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ある日届いた根っこから、美しい色が生まれた ー前編ー


驚きのクリスマスプレゼント

 昨年のクリスマスに、徳島にお住まいの秀美さんからプレゼントをいただいた。もらったのは掘り立てほやほやの植物の根っこだ。
箱を開けると赤みを帯びた根にはまだ土が残っていてしっとりと湿っており、少し古くなったもやしを思わせる鼻をツンとつくシブい香りがしていた。

「なぜ根っこなんかプレゼントされたの? そんなのもらって嬉しいの?」
と、普通なら思うに違いない。
だが、染織界隈の人間にとって、この根っこはものすごいお宝なのである。
とても貴重な品で、天然染料染めを愛する人たちにとっては憧れの染料だからだ。 
その根っこの名を「日本茜」(にほんあかね)という。


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 夕焼け空を茜空というけれど、それもこの染料に関わる言葉に違いない。空の色か染料の名か、どちらが先に名付けられたかはわからないけれど。
そして夕暮れ空の茜色よりもう少し黄味がかった赤を緋色(ひいろ)といい、茜は上代から緋色を染める染料として重宝されてきた。
延喜式に全国から税として納められていた記述があり、正倉院の供物や春日大社の神宝などの染めにも使われているという。
江戸末期に日の丸の旗が誕生したときも、赤い部分は日本茜で染められたのだそうだ。

 だがこの日本茜、現在ではめったに手に入らない貴重な染料になってしまった。いま染料屋さんで売っている茜は「西洋茜」か「インド茜」だ。
日本茜は根が細かく掘り出すのが大変で、化学染料が発達するのにともなって、専門の農家が激減したのだという。

 わたしに根っこをプレゼントしてくれた秀美さんは、ある日そんな貴重な日本茜が家の近所や近くの山に自生していることを発見したのである。そしてそこからの行動が素晴らしく早かった。有志で「茜の杜」を立ち上げ、振興活動をはじめたのだ。そして試しに掘り出した茜を、わたしにも送ってくださったのだった。
しかし、いくら秀美さん家の近所で取れたとはいえ、これだけ貴重な染料は、素人のわたしにはもったいなさすぎる。そこで、友人の染織作家・陣内章代さんに連絡を取った。章代さんは草木で糸を染めて着物を織る作家さんだから、貴重な日本茜の嫁入り先にぴったりだ。そして、章代さんの京北町にある自宅工房へ届けるついでに、わたしも日本茜の染めを体験させてもらうことになった。


貴重な日本茜で染物体験

 陣内さんのところに持参したのは、オーガニックコットンの薄いストールとウール糸。一番染まりやすいであろうシルクは、陣内さんのご自宅にあるストールを譲ってもらった。2枚染めて、1枚は秀美さんに、もう1枚は義母にプレゼントする。

 陣内さんは事前に媒染用の灰汁をつくって、待っていてくれた。ご近所さんから薪ストーブの灰をもらっているそうで、木の種類はニセアカシアだそうだ。
さっそく大きな寸胴にたっぷり湯を沸かし、茜の根を綺麗に洗ってから湯に投入し、ぐつぐつと煮出す。
陣内さんによれば、茜は何煎も色を出すことができるそうだ。
「わたしはいつもブータンの茜で染めるのだけど、もう20回くらい使っているの」
と、太い根っこを見せてくれた。

20回ってすごすぎないですか!? と思ったが、日本茜とは全く違って太めのアスパラガスほどの直径をした根っこだったので、なんとなく納得がいった。それにブータンの環境で育った茜は精力が強いのかもしれないな、とも思う。
 また、陣内さんによれば、茜は何回も煮出しているとだんだん黄味が減っていき透明感のあるピンクになるという。陣内さんは後のほうの色が欲しいというので、1煎目からの茜らしい茜色は、わたしが染めさせてもらうことになった。

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 まずは十分に水で濡らしておいた布を茜の染料に浸け、染液のなかで丁寧に振ったり揉んだりする。それから灰汁の媒染に入れて色を定着させ、もう一度茜の染料につけ戻す。染めと染めの間に媒染するこの方法を、中媒染という。
「布を先に灰汁につけておく先媒染が定番のやり方だと思うのだけど、その方法だと反応が早すぎて茜の染料に入れるときムラになってしまうの。それでわたしは中媒染で染めてるの」
と、陣内さんが教えてくれた。

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〈いよいよ染めます……長くなるので後編へつづきます!〉


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