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小さなタンゴ教室のコミュニティマネージャーから学ぶ、「いいコミュニティ」の育て方【前編】

▼この記事は、こんな方におすすめです
・自分の所属しているコミュニティをもっと良い感じにしたい
・習い事の教室や勉強会など、何かしらの「コミュニティ」の運営に携わっている
・これから自分のコミュニティを立ち上げてみたい

前置き 「コミュニティが苦手」とか言っている場合じゃない

 「コミュニティ」って難しい。

 学校、会社、友人グループ、趣味の習い事、勉強会。多くの人は、生きる上でさまざまな形の「集まり」に属したり(属させられたり)離れたりを繰り返す。でも、自分の目的に合致していて、かつ心から快適だと思えるコミュニティにはなかなか出会えないものだ。
 
 そんな中、「こんなコミュニティがあったら」という思いから、自分でコミュニティを作ったり、運営に関わったりする人もいる。しかし、自分で動けば思い通りのコミュニティになるかといったらもちろんそうはいかない。多様な人が集まり、多様な感情やニーズが行き交う場を、ひとりの思い通りにするのは不可能だ。

 難しい。だからなるべく人の集まりには関わらないでおきたい。

 私なんかは、そう考えて極力何にも属さず生きてきたタイプである。

 ただ30代も半ばを過ぎて、「そんなことばかり言っていられない」という気持ちが強くなってきた。
 というのも歳をくうと、何かしらの人の集まりに対してそれなりに責任ある立場で関わる機会が増える。自分ではいつまでも「一人で勝手にふらふらしている人」のつもりでも、年齢や職歴が上がったことによって、自分では意図していない影響を周りに与えることもある。「みんな勝手にやってくれ、私は無関係なところで好きにやるから」とばかり言ってはいられなくなるのだ。

 だから、気になっていた。

 良いコミュニティを運営している人たちは、そこで何をしているのだろう?

 そして、それが気になっていた時に、とあるダンスコミュニティと出会った。前から知り合いだったまだ20代のダンサー・カイトさんが主催する、アルゼンチンタンゴというペアダンスの教室「カイトタンゴ」である。

 その教室の発表会に行って、素直に「良いコミュニティだなあ」と思った(そのときの感想はここにも書いた)。雰囲気がとてもあたたかく、コミュニティのメンバーでない人たちにもとても開かれていて、閉鎖的な気配がまったくなかった。

 どうしてこんな雰囲気がつくれているのだろう、と思って様子を伺っていると、この教室に「コミュニティマネージャー」というコミュニティづくりのプロフェッショナルが関わっていることがわかった。

 立ち上げてまもない小さなダンス教室に、わざわざ専任のコミュニティマネージャーを?

 少し驚いたけれど、そのコミュニティマネージャーである礼奈さんの話を聞くうちに、彼女の視点やスキル、そして教室運営にコミュニティマネージャーを入れると決めたカイトさんの考えに感銘を受けることになった。
 
 カイトタンゴのあの雰囲気のよさは、きちんと意図を持って生み出されたものなのだ。ただ漠然とオーナーのカリスマ性にまかせたり、「人を集めよう」「人を定着させよう」とだけ考えながら教室を運営したりしても、ああいったフラットであたたかい世界観にはならない。きちんとコミュニティマネジメントにコストをかけ、オーナーとマネージャーが双方細かな注意を払っているからこそ保たれている秩序が、カイトタンゴにはあった。

 さらに言えば二人の話からは、目まぐるしく価値観の変化するこの現代において、コミュニケーションの中で何を大切にするべきかという問いへのヒントも多数得られた。それは考えてみれば当たり前のことかもしれない。私たちは皆、社会という巨大なコミュニティに生きるメンバーの一人である。「良いコミュニティとは?」を考えることは、「良い社会とは?」という問いに直結しているのだ。

 二人の話が面白かったので、今回、聞き取りした内容をnoteの記事にまとめさせてもらった。コミュニティ運営に悩んでいる人や、これから挑戦したいと思っている人にとって有益な話が詰まっていると思う。長い記事で恐縮だが、必要な人に読んでいただけたら幸いである。



コミュニティマネージャーとは?

