダー平等への想い



今も、私が教師を志す目的のひとつにジェンダー平等の実現があります。

「女性だから」「嫁だから」といった属性で子どもたちが夢や可能性を絶たれることがないようにしたい。


ジェンダーに限らず、全ての子供が属性で差別されることなく、可能性を最大化することの手助けがしたいという想いが、私の教育への志の根幹にあります。

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