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創作 短編小説たち

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#小説

ぼくはずっと。

ぼくはずっと。

「なんかさ、亡くなっちゃったんだって。
はやいよね、はやい」

いつもより饒舌な先輩の顔はほんのり赤い。
テーブルの上には、もう少しで底をつきそうな赤ワインの瓶とグラス、空になった缶ビールが数缶転がっている。
コンビニで買い込んだスナック菓子は、粗方彼女が食べてしまった。残っているのはミックスナッツが少量とさけるチーズが数本。

「ひとつ年上だから、27だよ。やっぱはやいわ」

ぼくは彼女の

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彼女と田中くん

彼女と田中くん

彼女は酔うと、昔のことを話し出す。
田中くんという、高校時代の同級生の話だ。

「彼は彼の心の中に温室を持っていたの。その温室は広くて、そこは温室というよりも、ひとつの世界だったように思う。どこまでも続いてた。そこには植物があって、動物がいた。濃くてみずみずしい緑の葉っぱを持つ木々があって、猫も犬も野うさぎも、鹿も、熊もいた。そこで彼は暮らしていた」

彼女は元々作家志望だったからか、言葉の扱

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静かにしてよ、ねむれないから

静かにしてよ、ねむれないから

彼女は交通事故を起こしてばかりいる。

アクセルを踏みすぎては前方車両にぶつかりそうになるし、
時には一時停止線のはるか後方で急ブレーキを踏んで停まることがある。(なぜそんなに距離をあけてしまうのか?)
並走している車にすれすれになっていたと思いきや、今度はえらく距離を取ってガードレールのほぼ真横をびゅんびゅん走り出すのだから、助手席に乗っているぼくからしたらたまったもんじゃない。

でも、事故

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現実からじぶんを切り離す方法を知っている女の子と、食べごろの柿を見分けられる女の子の話

現実からじぶんを切り離す方法を知っている女の子と、食べごろの柿を見分けられる女の子の話

ももの皮を上手にむく方法、みたいなものをわたしは知らない。
たぶんひとより知らない。
その代わり、でもなんでもないのだけれど、現実からじぶんを切り離す方法をひとつ知っている。

「え、どうやって現実からじぶんを切り離すの?」
彼女の声は真剣味を帯びていた。
秘密にする理由もないので、わたしは正直に、いつものじぶんのやり方を話す。
「いろんな方法があると思うけど、わたしがやるのは境界線を見ること」

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