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No.091 よろしく!小野先生(4)京平くん・受験に思うこと

No.091 よろしく!小野先生(4)京平くん・受験に思うこと

「小野先生、お世話になったっす」
「今度来るときは、就職相談かな、結婚相談かな?元気でね」


ちょっと離れた区立中学に通う京平くんが、こちらの塾にご両親と共に相談に来たのは、中学3年生の7月のことでした。サッカー部の2年先輩和也くんの紹介でした。こちらの塾は宣伝していないので、口コミでの入会がほとんどです。

ちょっと見て「京平くんネコかぶっているなあ」と判断したので、サッカーの話題をふってみます。「この前のドイツとブラジルの準決勝見た?ブラジルボコボコにされたアレ。京平くん、ブラジル応援してたかな?」パッと目を輝かせた京平くん。「いや、オレ、ドイツ好きなんです」この後は話が弾みました。

中学で運動部に入っている生徒に少なくないのです、3年生夏までクラブの練習・試合に時間と体力をとられ、成績が芳しくなくなることが。京平くんもまさにこのタイプでした。英単語文法は中1レベル、漢字もかなり書けない、数学は計算のみできて、関数・図形問題はまるでダメ。中学3年生140人中100番前後、志望校は特にないが、高校でもサッカーは続けたいとのことでした。

東京都の高校受験の現実は、第一志望校を、都立高校か私立高校かに決めるところから始まると言ってもいいでしょう。ここでは東京都の高校受験の現実について詳しく触れるのは避けておきますが、今の東京都の高校受験においては「高校受験浪人生」はまず出ません、とだけはお伝えします。

京平くんにはお兄さんがいます。ご両親も一度、お子さんの高校受験を経験なさっています。こちらもそれを踏まえてお聞きしたところ、私立高校の「単願志望」を考えていると言うことでした。内申点をもう少しだけ上げれば合格できる楽な受験です。

京平くん、少しづつ成績も上がりましたが、始めるのが遅かったこともあり、学年順位60番が最高でした。第一志望のS高校も無事合格、その月の終わりにはこちらの塾を退会、お母さんと一緒に挨拶に来ました。

「小野先生、お世話になったっす」
「こちらこそ。京平くん、高校は各中学から成績が同じくらいの生徒が集まるよな。京平くんなら、ちょっと真面目に勉強しておけば、学年でも上の成績は取れるよ。そうすれば、まあ、将来の選択肢は広がるかな」
「いや、オレ、高校でもサッカーやるし、勉強嫌いだし、大学も行かないから」
「分かった。じゃあ、今度来るときは、就職相談かな、結婚相談かな?もし大学受験でも考えたら早めにきてくれ。元気でね」
京平くんもお母さんも、にっこり笑って自転車に跨がり、後ろ姿を見せ去っていきました。

三年後の7月のことです。京平くんのお母さんが塾の前に、自転車を止めました。はあ、ひょっとすると・・・。お母さんが相談に来たのです。
「京平、大学に行きたいって言ってるんです…」
「お母さ〜ん、受験まであと数ヶ月ですよ〜。早めに来てくださいって〜」
ともかくは、学校で使っている教科書や問題集、模擬テストの結果などを持って、京平くんと、できればお父さんも一緒に来てくださいと伝えました。

その日の夜に、京平くんと3年ぶりの再会です。
「やあ、元気そうだな。3年前、大学行かないって言ってなかったか〜?」
茶化してやります。
「いやあ、将来考えたら大学行った方がいいかなって思ってきたんすよ」
世間の現実を計算できるようになったか。
「まあ、シャーないなあ。どこの大学行きたいのかな?どんな図々しいこと言ってもいいよ。希望だ。言うのはタダだ」
「慶應の経済です」
お父さんとお母さんが顔を見合わせて、下を向いてしまいました。何言ってるの、この子、ですね。心の声は。
「言うねえ。教科書出して」
英単語の意味を聞いたり、模擬テストの結果を見ました。
「慶應の経済、無理だな。もう少し現実的な大学ないかな?」
京平くんの口から出たのが、K大学でした。
「アルファベットは一緒かあ〜。そこも難しいよ〜。京平くんのS高校からだと一年にひとり受かるかどうかだよ」
実際、一般試験では2年前にS高校一人だけ合格でした。
困った。

「そうだ、学校の成績まだ見てなかったな。成績表見せて」
成績表を見て、思わず顔を上げてしまいました。
「えっ、成績いいじゃんか!学年順位ひとケタ、評定4.3。信じられない!これ、友達の成績表じゃないのか!」
口の悪さが出てくるのは、調子が良くなって来た証しなのです。

お母さんが言います「お陰さまで、高校最初のテストの順位が良くて、その後、テスト前一週間はサッカーの練習がないので、勉強はしていました」
京平くん、S高校内の「ドングリの背比べ」で勝っていたわけか。
「お父さん、お母さん、ちょっと時間ください。これ、利用するのがいいかも、ですので」

調べたところ、K大学の入試問題レベルは京平くんの実力だと厳しそうです。一方、K大学の経済学部の公募推薦受験に必要な条件は、評定平均4.2以上、これは大丈夫です。問題は当日の小論文です。試験当日に経済記事を渡され、それについて1200字原稿用紙3枚を書く。京平くん、作文を含めた国語、社会まるで苦手なのです。合格倍率も5倍、S高校の偏差値も考えると、かなりの難関です。

京平くんへの指示です。今の成績は保っておくように。K大学受験に関しては、公募推薦合格を狙う。現代社会の学習と小論文の勉強を進める。一般受験は、もう少し偏差値の低い大学を考える。K大学が不合格ならその後考えよう。

京平くん、社会常識がまるでありません。現代社会の学習を進めます。僕は新聞から、小論文に出そうな記事を探し、ハサミで切り抜きます。

入試二月前、京平くんに最初の対策問題を出しました。切り抜いた「バイオ燃料」の記事です。まず、20分与えて記事を読ませます。京平くん、記事を読み終わり質問してきました。
「先生、バイオ燃料ってなんすか?」
どっちらけました。そこに書いてあるだろう〜。あのね〜。
まあ、ともかく入試日までに、社会福祉庁の問題など10記事の実践問題をこなしました。

入試当日の問題。「バイオ燃料」についてでした。面接で「社会福祉庁」のことを聞かれました。ちょっと出来過ぎでした。

京平くん、無事K大学経済学部合格しました。

中学校時代、学年順位5番の子がK大学経済学部不合格だったそうです。京平くんは60番です。推薦だから合格したのです。調子よく対応したものが合格する。個人的には、こんな現実大嫌いです。嫌いな現実の「片棒を担いで」います。なんだかなあ〜。京平くんの件に関しては、こちら、プロと言えばプロです。複雑な心境でもあります。

まあ、京平くんは性格が良くて、いい子です。京平くんの人生のプラスになったことだけは間違いないので、合格したことは心より嬉しかったです。もっとも、こちらと気の合いそうにない生徒は、そもそも入会はお断りしています。その意味では、僕はアマチュアです。僕の中でのプロの定義は「お金を頂けば、相手がどうであろうと任務を遂行する」です。僕は「プロ」よりも「偉大なアマチュア」になりたいタイプなのです。

京平くんが来ました。
「小野先生、お世話になったっす」
「今度来るときは、就職相談かな、結婚相談かな?元気でね」
京平くん、にっこり笑って自転車に跨がり、後ろ姿を見せ去っていきました。


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