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白くて透明な恋 -2-

『ちょっと早いけど、明けましておめでとう。今年もよろしく。あと、報告だけど、佐伯と付き合うことになりました』

昨晩の黒岩からのメール。何度読んでもその文字たちは滲みも溶けもしないし流れもしない。そこにはもう昨日とは違う黒岩が存在していて、言葉を交わさなくても思い合えている誰かがいるのは明確だった。

元日の朝、枕から顔を引き剥がすように体を起こすと、昨日の自分を引きずるように枕が湿っていた。

壁掛けの時計が知らせた時刻は6時半だった。カーテンの隙間から微かに光が射していた。窓を開けると粒だった冬の空気がわたしの中に流れ込んでくる。眩しい朝日が上ろうとしていた。

いつもと変わらない朝の空気の中に、空想の中の黒岩の表情がへにゃりとだらしなく綻んでいるような気がした。

置いてけぼりの私もきっと今あの2人と同じ朝の空気を吸っている。しっかりと音を立てて窓を閉め切った。眠りが浅かった本当の理由を暗に認めた気がした。

初詣がこんなに緊張感を伴うのは始めてだ。仲佐神社へ家族で出向くのは毎年の恒例行事で、同じ地域の黒岩とかち合うことも多い。
両親と姉に気分が悪いことだけ伝えて先に神社へ行ってもらうことにした。一人でいたかった。

鳥居前を家族連れやカップルがマフラーやダウンに顔を埋めながら通り抜けて行く。神様の通る参道の真ん中さえも人の波が途切れずに奥へと続いていた。1人、玉砂利の上をじゃりじゃりと踏み歩いても清められている気が全くしなかった。

今年の抱負はどうしよう。手水舎で手と口を洗いながら、考えられなかったことを無理くり考える。出てこない。去年はどうだったか。

『黒岩と少しでも長く隣にいられますように』

そうだ、17歳の女の子らしいお願いだった。『少しでも』ってつけたのが悪かったのかな。
柄杓を縦にし、最後に残った水で柄杓の柄を流していると

「よくできました」

いつもの安定した声が聞こえて泣きたくなった。振り向けない。

「手水の作法、ちゃんと忘れてないじゃん」
「大切なのは手と口を清めることだから」

横に黒岩はさっと手と口を清めてから「相変わらず可愛くない発言だな」と言って苦笑するとポケットからハンカチを出して手を拭いた。そしてそのままあたしに差し出して来た。

「女子力高いだろ?」
「あたしがないみたいに言わないで」

しまった。ハンカチすらも忘れた。気まずい顔を隠してそっと受け取ったけれど、ありがとうの一言が喉の奥で引っかかった。

「サンキュ」

小さくつぶやく。ああ、可愛げがない。

本堂へとゆっくり歩みを進める黒岩の背中についていく。

今年の目標は、もう少し可愛げのある女性になれるように、そうしようと心に決めて、今は掴めない黒岩の大きな手を見つめた。


#note書き初め #小説 #短編 #恋

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