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もったいない

出された料理を残すことができない。どうしても全部平らげてしまう。
もったいない・・と思うからだろうか。それとも目の前にある皿に、不様に食べ散らかしたモノがあることへ強い美醜を感じてしまうからだろうか・・わからない。とにかくですな。僕は茶碗のヘリに米粒が付いたままでいることが我慢ならないのです。
娘はこれを諌める。全部食べたってなにも良いことはない。身体に負担をかけるだけ。
んんんん。でもね、もったいないから、僕は返事してしまう。
「勿体ない」
勿体は和製漢語だ。物体に通ずる。
勿は呉字だ。なので"ぶったい"と発音せずに呉音で"もったい"と発音する。ものものしい風格、とか。仰々しい態度、とか。そんな意味合いだろうか。
その"勿体"に否定形をつけたのが「もったい・ない」だ。
鎌倉時代前期に編纂された宇治拾遺物語の中にも「あはれ、もったいなき主哉。こがやうにはだかになしてあさらんには」とあるから"もったいない"は、ずいぶん古い日本語である。・・おそよか(嬋媛)な言い回しだからね、死語にしちまうのは"もったいなく"て、現代まで生き残ったのかもしれない。そんな風に思ってしまう。
それと同時に、僕は「もったいない」という言葉の裏に、見えないもの/超常的なモノへの畏怖感・・畏まった気持ちを感じてしまう。「もったいない」は、見えざるモノへ対峙する姿勢の表れではないか・・と。
でも、ウチの娘が言う「もったいない」はwastefulではないか・・と思う。wastefulにカミへの畏まった気持ちはないように思う。あくまでもオノレの中の功利の問題だ。
ところで・・お嬢さんは大学で比較宗教学をやっておられたンで、聞きたいとこです。西洋宗教におけるwastefulへの姿勢ですな。
ブッディズム/タオ/神道とどう違うのか。
ははは♬・・と、話をはぐらかしたとこで・・ピザは全部もったないから食べちゃお♬
そういや「ミッちゃん、道々♬♬」という歌があったなぁ。ミッちゃんも、もったいないからなめちゃった、なぁ

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました