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侵略少女エクレアさん(8)

「やー、やー、君達、こんにちは」
 僕の席の前に、片手をあげてニッと白い歯を光らせているアロハシャツの男が現れた。
 しゃべり口調は、普通に戻っている。
 ひょいと、アロハシャツの男の後ろからショートカットがよく似合う少女が顔を覗かせた。
「か、香月さん! もう、大丈夫なの?」
 嬉しさのあまり、立ち上がって、香月さんに詰め寄る。
「う、うん。良く覚えていないんだけど……。私、中央公園の谷で、倒れていたみたいなの。この人が見つけてくれて、助けてくれたの。佐々木君を知っているようだったから、連れてきてもらったんだ」
 香月さん、知らない人について行くのは危ないよ。
 まっ、いいか。
 事故にあった時の記憶は無いようだけど、本当に怪我が治ってよかった。
「ね、香月さん、どこか痛くない? 胸の辺りとか」
 僕がまじまじと、香月さんのふっくらとした胸に、熱い視線をおくると、香月さんは、頬を赤らめてうつむいた。
「だ、大丈夫、だから……」
「コラ! アルト! なにその子の胸を、ジロジロと見ているのよ! イヤラシイ!」
 エクレアが、腰を上げて僕に人差し指を向けた。
「へ? いや、そんなつもりじゃ……」
 エクレアの指先が、僕から香月さんへと向けられる。
「それから、そこのあなた、ちょっと大きいからって、いい気にならないで!」
 これには香月さんもカチンときたようで、
「なななな、何ですか! あなたは! あなたこそ、さっきから、佐々木君と一緒にいるみたいですけど、いったい、佐々木君と、ど、ど、どんな関係、なんですかぁ!」
「あたしは、エクレア! アルトとどんな関係かなんて、あなたには関係ないでしょ!」
「関係ありますぅ! 私は、佐々木君のクラスメイトですぅ。佐々木君と一緒に、勉強もしていますぅ! ねっ、ねっ、佐々木君!」
 香月さんが、僕の片腕を掴む。
「そ、そうだね……」
「何よ何よ、アルトったら、デレデレしちゃって! やっぱりあんた! 地球の女の子に目が眩んで、任務を放棄したのね! ザラアースに帰りたく、なくなったのね!」
 エクレアは、目に涙を浮かべて唇を尖らせる。
「地球の……、女の子? ザラアース?」
 香月さんが首を傾げる。
 まずい、エクレアが異星人であることが香月さんにバレそうだ。
 突然、アロハシャツの男が両手を打った。
「は――い、そこまで」
「あんた、誰よ」
 あからさまに、嫌な顔をするエクレア。
 大人の人に、その言い方は、ダメだよ。
「私は、アロハ・アロマ。ザラアースの諜報員。アルト君、君を、迎えに来た」
「へ? 僕を迎えに?」
「その通り」
 アロハさんは、ニッと白い歯を見せた。