 まずは、カイトタンゴのコミュニティマネージャーをつとめる礼奈さんに話を聞いた。
  
 礼奈さんは、平成生まれの元マーケター。現在は、コワーキングスペースWeWorkで働きながら、外部の組織のコミュニティマネジメントのサポートも手がけている。
 
 競技ダンスも経験している礼奈さんは、「踊る楽しさ」を伝えるカイトタンゴのコンセプトに深く共感し、オーナーのカイトさんの背中を押し続けている。彼女に、「コミュニティマネジメント」とは何か、という初歩的なところから教えてもらった。

コミュニティマネージャーの礼奈さん
【礼奈】コミュニティマネージャー
「人や場所のコミュニケーションのポテンシャルを最大化する伴走者」として、コワーキングスペースWeWork Japanほかさまざまな組織のコミュニティマネジメントを手がける。


小池:
そもそも、コミュニティマネージャーって何をする人だと考えればいいんでしょうか?

礼奈:
「場をつくる」ためのいろんなことをする人ですね。大枠としては、「BUFF」というコミュニティマネジメントのスクールが掲げている定義が一番すっきりしていると思うのでご紹介します。

“ある特定のコミュニティを代表して、コミュニティ内外の人や物、アイデア、お金の流れを調整し、場と心を維持管理し、メンバーの行動をデザインしながら、その場から生まれる価値を最大化する人”

https://buff-community.jp/

小池:おお……なるほど。人・もの・心・お金、すべてに関わってポテンシャルを引き出していくと。この通りだとすると、やることってかなり幅広いですよね。

礼奈:そうですね。私がWeWorkで手がけていることも、オフィスを管理するための総務や経理に近いバックオフィス業務から、コミュニティマネジメントの仕事をよく知らない人が聞いたら「え、それも仕事なの?」と思うようなことまでさまざまです。

小池:具体的に言うとどんなことですか?

礼奈:WeWorkはコワーキングスペースなので、常にいろんな組織や個人の方が利用者として大勢行き交っています。そこで随時イベントなどを企画して利用者さん同士のコミュニケーションを促したり、場合によっては直接ご紹介して繋いだりします。定期的に利用者さんとの面談をしているので、そこで組織や個人としての課題意識を聞いて「それならA社の何々さんと話すとよさそうだな」なんてプランを練ったり。これはもちろん、WeWorkのコミュニティチームのやり方であって、コミットする場が違えばコミュニティマネージャーの仕事も変わりますが。

小池:WeWorkの場合は、利用者同士の交流を積極的にデザインすることがコミュニティマネジメントに携わるスタッフの仕事のひとつなんですね。

礼奈:WeWorkの特色はそこにあります。私がコミュニティマネジメントという仕事に飛び込んだのも、もともとは別の会社にいた時にWeWorkを利用したことがきっかけでした。最初はマネジメントされる側としてこの仕事の魅力を知り、転職したんです。

小池:今はWeWorkでコミュニティチームの一員として動きながら、カイトさんのような外部の方のコミュニティ作りのお手伝いもしているんですよね。カイトタンゴではどんなことをされていますか?

礼奈:カイトタンゴはまだ誕生してまもないコミュニティなので、オーナーであるカイトさんの伴走者というか、彼の背中を押す役割が大きいです。カイトさんのコンセプトを引き出して、それを表現するためのSNS発信やクリエイティブをプロデュースしたり、新しい参加者を呼び込むための戦略づくりをサポートしたり。二人で話し合って進めることが多いので、役割分担などはまだ試行錯誤なところがあります。

小池:たしかにコミットの仕方は違うけど、相手が数百人規模だろうが数人だろうが、「メンバーの行動をデザインしながら、その場から生まれる価値を最大化する人」という役割が中心にあるんですね。

コミュニティマネジメントに惹かれた訳

小池:それにしても、このお仕事の何が、礼奈さんを転職させるほどのインパクトを持っていたのか気になりました。コミュニティマネジメントの仕事をする前は何をされていたんですか?

