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人と関わりあう社会

ある国での週末のお散歩。週末の楽しみといえばカフェ巡りくらい。おしゃれなカフェもたくさんあって、美味しいコーヒーが安く、気軽に飲めるのはこの街の嬉しいところ。
でも今日は道端の、ローカルの人たちがちょっと一息ついている露店に立ち寄って、コーヒーを飲む。こちらの人は1日に3回もコーヒーを飲む人もいるとか。先に隣の席に座っていたお兄さんふたりが教えてくれる。
そして席を立とうとしたとき、そのふたりのお兄さんが、ぼくたちがおごるよと、コーヒー代を支払ってくれた。次会った時は私が払うからねと、お言葉に甘えてごちそうになった。周りには他にも似たような露店やカフェがたくさんあるけれど、次もまた同じところに行くだろうな。
ほんの数十円の貸し借り。でもそれで人間関係ができてしまうところに贈与論を思い出す。

この国の人は知らない人と関わりあって生きることが上手な気がする。コーヒーをおごることも然り。日本人だから物珍しさゆえに話しかけられることもあるだろうけれど、そうでなくてもお互いに知らない人と元気?と声を掛け合う。道端に座って手を差し出す人に食べ物やお金を渡す。貸し借りと思わせずに、どの行為もさらっとやってしまうプロフェッショナルである。
ちょっと鬱陶しいと思うときもあるけれど、私も身を任せていろいろ話しかけてくる人に答えてみたり、ちょっと余分に食べ物をもっていたら共有してみたり。日本で同じことをしようとすると相当な勇気がいるが、この社会の雰囲気にあえて巻き込まれて真似してみると、ちょっと楽しくなってくる。

その時に少し多く持っている人が分け与えることを無意識のうちにやっている人たち。元々コーヒーを淹れるときは一人で飲むのではなく、周りの人たちに声をかけて一緒に飲むのが、この国の文化であると聞いた。独り占めしないというのが当たり前なのかもしれない。
知らない人とも関わりあって生きていくことが社会の中に組み込まれている、そんなやさしい社会である。

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