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tomekantyou1
しぶとさを身に付ける
主体性のことを考えてみている
「主体的に」を思い浮かべた時
キラキラと輝く表情で
心から楽しそうに
何かをしている様子がよく出てくる
ではキラキラして楽しくないのは
主体的ではないのか?
私はそれだと理解は半分ではないかなと思う
それは主体性の表面のみをみているのではないか?
裏側には様々なしんどさを抱えながらも
健やかさ朗らかさを失くさずに
どうやってやり続けようか?と
自らの内と外にそのヒントや材料を探し続ける「しぶとさ」があるのではないかと考える
しぶとく諦めず朗らかにやり続ける
そのことが明るい主体性を
下支えしているのではないか
…
そして我が子にそれを教えるには?
やはり私が「しぶとく」あり続けることしかないんだろうなあと思う
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