礼奈:WeWorkに入社する前は、小さなマーケティングの会社でマーケターをしていました。その会社がオフィスとしてWeWorkを使っていたんですけど、在籍している間、毎日出勤するのが楽しみで仕方がなくて。はじめは「私、今の会社がすごく合ってるんだなあ」って思っていたんですけど、ある時衝撃とともに気づいたんですよ。これ、会社というよりもこのオフィスに通うことが楽しいんだ、って。

小池:何が楽しかったんでしょう?

礼奈:当時使っていたオフィスにいたコミュニティマネージャーが素晴らしい人たちで、私をいちユーザーとして、コミュニティにしっかり引き入れてくれたんですよね。郵便物の受け取りくらいしか話す用事なんてないのに、すぐに顔と名前を覚えてくれて、ランチに誘ってくれて、こちらの趣味ややりたいことを引き出してくれて。仕事の課題を話せば「それを解決できそうな利用者さんがいるから会ってみてはどうですか」と繋いでくれる。「こういうことしたいんですよね」と何気なく話したら「うちのオフィスを使ってやってみたらどうですか」って背中を押してもらえる。
そういうことの繰り返しを通じて友達もどんどん増えました。大人になってから友達が増えることって少ないから、とても嬉しかったんです。それで、こんな体験をつくれるコミュニティマネージャーってすごい、と思うようになって。

小池:たしかに、そのくらい広がっていくとオフィスに行くのが楽しみになりそう。

礼奈:ちょっと、会社を裏切った気持ちになったくらいでしたね。せっかく結婚したのに本当に好きなのはその相手じゃなかった、みたいな感じだったから(笑)。それでもしばらくは一生懸命「いや、本当はこの会社のことも好きなはずだ。マーケティングの仕事が面白いんだ」って思うようにしていたんです。でもWeWorkに惹きつけられる自分が止められなくて、ポストの空きがあると言われてすぐに転職しました。

小池:WeWork側から見れば、コミュニティマネジメントをした結果、熱い思いを持った仲間が増えたわけですね。

コミュニティマネジメントを取り入れるメリット

小池:コミュニティに、コミュニティマネジメントを取り入れることの一番のメリットってなんなんでしょう? 今お話ししていたみたいに、人と人の繋がりが広がっていくことももちろんそのひとつだと思いますが。

礼奈:ひとことで言うと、「その場所に行く”意味”を創り出せる」ことだと思います。たとえばWeWorkだったら、組織としても個人としても、そこに行けば何かがつながる、何かが形になるという信頼を持ってもらえるわけです。

小池:それはたしかに、常に利用者さんの想いを引き出して後押しするための環境を意図しているからこそですよね。偶然任せだとなかなかそうはならないかも。

礼奈:今だったら大抵のデスクワークは在宅でもできてしまうかもしれないけど、人と話さないと出てこないアイデアや、誰かに背中を押されないと踏み出せない一歩って必ずある。だから、私たちがそこを少しサポートするだけですごく喜ばれるんですよ。たとえば、新規の利用者さんが入ったとき、近くのスペースを使っている人たちに直接紹介するとか。本当に小さなことですけど、そのおかげで助かりましたと言われることは多いです。

小池:わかりますね。意外と、最初のご挨拶のところが一番難しかったりするから。そこで間に人が立ってくれて、コミュニケーションを進めてくれるとその後がぐっと楽になります。

礼奈:今はマンションのお隣さんともなかなかご近所付き合いできない時代ですからね。紹介するだけでこんなに喜ばれるなんて、やっぱり人ってつながりたいんじゃん、と思います。

小池:逆に、コミュニティマネジメントが機能しないと、たとえばそういう場だとどうなるんでしょう。

礼奈:うーん、若干治安が悪くなるという感覚はあります。実際にうちでも、コロナ禍でオフィス内の交流を完全に止めざるを得なかった時期があるんですよ。お互いに挨拶しかできないっていう。その頃はオフィス内がやや荒れましたね。ゴミが増えるとか、ちょっとしたルールが破られちゃうとか。

小池:直感的に「そうなんだろうな」と思うところがあります。いい繋がりがなくなると、なんとなく気持ちがだれるというか、誰かに見られているという感覚も悪い意味でなくなるのかな……。

礼奈:街づくりを手がけるお仕事をしている方からもよく同じような話を聞きます。だからやっぱり、コミュニティ内でのコミュニケーションっていろんな意味で大事なんだなと思いますね。

「良いコミュニティ」の崩壊はどこから始まる?

