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No.126 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(10)パリでの日常

No.126 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(10)パリでの日常

No.124の続きです)

一日も雨に遭わずに、華麗な街パリ滞在もあと三日を残すのみとなった。日本にいるとき同様に体内の目覚まし時計くんとは仲良しだ。彼もすっかり時差という厄介者の扱いに慣れたようだ。8時頃に起きて9時から9時半頃に朝食をとるまでノンビリとお風呂に入ったりする朝の時間の配分は、東京での暮らしとほぼ変わらない。

連れ合いの由理くんも僕も、掃除大好きであるし、食後の後片付けも苦にはしないが、「上げ膳据え膳」で大名気分を味わえたり、家具の上に少しづつは溜まってしまうホコリに意識がいかなくなるのは、旅の醍醐味の一つだ。「やっぱり、楽やね〜」と連れ合いの由理くんは正直な感想を述べる。

朝食後、由理くんと二人「お出かけの変装」とおちゃらけて、パリっ子たちに負けじとお洒落をひとしきり考えて、確かめてはいなかったが、すっかり顔と名前を覚えられたホテルヴェルネの誇り高きスタッフたちに「ボンジュール」と息の一部をフランス語風に鼻腔に放ち、石畳の道に今日の一歩を踏み出す。

由理くんは鮮やかなグリーンのキルトのコート、僕は多彩色のセーターの上に濃いめのグレーのジャケットがこの日の装いだ。由理くんは出生を明らかにする関西弁風の言葉を使い、僕はいつまでも会話相手に出身地を考えさせる抑揚に欠ける福島風標準語で、パリの朝の空の下、お互いの変装具合を褒め合い、ちょっぴり自信を植え付けあう。「パリでおしゃれするのは、ホンマ楽しいね、しんくん」とご満悦の由理くんを、ちょっと気取って微笑んでみせる。

地下鉄の路線にもだいぶ慣れた。この日はパリ5区にあるピカソ美術館を訪れる。ホテルからの最寄り駅ジョルジョサンク駅から一度乗り換えて、メトロ8号線に乗る。パリっ子たちはこちらを凝視してはこない。それとも、我々二人が現地に住む人の匂いを発しはじめたのかな。「わたし、地下鉄まだ慣れんわ〜」ここは方向音痴の由理くんをリードしてポイントアップのチャンスだ。

地下鉄を降りてピカソ美術館に向かう。今日はトラブルもなく、無事に美術館到着。思ったよりも大きな、そして素晴らしいコレクションであった。個人的には、ピカソは初期の頃の作品が好みだ。館内の喫茶店でお茶とケーキをいただく。「やっぱり『青の時代』はええわ〜」少しは僕も由理くんに影響を与えているのかな。

由理くんがパリで行きたいと言っていたお店の一つが、紅茶の老舗「マリアージュフレール・パリ本店」パリ4区マレ地区にあり、ピカソ美術館からも遠くない。歩いて行くと、またも楽しい迷い道のパターン、チワワを連れて歩いている栗色の髪の上品な女性をつかまえて、ここは由理くんの出番とあいなる。

「Excusez-moi, Madame, Qu est Mariage Freres? すみません、マリアージュフレールはどこですか?」パリの街での5回目だったかの常套句「ここは〜?」、パリの街での5回目だったかの同じような柔(にこや)かな笑顔の返答。世界共通なのかな、パリの人たちも母国語と女性には優しい。
「アテネフランセのカネコさんに感謝せんとあかんね」由理くんのフランス語の先生カネコさんとの思い出(No.113)に、二人顔を見合わせて笑ってしまう。

シャンゼリゼ通りとはまた違う下町的な香り漂うマレ地区に、マリアージュフレール本店は紅茶の芳香を一段と辺りに漂わせ、沢山の日本人を含む人々を魅了して、賑わっていた。友人たちへのお土産に、自分たちがパリの麗しの日々を思い出させる魔法の飲み物として、マリアージュフレールの代名詞とも言える「マルコポーロ」を手にして店を出た。

「パリでの行動パターンとなったね、ホテルに戻ろうか、由理くん」「そうしよ」5時にホテルヴェルネに戻ると、初めて顔を合わせるフロントの男性が、我々を見るや「ボンジュール、ムッシュオノ」の言葉と共に、302と刻印された木片についた鍵を手渡してくれる。部屋番号を告げる前に鍵を渡してくるヴェルネのこの謎の芸当も、あと数日の楽しみか。

テーブルの上にはチリ一つなく、ベッドメイクも済んだ部屋の片隅の、僕の居場所となった肘掛け椅子に身体を預け、少しよれてきたガイドブックを右手で目の高さまで上げて、明日のガイドさん役の脚本を考える。

決まった。明日は散歩コースに、パリの新しい見所「グランダルシュ・新凱旋門」の辺りを散策しよう。夜はチケットも取ってあるパリオペラ座に、到着日以来ホテルの引き出しに収められたままの着物を纏って由理くんがパリの街に繰り出す。和風美人をエスコートする役柄を、蝶ネクタイ姿で僕が演じる。

「あれ、明日の演目ってなんだっけ?由理くん」
「覚えてへん〜」女優は自分の演技のことで精一杯なのだな。

これもまたありか、二人でいったい何をしにオペラ座に行くのだ?

・・・続く

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