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2万年前の姫(4)

 七理は、片手で剣を握り、重量のありそうな剣を、軽々と上下左右へと振って、冬馬を威圧している。
 剣のデモンストレーションが終わると、再び剣先を冬馬へと向けた。
 すると、血を固めたような赤い刃先が、淡く輝いた。
「な、何だその剣?」
 刃先が赤く光る剣なんて、初めて見た。
「へー、知らないんだ。この剣の刃は血刀けっとうでできているの。血を固めた刃よ。自分の血を使うの。だから、気合いを入れるとそれに反応して、こう光る。そんなことも知らずに、よくヘムネイルに入ろうと思ったわね」
「自分の血で剣の刃を作ったのか? ヘムネイルはそんな奇術を使う、オカルト集団なのか?」
「オカルト言うな!」
 七理が即否定する。オカルトと呼ばれることにコンプレックスでもあるようだ。
「まー、オカルトなのは否定はしない」
 とレオンが目を細めてお茶をすする。
「そこは否定しなさいよ! って言うか、何お茶飲んでんのよ!」
 即座に突っ込む七理。
 冬馬は剣道部の副将だ。入部して二か月で副将になった。冬馬には、剣の才能があったようだ。
 だから剣には自信がある。同じ剣を持てば、同年代同士であれば負けない。

 七理のあの血刀は、刃のついた真剣なのだろうか? いや、真剣のはずがない。もし真剣だったら、七理は銃刀法違反になるじゃないか。

 だけど、このまま七理と戦えば、武器のない冬馬は不利だ。
「レオンさん! 俺に木刀を貸してください!」
「良かろう。だが、七理の剣は真剣だ。木刀では意味がない。これを使え」
「えっ? 真剣なの? それまずいんじゃないかな……」
 真剣勝負に、冬馬が動揺していると、レオンが自分のステッキを冬馬に投げつけた。
 冬馬が右手で受け取る。レオンの漆黒のステッキはとても軽い。
「そのステッキは、特殊合金でできてる。どんなに鋭利な剣でも切れない。七理の剣を、うまく防ぎたまえ」
「レオンさん! 真剣はまずいでしょう! 銃刀法違反じゃ?」
「ヘムネイルは、真剣や銃の携帯が許されている。冬馬、よそ見をするな!」
「そう、この血刀は切れ味抜群! よそ見してると、首が飛ぶわよ!」
 七理が言い放つと、剣が冬馬に襲いかかってきた。
「うわっ!」
 冬馬は素早く両手でステッキを頭上に移動させて、七理の剣を受け止める。
「あたしの剣を、受け止めた? 冬馬、あんた何者?」
 七理が目を丸くする。
「七理、止めよう! 真剣で戦うなんて、危ないよ!」
 言いながら七理の剣をジリジリと押し返す。
「何甘いこと言ってんの! 吸血鬼や魔獣は、容赦なく人を襲う! こんなことでビビってたら、命がいくつあっても足りないの!」
「そんな……。レオンさんも、七理を止めてください!」
 しかしレオンは、無言でお茶をすすっている。
 自分でどうにかしろ、と言っているようだ。
「そうか、七理を認めさせないと、ヘムネイルには入隊できない、ってことか……」
 すると七理がニヤリと笑みを浮かべた。正解のようだ。
 七理が、ピョンと後ろへジャンプして、再び剣先を冬馬へ向ける。
「そうよ。冬馬、あたしに一本入れてみなさい。そうしたら、認めてあげる。まぁ、無理だと思うけど」
「くっ!」
 冬馬は奥歯を噛みしめる。
 ヘムネイルに入って、妹の六花を救い出す。そのために冬馬は、今、ここにいる。
 負けるわけには、いかない。
 冬馬はステッキを強く握り絞めると、七理へ向かって走り出した。
 七理が剣を構える。
 冬馬は素早く七理の右に回り込んで、七理の胴めがけてステッキを振り上げた。
 しかし七理の剣がステッキを跳ね返す。
「早い! うちの主将でも、この技は避けられなかったのに、なんて早さだ!」
 七理が剣を振り上げる。
「面を入れる気だ。あの血刀で面を入れられたら死んでしまう。だけど、また胴に隙ができた。今がチャンスだ」
 冬馬は面を食らわないよう、七理の左側面に回り込む。
 がら空きの左脇腹へ向けて、思いっきりステッキを叩き込む。
「胴!」
 入ったと思った。
 次の瞬間、漆黒のステッキが天高く弾き飛び、両腕から赤い鮮血が飛び散った。
 宙を舞ったステッキが床に落ち、カランカランと、堅い音を立てながら転がる。
 冬馬が両膝を床につけた。
 ポタポタと血が両腕を伝って、床に広がる。
「一瞬で、腕が……、何カ所も切られた……、手に……、力が……、入らない……」
 剣先が、冬馬の胸元に突きつけられる。
「動かないで。血刀は刃に触れるだけで切れるの。勝負、あったわね」
「く、くそ……」
 七理を睨む。
「あたしも入隊するときに洗礼を受けたわ。でも、あたしは一本取った。悪いけど、あんたの入隊は、認められない。諦めなさい」
「……まだだ。まだ、負けるわけにはいかない」
「どうして? 普通に暮らせばいいのに。どうして、危険なヘムネイルになりたいのよ?」
「そんなの、決まっている」
 この言葉に、七理が興味深そうに冬馬をみつめる。
「そんなの、決まっているよ。吸血鬼にさらわれた六花は、きっと今も怖い目にあっている。なんて可哀想な六花……。俺は、そんな六花を放って暮らすなんて、できない。必ず俺の手で六花を救い出す。それまでは、誰にも、負けられない」
 七理が、ふっと溜め息を突く。
「へー、妹思いなのは感心するけど、あんたには無理。妹の救出はあたしたちにまかせなさい」
「イヤだ! 絶対に、俺が、六花を救い出す!」
 冬馬はありったけの気合いを両足に込めて、立ち上がった。
 立ち上がるとき、七理の血刀が胸に触れて、胸から血が溢れ出てきた。
 白いシャツが、真っ赤に染まっていく。
 しかし冬馬は、血を止めることはしなかった。
「な、何なのコイツ? 早く血を止めないと、本当に死ぬわよ」
 冬馬の死をもいとわない行動と精神力に、七理が後ずさる。
「隊長、冬馬は不合格! 試験は終わり! 早く冬馬に止血を!」
 レオンに試験終了を申し出た。
 そう、これはヘムネイル入隊の試験なのだ。
 隊員の誰かが新人にいちゃもんをつけて、戦わせる。
 隊員の体のどこかに、一発入れば合格。一発も入らず戦意を失えば不合格になるのだ。
「冬馬は、まだ諦めていない。七理、戦いを続けなさい」
 レオンが、静かに言った。
「え? 隊長、何考えてんの? アイツ、死んじゃうよ?」
「続けなさい」
「冬馬が死んでもいいの?」
 七理がレオンに抗議を始めた。冬馬に背を向けている。
「隙ができた。今がチャンスだ!」
 冬馬は床に転がっているステッキを拾う。
「ステッキをつかめた。手に力が戻ってきた」
 腕を見ると、切られた所の血はもう止まっていた。
 胸からの出血も少しずつだけれど、引いてきている。
 だんだん、出血が止まるまでの時間が、短くなっている気がする。
 冬馬は、自分の体が、変化し始めていることに気づいた。

