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No.127 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(11)「新凱旋門」と「モンパルナス墓地」

No.127 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(11)「新凱旋門」と「モンパルナス墓地」

No.126の続きです)

パリ滞在も二日を残すのみとなった。ホテルヴェルネのレストランでの朝食に向かう。入り口から左手奥の方の席が、我々の指定席のようになっていた。連れ合いの由理くんが僕の左側に、二人「L字型」に座る。注文を取りに来た金髪の女性とも馴染みになったか、愛想笑いではない、柔らかい笑顔で「ボンジュールマダムオノ、ムッシュオノ」との挨拶は、今日もいい一日が訪れる標(しるし)だ。

今日の温かいカボチャのスープは、豊かな気持ちを引き出してくれた。朝食の帰りは、お気に入りのエレベーターに乗らず、螺旋階段を使い302号室へ向かった。「由理くん、一回くらいは部屋の鍵開けてみる?」「めんどくさい、しんくん開けてや」僕の役目になっていた部屋の鍵開けの楽しみを、由理くんは奪おうとはしなかった。

この日はまず「グランダルシュ・新凱旋門」に向かってみる。コンコルド広場・エトワール凱旋門(いわゆるパリの凱旋門)の延長線上、パリ北西方向の新しい商業地区「ラ・デファンス」に35階建てのビルとしての機能も持ち合わせて「新凱旋門」は立っている。

地下鉄を降りると、駅構内がすでにモダンな作りになっている。地上に出て少し歩くと近未来的な広場に、モダンなアート作品がそれぞれに、道ゆく人の目を自分に向けさせようとでも言うように、その姿を持って存在を主張している。由理くんが言う「ちょっと離れただけで、シャンゼリゼ通りとまるで違う街やね〜」

地面に垂直に立ち、間隔を持って並行に並ぶガラス板のオブジェの間を歩いてみる。様々な幾何学模様をてっぺんに付けた3mほどの棒が20本ほど並び立つ。鋭利な5mほどの棒に囲まれた噴水を眺める。人体を超える大きさの親指の銅像が目に入る。これらのアート作品の先に、「グランダルシュ・新凱旋門」は、そばに立つ人びとを玩具の兵隊たちに思わせるほどの巨大でモダンな門の形を持った建造物として立っている。

近未来的なショッピングモールの前で、パフォーマンスを繰り広げていたジャグラーたちとバラライカなどの民族楽器を演奏していた若い大道芸人たちが、冷たさと鋭さを感じさせるパリのこの新しい街に、何とか人間的な匂いを加えていた。

パリで是非訪れたかったのが「モンパルナス墓地」だった。地下鉄を乗り継いでエドガーキネ駅で電車を下り、地上に出て木立並ぶ道を歩くと程なく、石を積み上げて作られた門柱を入り口に持つモンパルナス墓地に着く。

門から望む墓地の中は、直線に伸びる道の両側にさして高くない並木が続いていて、いくつかの墓石が目に入る。敷地に足を踏み入れると、日本の墓地とは明らかに違う佇まいを感じる。目を奪われた墓石の形態の豊富さは、美術作品の展示会だ。

両手を組んだような形の墓石は、つい先ほどまでいた「ラ・デファンス」の広場から運んだものかと思わせた。銅で作られた魚のオブジェを模した墓石のもとに眠るのは、魚の研究にでも人生を捧げた輩であろうか。凄まじいばかりの花に包まれて字も読めない墓石は、ごく最近亡くなった名の知れた俳優さんか誰かなのかと思ってみる。

モンパルナスの墓地はこの二人の墓石を見たく訪れたのだ。ジャンポール・サルトルと内縁の妻シモーヌ・ド・ボーヴォワールの共に眠る場所。探すのに苦労するかと思っていたが、運よく直ぐに見つかった。モンパルナス墓地の中では割合と小ぶりに、ややピンク色の風合いの長方形の大理石の上に薔薇の花が一束置かれている。長方形の大理石の一端に、サルトルとボーヴォワール二人の名前が小さめに刻まれた同じ色の大理石が垂直に屹立して、墓石の「L字型」を作る。

モンパルナスの墓地には、由理くんと僕の他には人影がなかった。雲ひとつない晴天の陽光の一筋が、サルトルの名前を突き刺すように射す。偶然の光の悪戯に遭遇でき何か心が動かされたのが、由理くんの現実的な問いかけ「しんくんも私も死んだらどこに埋葬されるんやろね、お墓持ってへんもんね、わたしたち」と共に、鮮やかな印象として心に残る。

「由理くん、早めにホテルに戻り、ちょっと休んで今晩の、パリの旅のメインイベントの一つだね『オペラ座訪問』に備えようか」
「そうやね、そうしよう、しんくん」

・・・続く

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