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No.098「すきやばし次郎」の思い出 / その1

No.098「すきやばし次郎」の思い出 / その1

1970年代後半、20歳代より、連れ合いの由理くんと、定休日の水曜日を中心に、都内のあちらこちら、料理の種類を問わず、よく食べ歩いた。美味しいものを食べたい気持ちのほかに、別の動機も働いた。酒屋商売の日常が関係していた。

酒屋商売は楽しかったが、日常の食事の環境は良いとは言い難かった。特に夕飯に関しては、店舗を開けていながらの食事で、お客さんが来ると中断せざるをえなかった。商売人の家に生まれた僕は、それほどの抵抗はなかったが、さすがの由理くんも最初は少し戸惑ったようだった。それで、休みの日には、ゆっくりと外食を楽しもうね、となった。

雑誌や新聞のグルメ記事などを参考にしたり、市販のグルメ本を読んだりして、何軒かに足を運んだりしたが、いわゆる「ハズレ」のお店も多かった。記事で褒められているお店での食事の後、何度由理くんの口から「あかんね」の言葉が出たことか。僕よりも厳しめの評価を下すことが常だった。

そんな時、食評論家の山本益博氏が登場した。今でこそ、山本氏に対していろいろな批判も聞くが、当時の褒めまくり記事の乱立の中に放った「東京味のグランプリ(1982年刊)」は、我が意を得たりとの箇所も多かった。僕が食べて感心しなかった結構な数の有名店が、バッサリ斬られていた。

「東京味のグランプリ」は、店選びの指針の一つとなった。本の中の和食を中心に、二人一緒に足を運んだ。由理くんの体調の都合で、ラーメンは僕一人で行くことが多く、フレンチ・イタリアンはランチで食すことがほとんどだった。

寿司・蕎麦・うなぎに関しては、掲載されているほとんどのお店に行った。自分の中での「物差し」が出来ていくのを感じた。「美味しいものを味わって欲しい」そんな心意気を感じさせるお店に当たった時は嬉しかった。少しだけ触れると、蕎麦の「翁」鰻の「石ばし」は素晴らしかった。両店とも何度も足を運んだ。

由理くんとの二人の結論は、掲載されているお店にあまりハズレはないが、やはり好みの合わないお店もあり、フレンチ・イタリアンは選ぶメニューや一度の訪問で判断していいものか、だった。いずれの分野のお店でも、由理くんと僕の評価が大きく違うことはなかった。

さて、ここでは寿司の話である。「東京味のグランプリ」に掲載されているお寿司屋さんをほとんど訪れて、残っているのは「すきやばし次郎」と「小笹寿し」くらいになっていた。寿司でも好みの合わないお店も少なくなかった。お店の名前をここに書くのは控えるが。

さて、どちらに行くか?それまでに、たまにしていたことがあった。まず僕が行って、味わう。ダメであれば、由理くんがまず満足するわけがない。「すきやばし次郎」には、この作戦を採った。

作戦決行は秋の日の夕方、家から「すきやばし次郎」に電話を入れた。「7時にひとり、大丈夫でしょうか?」「満席です」と、すげなく断られた。まあ、時間もあるし「由理くん、行ってくるね」「はい、きいつけてね。無駄足になるんとちゃう?」。本屋さんに寄った後、銀座数寄屋橋交差点近くのビル地下一階「すきやばし次郎」に着いたのは、8時をちょっと回っていた。

戸を開けると、その音に反応して、お店の従業員の視線がこちらに向けられた。僕は普段スーツは着ないし、ネクタイもしない。この日は、好みのマオカラーのシャツに派手めのカーディガン、スラックスの格好、イタリア製ナザレノのグリーンのバッグを持っていた。いつものように職業不詳の体だが、ドレスコードは大丈夫だろう。

「こんばんは。一人です。予約していませんが、入れますか?」
運よく、前の客が帰ったところだった。少し待たされた後に、カウンターの一番左端の席に案内された。カウンターの中には、「すきやばし次郎」の大将小野二郎さんと、その時は分からなかったが、後にミシュランで三ツ星をとる「水谷」さんがいた。

大将の二郎さんは、一見の客に握ることはまずないと噂には聞いていたし、お店によって味は違うが、握る人でその店の寿司が変わるわけではあるまい。「すきやばし次郎」に限らず、その店のご主人に握ってもらうことを、特に期待したことはなかった。

店の中を見渡す。綺麗に整えられた店内に白木のカウンターが綺麗だ。カウンターで空いていたのは、僕の隣席だけだった。時間も早くはない。他の客は食事が済んでいるような雰囲気があった。これまでに食した寿司屋さんと比べ、明らかに静かで、緊張感のある印象を受けた。

水谷さんが、毅然とした感じで聞いてきた。
「お飲み物は何にいたしますか」
「お茶でお願いします」
仲居さんがお茶を持ってくる。一口すする。見計らって水谷さんが尋ねる。
「お料理の方は、如何なさいますか」
「握ってください。白身は何がありますか」
「タイとヒラメがあります」
「じゃ、ヒラメを」
「かしこまりました」
急に来た若い一見の客に対して、無駄なところのない見事な応対と言えた。

白い布の敷かれた白木の浅い箱に、寿司ネタが綺麗に並べられている。ヒラメの寿司が握られ「どうぞ」と目の前に差し出される。すぐにお醤油を少しだけつけて口に入れる。店の雰囲気が語っていた。当然のように美味い。

すると、隣にいた大将の二郎さんが、水谷さんにはっきりと言った。
「オレが握る。そっちに移れ」
握ってもらうことを期待していなかった大将の二郎さんが、僕の目の前にきた。
「次は何にしますか」
水谷さんよりは、少し気さくな話し方だった。
「コハダをいただけますか」
「はい、よ」
語尾に、微かに「よ」が付いたような。

新たな「物差し」が生まれる日となる。

・・・続く

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