「佐々木君、帰るって、実家に帰っちゃうんですか?」
 エクレアの隣に座っている香月さんが、訊いた。
「帰りません!」
「アルト君、今さら、帰らないって、何を言っているのかな?」
 僕の隣に座っているアロハさんが、エクレアが食べ残したハンバーグステーキを、美味しそうに食べながら言った。
 エクレアは、渋い顔をしてアロハさんを見ている。
「あの――、アロハさん、それ、エクレアの食べ残しなんですけど」
「大丈夫、気にしないから。食べ残しはもったいないでしょ? どお? 君も食べる?」
 アロハさんは、食べやすいサイズに切ったハンバーグステーキをホークに刺して、僕に向けた。
「僕は、遠慮しておきます」
「そう、おいしいのに」
 と言って、僕に向けたハンバーグステーキを自分の口へ放り込むと、アロハさんは香月さんに顔を向けた。
「香月さんと言ったね」
「はい」
「アルト君と親しいようだから、知っておく権利があると思う。だから言うね」
 背筋を伸ばして、頷く香月さん。
「アルト君の本当の名前は、アルト・ハインブリッド。イプシロン星系のザラアースという惑星からきた者。つまり、君達地球人からみれば、異星人、ということになる」
 香月さんは、目を丸くして、ポカンと口を開けたまま、固まった。
「信じられないようだね。当然だ。我々の存在を知る地球人は、ほんのわずかしか、いないからね」
「と、当然ですよ。そそ、そんなこと、き、急に言われても、しし、信じられません。も、もしかして、みみ、みんなして、わわ、私を、バカにしているのですか――?」
 香月さんは大声で叫ぶと、
「佐々木君も、そうなんですか? 私を、バカにして、いるんですか?」
 香月さんの顔は、今にも泣きそうだ。
 ち、違う。僕は、ザラアース人でもなければ、異星人でもない!
 そうだ、ここはハッキリと、言ってやる!
 僕は、立ち上がった。
「エクレア、それに、アロハさん。この際、ハッキリとさせます。僕は地球人です! エクレアとも、今日、知り会ったばかりです。本当です。それとも、僕がザラアース人である、証拠でも、あると言うのですか?」
「あるよ、証拠なら、あるよ」
 アロハさんはそう言って、ポケットから一枚の紙切れを取り出すと、テーブルに置いた。
「これは、DNA鑑定結果だ。エクレアの唇に付着していた君の体液と、アルト・ハインブリッドのDNAが一致した。君、今日の昼頃、エクレアとディープなキス、したよね」
 ガ――ン。
 そ、そんなバカな。
 事故とはいえ、確かに、エクレアとキスをした。その時に、付着した僕の体液(唾液)のDNAと、ザラアース人のアルトのDNAが一致した、だと?
 これって、僕が、ザラアース人のアルト、だってことの証拠……。
 じゃ、実家の農家で育った、これまでの僕の記憶は、全部、嘘、ってことなのか?
 僕は……、地球人じゃ、ないのか?
 僕は……、ザラアースから来た、異星人、なのか?
 どっちなんだ?
 僕の頭が、混乱を始めた。
「佐々木君……」
 香月さんの声が、震えている。
 いや、待て、僕は地球人だ。
 実家で過ごした、小学生、中学生の記憶は、事実のハズだ。
「香月さん、これはきっと、何かの間違いだよ。……たぶん」
「佐々木君、どういうことなの? ちゃんと、説明して、くれる?」
 香月さん、声が、怖いよ。
「……DNAはザラアース人のようだけど、僕は、地球で生まれ育った、地球人、と思うから。だから、信じて、香月さん!」
「そんなことは、どうでもいい!」
「へ?」
「佐々木君、エクレアさんと、キス、したの? ねぇ! 正直に、答えて!」
 え――、そっち?
「香月さん、どこから記憶が、飛んでいるのかな?」
 涙目の香月さんが、エクレアに詰め寄る。
「エクレアさん、佐々木君と、キキキ、キス、したんですか?」
「え――、したわよ。だって、あたしとアルトは、愛し合っているもの」
 エクレアは、腕を組んで自慢そうに言った。
 こらこら、そこ、誇張しない!
「あ、あ、あ、愛し、合って、いるですって――――――――――――――!」
 香月さんはそう叫ぶと、突然、駆けだしてファミレスを飛び出した。
「香月さん! むやみに走ると、危ないよ!」
 無我夢中で走り去る香月さんを、追いかけようとした、その時、
 キキ――ッ、と車の急ブレーキの音が響くと、ドーン、と衝撃音が続いた。
 ファミレスの窓を、恐る恐る覗く。
 車道に、ハザードランプを点滅させて停車している、青のスポーツカーと、ひとりの少女が倒れている光景が、見えた。
「あの――、すみません。香月さんを、助けてあげて、頂けますか」
 僕が頭を下げると、エクレアとアロハさんは、コクリと頷いた。

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