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No.049「数学の贈り物」「そこに僕はいた」「体温」

No.049「数学の贈り物」「そこに僕はいた」「体温」

「侑一郎くん、何かお勧めの本ないかな?オレが好きそうな本」
「そうですね〜、しんやさんの好みですよね〜」

板橋区内にあるパティスリーの名店「クリオロ」のカフェは、絶品のケーキが楽しめることに加えて、適度の広さと隠れ家的な雰囲気が好みで、よく足を運んでいる。この日、僕の向かいには、充実した社会人生活の匂いを漂わせている侑一郎くんが座っていた。ケーキとコーヒー、そしてデニッシュがテーブル一杯に置かれている。現在の勤務地長崎から帰郷するとの連絡を受けて、羽田まで迎えに行き、ここに至ったわけだ。

侑一郎くんは、僕の大事な若き友人のひとりだ。同じ趣味のマジックの話だけでなく、文学や映画やインテリアの話などもできるので嬉しい。何しろ穏やかで好青年、一緒にいて楽しいし、大いに刺激ももらっている。

この日、侑一郎くんの口から出たお勧めの本は、森田真生著「数学の贈り物」であった。現在、京都在住の数学家の19編からなるエッセイ集だ。数学の話と思って読むと肩透かしを食うことになる。エッセイの中に、古今東西の文学・教養書がバンバン出てくる。

初めの方のエッセイは筆者の教養がいやらしく感じるほどで、空回りの感もあり、あまり好みではなかった。長男を授かり、筆者の日常生活が絡んだ中盤のエッセイから最後までは凄かった。筆者自身の成長がエッセイが進むにつれ現れてくるのだ。いるのですよね、こういう人。本業の他にも家庭のこともキチンとこなし、文章を書かせても上手い。何の文句もつけようがない模範的な生き方をしている上に、前向きな考えを持っている。

難しい文章も嫌にならずに読める読解力、最近言われるところのリテラシーがある人は、深い感動を得られるであろう。我々が抱える大小様々な問題に対する、深い教養から生まれた独自の解釈は、普遍性を伴う言葉で伝えられる。「数学の贈り物」ザワッとさせられました。

ここ数年は、自分の好みの作家の作品ばかり触れてきた。「数学の贈り物」読了後、新しい風が体内を吹き抜けていく。心地よさの中、侑一郎くんにお礼のメールを打った。「他に何かお勧めはないか」との文面を付け加えて。

辻仁成著「そこに僕はいた」と多田尋子著「体温」の二冊が、侑一郎くんのメールに書かれていた。

辻仁成は久しぶりだ。「そこに僕はいた」は、筆者の小学生から高校卒業に至るまでの、自叙伝風の作品である。18編から成るオムニバスの形式をとっている。話の素材がいい、言葉を変えれば登場人物が魅力的で、モロに好みの作品であった。図々しく言わせてもらうと、自分と筆者の辻仁成の感性に非常に似たものを感じるのだ。いや、自分だけではないのだろう。やはりこの作品もまた、ここかしこに「普遍性」が溢れているのであろう。「そこに僕はいた」何度もホロっとさせられました。

多田尋子は初めて読む作家だった。「体温」「秘密」「単身者たち」の3編が収められている。こんな凄い作家がいたのですね。3編ともに、何気ない日常生活を送る中年女性の心の機微が見事に描かれている。難しくない言葉に紡がれる珠玉の文章。小さな出来事の場面、ただ向かいあって話している男女の様子にドキドキさせられる。これが優れた小説の、繊細な文章の持つ力というものであろう。悲しくもあるのですが、どことなく嬉しくもある、心の複雑な涙が何度も出てしまいました。「体温」「秘密」「単身者たち」いずれも、ゾクっとさせられました。

侑一郎くん、本当にありがとう。
他に何かお勧めはないですか?

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