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ワインと地中海#41/ローマとワイン#01

「ヴィティス・ヴィニフェラとイタリア半島の邂逅は衝撃的だった」
「あら、イタリアワインを称賛するの?珍しい」嫁さんが笑った。
「称賛ではない。事実だ。アララト山から、ワインのための葡萄を携えて人々は3000km以上の旅をした。4000年以上の時をかけて、ヴィティス・ヴィニフェラとイタリア半島に出会ったんだよ。この出会いが以降のワインの道を決めたんだ。ワインラッシュはローマから始まった」
「ゴールド・ラッシュじゃなくてワインラッシュ?」
「製造法も貯蔵法も運搬法も、ローマで工夫されてローマで確立した。フェニキア人の技法もアッシリアの技法も、ローマでソフティケーションされた。そして絶対的な製造量が激増して、潤沢に人々の間へ流通するようになった。ワインは神官と王のものでなくなったのはローマからだ。大カトーは、これの文書の中で奴隷に対してワインを与えるルールを決めている。ローマでは一般庶民だけではなく奴隷もワインを飲めるようになった・・ということだ」
「・・それって、パンとサーカスの一環?」
「まさにその通りだ。町に酩酊する輩が彷徨するようになるのはこの頃からだよ。・・じつはね。ローマ人は・・いや正確にはバルカン半島を西進してポー平原を渡ってきた原イタリック人たちは・・ワインを嗜なまなかった。ワインは、エトルリア人・ギリシャ人のものだったんだ。原イタリック人は、神への捧げものにもワインは使用しなかった。伝説の王ロムロスは神に牛乳を捧げているんだ。神は酩酊しない」
僕らはサンステファノ広場傍のバーカロBacaro/Terrazza Aperol(Campo Santo Stefano, 2776, 30124 Venezia)にいた。サン・ヴィタール教会Chiesa di San Vidal(Campo S. Vidal, 2862, 30124 Venezia)でヴィヴァルディを聞いた後である。

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此処はヴェネツィア室内合奏団の持ち物で、毎夜彼らの演奏会が開催されている。嫁さんが大ファンなので、ヴェネツィアに滞在中は必ずお邪魔することにしている。
手にしていたのはヴェネトで作られる名もないワインだ。毎朝、30リットルは入る大きなプラスチックの樽に入れられて、船で店まで運ばれるものだ。これが若々しくて実によろしい。
「バルカン半島中央部から土地を求めての西進した彼らは立農の民だ。彼らの農耕技術は灌漑を主としたもので、葡萄とワインを作る特殊な技術は持ち合わせていなかった。ワインには縁のない人々だったんだよ」
「葡萄畑は作らなかったの?」
「ん。おそらくな。ワインは知っていたが珍重することも、自ら生産することもなかった・・そう見ていいだろう。たとえばローマはワインの神リベル・パルテルを持っていた。神格はかなり低かった。無数にある 雑神の一人だ。」
「ビールは?ビールも飲まなかったの?」
「判らない。原イタリック人の出自は判らないことだらけだ。分かっているのは灌漑技術を持っていたこと。印欧語族だったこと・・そしてバルカン半島内陸部から来たこと・・くらいなものだ。その中の一つがラテン人だ。歴史家はイタリア半島中西部のラティウム地方Latiumに住んでいた人々のことを指というが、僕はこのラテン人こそ原イタリック人のことではないかと思ってる。ラティウム地方に最初の一歩を置いたことで、彼らはラテン人と呼ばれるようになったんだろう・・ってね。ポー川は偉大な川だ」


「ミラノからボローニャへクルマで移動したわよね。あの時に通った穀倉地帯がポー平原でしょ?ミラノを早朝に出発して朝靄の中を走ったからよく憶えているわ」
「ポー平原は東西に長く延びる広大な平野だ。ラテン人が発見し干拓してきた。3000年歴史をもつ。今は稲作農家が多いがもともとは麦だ。農作と酪農の地帯だ。この豊穣の地でローマは育ったんだよ。
ポローニャを訪ねた時、イタリア半島南北の都市コムネーを幾つか訪ねたろ?」
「ええ。ワイナリーだけじゃなくて精肉屋さん/チーズ屋さんを見て歩いたときでしょ」
「ん。イタリアは大規模農家の形態が南北ではっきりと分かれる。北は・・とくにエミリア・ロマーナの農家はヒエラルキーの組み方がピラミッド的ではない。組合が強い」
「あのとき北の企業文化はローマの血を今だに継いでいるって言ってたわね」
「ん。王の存在を嫌ったローマは早くから共和制だった。その血が今でも続いているんだ。面白いことに20世紀の初めにファシズム運動を始めたのもエミリア・ロマーナだった。現在でもイタリアにある社会主義運動は、最大勢力がエミリア・ロマーナだ。
ボローニャはイタリア最古の大学がある。イタリアン・ルネッサンスの中心地でもある。支配の前に知を貴ぶ人々だ。ラテン人の気質だよ」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました