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Ⅲ.息子にはいつでもオープンに!がんトーク

がんになってからの7歳の息子との会話、今思い返すと本当に最初から私ってばさらっと話してたなぁ。

息子との会話

私『私の身体の中にがんがあるんだって、がんって知ってる?』

息子『うん、聞いたことあるよ!病気だよね?』

私『そう、でもがんって色々ながんがあるんだって、だけど私はとりあえずそれを取ってもらって絶対治すからね✊!!!!』

息子『うん、わかった、頑張ってね!!!!』

多分私が絶対治すとさらっと言ったのと、幸いにもまだ周りの人から聞いたりする“がん”のイメージがなかったから、すんなりと受け止めていたようでした。

一番恐れていたのは、どこか誰か周りから『ママががん!?かわいそうに、、、なんで。。。』というネガティブな声が本人の耳に入ってしまうこと。

かわいそうって言葉、本当に嫌い。そんな言葉をかけるのって無意識だとは思うけど、本人の事を想うと結構やばい事に気付いてほしい。

そしてまだまだ一般的に “がん=死” のイメージが強い事・・・

お願いだから、勝手にあなたの想像の中で私を死なせないで!!!!!!

と時々思いながら検査結果が出るまでの期間、息子の為にもオープンにポジティブな考えでいることに気を使っていました。

とにかく、一緒に過ごしているうちの家族は本当みんなポジティブなもんで、本当に助かった。

うちの家族が息子に対して、私が大変だから“みんなで協力しようね!”って言ったら、

元気よく息子は『うん、(ナンってったって) みきは “がん”だからね!!!!』と元気よく返事をしたと言うw

誇らしいぜ。

それでも、入院前にはだんだんとがんや手術の知識もついてきて、心配になってきたようで、

『みき、死んじゃうこともあるの?』

と聞かれたので、元気よく

『うん、人間だからいつかは死ぬよ!!がんじゃなくったって、いつ死ぬかなんて誰にもわからないでしょ、コロナも怖いよね、でも私はまだ死なないように生きるよ!!!💪』

とはっきり答えました。マジで検査結果出る前にもそうはっきり思えていた自分て。。。

その後、病院としての治療方針が『子宮全摘』と決まった時のこと、、、

私としては子宮全摘についてはもう仕方ないし生理も来ないならいいや位に思っていたんだけど、息子は違った。
これまで明るく私の話を受け止めてくれていた息子が、初めて渋ったのだ。

私 『(人体の絵を描きながら)赤ちゃんがいた子宮ってここにこうやってあって、あなたと弟が私のお腹にいる時10ヶ月育った場所なんだけどね、ここにがんがこの位の大きさであるんだって。だからこの子宮を全部手術で取っちゃいましょうって言われたの。私にはあなたと弟と2人の宝物がいるから生きるために、“先生にわかりました全部取っちゃってください”ってお願いしたんだ』

息子『えっ😱・・・・・・・・赤ちゃん、、、5人家族が良かった・・・・・・・・』

私 『ん?なんて?』

息子『いや、・・・5人家族が・・・良かった・・・6人・・・ いやなんでもない・・・・みきの方が大事だから・・・』

私『なに????!聞こえないわ!!!!!!!!!最後もう一回言って!!!!笑』

初耳すぎて、笑いが止まらなくなってしまいましたw

でもその後も、「もしかしたら手術によっては赤ちゃんできる?」って何度も何度もきくもんだから、その後少し考え悩みました。


MRI検査結果

その後、MRIの検査結果も出て、家族と一緒に来るように言われて、先生から術式が告げられました。

手術の種類は、だんだんと、部分的な摘出から広範囲の摘出までと大きな手術になっていく順で→ 
円錐切除術ー単純子宮全摘出術ー準広汎子宮全摘出術ー広汎子宮全摘出術
とあるそうです。

結局、部分摘出とかでは取りきれない可能性が高く、子宮自体だけでなく人体やリンパ、卵管など含めて広汎子宮全摘ですって先生に言われて、一応先生にそれってもう少し残せる可能性はないですか?って聞いたんだけど、、、

2人の先生に診ていただいて2人の答えは、「勧められません」とか「うちではやってません」とか、それはわかるんだけど、どうしても納得できなかったのが、「あなたはもう2人お子さんがいるので、、、全摘を勧めます」という一言でした。

私一人の問題だったら、引っかからなかったと思うんだけど、息子のあの1件があったから、うーむとなり。

『2人子供がいるから、だからなんなんだろうか、、、』

これは一個人の考えですが。
私は割と自然に任せていたので、ある意味は他からみたら不妊と思ってしまえば不妊症だったのかもしれないけれど、そうじゃないと勝手に思っている。
(不妊の定義・・・2年だと思ってたら、今は短縮されて『1年の不妊期間を持つもの』って言われているとか!(◎_◎;))
結婚して2年自由に過ごして、それから長男が生まれ、それから長男に手がかかりまくり更に6年経って次男が生まれた。(二人目不妊って言葉もあるんだね。全く思わなかった。。。)

子宮がなくなる事は仕方ないとは考えているけれど、、、

“2人いるから”って何?

がんになってから、一番悔し泣きした瞬間でした。

将来出会えたかもしれない命に出会える可能性がゼロになるという事は、私には2人子供がいるからとか、子供が1人もいないからとか、関係ないよね。

未来のことを言ったらキリはないけど、未来の我が家の3人目の命と、どこか誰かの1人目の命、同じだよね。。。
息子からしたら尚更、、、

うーん。なんだかモヤモヤしてたまらなくて、他にもいろいろな方法や、先輩がんサバイバーの経験談を読みあさったり、色々調べたりもしたのです。きっと確率論から行けば、これがいいのだろうけれど、このまま先生に流されていいものなのか。。。と。

でも子宮を残すという選択肢もあったと思う。それでいて、がんを消すという方法もあると調べていて少し実感はした。
手術を延期するっていう手もあったかもしれない。

でも確実性は低い。

今生きたい理由は、子どもたちの成長に関わる使命感と、Music Togetherで出会った子たちとのMusic timeで燃えかけている火を消したくない事、、、将来を生きたいというより、今を生きたいと強く思っていたので、確実性を選ぼうと強く思えたのでした。
それで決心ができました。

そして術式が決まった外来で最後に先生から一言、

「4/3にオペおさえました、それで主治医はこれから変わります〜その先生が執刀医になります!」

ウェーーーーーーーーー!!!!!!そ、そうなんだw  ど、どなたでしょうか。。。
ドキドキしちゃいました。

次はその主治医の先生とのお話は手術前日でいいと言われたけど、前日は主人の大学病院外来の日だったので、少し前に改めて新しい主治医の先生の外来予約をお願いして、帰宅しました。

ドキドキだったけど、私にとってスーパードクターとなる主治医の先生との出会いはまた次に・・・


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