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No.090 大学を目指す歩み(2)ネリア様そしてジョンくん

No.090 大学を目指す歩み(2)ネリア様そしてジョンくん

(「No.085 大学を目指す歩み(1)シスター村田 / ネリア様との出会い 」の続き)

ネリア様の案内で、聖母病院を案内していただいた。持ってきた「手塚治全集」も喜んで頂けて良かった。家に置かれ読まずにいられるより、入院している子たちを楽しませることになる「全集」も嬉しいだろう。

廊下を抜けて、ネリア様、由理くん、僕の3人でネリア様の部屋に入った。予想通り、隅々まできちんと整理整頓されたお部屋だった。壁にかかる十字架と、予定がびっしりと書き込まれたカレンダーが、ネリア様の使命感と現実の忙しさを表していた。僕たちが差し上げた虎屋の最中(もなか)の包装紙を丁寧に開けて、キッチリと折りたたんでいかれる。

「ちょっとごめんなさいね」と、躊躇なく机の引き出し、上から二番目を開け、ペーパーナイフを取り出した。部屋の中、どこに何が置いてあるのかを全て把握していらっしゃるように思えた。

ペーパーナイフで、包装紙を切っていかれる。包装紙は等分に切られ、メモ用紙として再び生きる役割を与えられた。華道か茶道の名人の所作を観た思いだった。これは、由理くんがネリア様を尊敬し、畏れるのも当然だ。

ペーパーナイフを引き出しに戻され、最中(もなか)を机の上に置かれ
「ご馳走さま、こちらはスタッフの皆さんと後でいただきますね」
ひとしきり、かつての同窓生の近況報告などの話に花が咲いた。ネリア様は微笑みを絶やさず由理くんとの話に楽しそうにする一方で、僕の方にも気を遣ってくださって、話を振ってくれる。

一昨日の電話で、由理くんがネリア様に伝えてくれていた。僕が英語のプライベート教師を探していることを。電話の後で、由理くんが僕に言った。
「ネリア様には簡単にお伝えした。細かいところは言わんといた。しんくんが、ネリア様に直接言わんとあかん気がしたから」
長くネリア様とお付き合いしてきたものの言葉だった。一見、由理くんは、大雑把に見えるところがあったが、どこまで自分が出ていったほうがいいかとかの判断は適切だった。

ネリア様が話を振ってきてくださった。
「しんやさん、英語をもっと学ばれたいとお聞きしましたわ」
この人に嘘は通じない。遠慮もいらない。ぶつかっていけば受け止めてくれる。人生の中で初めてかもしれない、尊敬できる心から「先生」と呼べる人が目の前にいる。

大学受験を失敗、酒屋商売を始めてから今までの英語学習の経過を話し、今後さらに実践的な英語も身に付けたい。一段上の能力をつけるために、プライベートレッスンを考えている。ただ、英会話学校での受講には魅力を感じていない。値段も高すぎる。日本人英語に慣れている教師や、こちらをお金の対象としてだけで捉えられるのも嫌だ。希望するプライベート教師は、1)日本滞在が長くないこと2)一時的滞在で、英語を教えようとしていないこと3)男性で年齢が近いこと4)もちろん性格が良くちゃんとしていること、言いたい放題の希望をお伝えした。

ネリア様、にこやかにこちらの話を最後までお聞きになり、
「まあ、なかなかに厳しい条件でいらっしゃいますね」
言葉の裏に嬉しそうな響きを感じたのは、僕の身勝手な直感だ。ネリア様に気に入ってもらえたのではないかな。

「そうですね。少し時間をいただけますか。早くお始めになりたいでしょうから、ひと月くださいな。こちらから必ず連絡いたしますわ」
ネリア様は、聖母病院の玄関までついて来てくださった。挨拶をすませ、由理くんと二人、車に乗り、家路についた。

「ネリア様、変わってへんわあ。良かったねしんくん、ネリア様に好かれて」
どこからの判断なのだろう。ともかくは由理くんのお墨付きをもらえたようだ。

ちょうどひと月後、ネリア様から電話が入った。
「アメリカ人で、あなたより3歳上。難民支援で働いていて、仕事が一段落しましてね。日本が気に入って、日本の大学にいくことも考え始めたそうなの。ジョンくんと言うの。アメリカでは高校まで。家の都合もあったみたいね。しんやさんの希望通りの人と思うわ。ご自分の目で確かめて。一度会ってから決めて欲しいわね」

次の週に聖母病院に行く約束をした。
ジョンくんか、実家で飼っていた犬の名前と同じだな。名前のもじりは不謹慎だな。一人笑って反省した。

・・・続く

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