小池:コミュニティマネジメントの難しい部分、試練になりやすい部分ってどういうところなんでしょう。

礼奈:これはわりとマインドセット寄りの話になるんですが……。コミュニティって、まず誰かが頑張っていれば、ひとまず良い感じにはなっていくものだと思うんです。ただ、そこからが問題で。

小池:ふむふむ。

礼奈:『今のこの状態、めっちゃいいからキープしたい』と思った瞬間から崩れ出すんですよ。

小池:ああ〜。なんか、わかる気がします……。

礼奈:コミュニティってどこまでいってもナマモノなんです。コワーキングスペースだろうと、習い事の教室だろうと全部同じ。どうしてかって、メンバーが入れ替わっていくじゃないですか。時代だって変わるし。

小池:そうですよね。あと、同じメンバーだとしても長い年月が立てば変化はある。

礼奈:はい。だからその場その場の最適解って、ひとつとして同じものはないんです。コミュニティをマネジメントする人は、常に目の前にいる人たちにフォーカスして、毎回違う最適解をともに考えていかないといけない。私が答えを決めるんじゃなく、一緒につくりあげていくんです。そのときに「あの時代の、あの時のメンバーの頃がよかった。またああいう感じにしたい」みたいな気持ちが少しでもあると、何か遠くにあるものを目指しているような感じになっちゃうんですよね。

小池:いろんな団体や組織が、それをやりがちな気がします。

礼奈:よくあるのは学校の部活ですよね。数年で必ずメンバーが入れ替わるのに、OBOGがやってきて、「自分たちの頃はこうじゃなかった」と変な指導をしちゃう、みたいな。もちろん、過去から見習うべきものを見つけるコミュニティがあってもいいんですけど、今いるメンバーにとっての最適解が何かを見極める力は、コミュニティ運営者には必須だと思います。

コミュニティマネージャーが捨てるべきもの

小池:「この状態をキープしたい」という執着を生まないために、コミュニティマの運営者はどうするべきなんでしょうか?

礼奈:こだわりを捨てる、ですね。

小池:こだわりですか。

礼奈:自分がこれを作ったんだとか、自分が始めた毎週⚪︎曜日のこのイベントがバズったとか……長く関わっているといろいろ思うところはあるかもしれないけれど、そこにこだわらないようにする。最初は盛り上がった。でもコアメンバーが抜けて空気が盛り下がってきた。だったらもう、その仕組み自体捨てる。潔く捨てて、今いる人たちのニーズがどこにあるかを吸い上げるところからまた始めた方がいい。

小池:それは、コミュニティに愛着があるほど勇気がいることかもしれませんね。好きな場所に自分の痕跡を残したいという欲求は、誰の中にもあるだろうし。

礼奈:塩梅はたしかに難しいです。でも、コミュニティをマネジメントする立場の人が、「支配する人」になったら意味がないですから。ある意味では場を掌握することもある立場だからこそ、「自分が自分が」になったらいけないんですよ。

小池:たしかに、環境を管理してメンバーの行動をデザインするという役回りは、下手すると「上司」になっちゃいますよね。

礼奈:それじゃ駄目なんです。むしろどんどん皆のところにもぐりこんで、一緒のお布団で寝るくらいの気持ちじゃないと!

小池:一緒のお布団(笑)! 

中編へ続く
▶︎明日からできる、コミュニティマネジメントの技3つ——「いいコミュニティ」の育て方【中編】

◆「いいコミュニティの育て方」シリーズ
▶︎小さなタンゴ教室とコミュニティマネージャーから学ぶ、「いいコミュニティ」の育て方【前編】
▶︎明日からできる、コミュニティマネジメントの技3つ——「いいコミュニティ」の育て方【中編】
▶︎コミュニティに必要なのは、意識的に「砂をならす」こと——「いいコミュニティ」の育て方【後編】

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