 七理のあの血刀で切られると、痛いけど、力が湧いてくる気がする。どうしてだろう? いや、今はそんなことより、七理から一本取ることに、集中するんだ。

 レオンに文句を言っている七理の背中は隙だらけ。
 その背をめがけて、冬馬は思いっきりステッキを振り上げた。
 しかし七理が冬馬の気配を察知して振り返る。
「甘い!」
 七理は剣で冬馬のステッキを受け止める。
「冬馬、いい加減にしなさい。アンタは弱い。ヘムネイルは諦めなさい!」
「諦めない! ここで、負けるわけには、いかない!」
「このわからずや! だったら、病院送りにしてあげる! 死ぬよりはマシでしょう?」
 七理の剣が、冬馬の右胸を貫いた。
「急所は外したわ。アンタが意地を張るから悪いのよ……」
 冬馬の胸から剣を抜くと、ドバッと血が床に落ちた。
 その哀れな冬馬の姿に、七理は目を伏せる。
「隊長、冬馬を病院へ……」
「七理、油断するな!」
 レオンが叫ぶ。
「え?」
 七理が顔を上げると、ギラギラに目を光らせた冬馬が立っていた。
 信じられないことに、冬馬の口からは、二本のキバが生えていた。
 体つきも肩幅が広く、マッチョな体型になっている。

「き、吸血鬼?」

 剣で貫いた右胸は、もう、血が完全に止まっていた。
「あんた、どうして、吸血鬼に、なってんのよ?」
「吸血鬼って、誰がだ?」
 冬馬が訊くと、目を丸くしている七理が冬馬の顔を指さした。
「え? 俺が? そんなことあるわけが……、イテッ!」
 口の中を噛んでしまった。
 そう言えば少し前から、奥歯がムズムズして気持ちが悪かった。
 口に手をやると、上の右の奥歯と左の奥歯が、鋭く伸びていた。
「何だこれ?」
 冬馬が首を傾げる。
 みるみると、七理の表情が憎しみの眼差しに変化する。

「吸血鬼は、敵だ――っ!」

 七理が剣を振りかぶって襲ってきた。
 今までの試験モードの七理ではない。本当に冬馬を殺す気の、本気の本気モードだ。
「待て待て待て待て待て待て、ちょっと待ってくれ!」
「この吸血鬼が――っ!」
 七理は我を忘れている。
 容赦のない七理の剣が、冬馬の胸、腹、脚を、ズタズタに切り裂く。
「ぐへっ!」
 冬馬は血を吐いて、床に倒れた。
 七理はその姿を見届けると、シュッと剣を、黒い軍服に収めた。
 そのとき、
「はい、俺の勝ち!」
 七理の背中に、冬馬の拳が当たった。
 七理が驚きの表情で振り返る。
 切り刻んだハズの冬馬の体の傷は、もう血が止まっていた。
「どうして……。完全に、仕留めたハズなのに……」
 七理は、剣がまるで効かない冬馬に体を震わした。恐怖を感じたようだ。
「いやー、俺も良くわかんないんだけどさ。絶対に負けられないって、ぐわぁと気合いを入れたら、腹の底から何かがわいてきてさ。気づいたら、奥歯にキバが生えててさ、そうしたら、傷もあっという間に治ってしまった」
 ははははっ、とあどけなく笑う冬馬の口からは、もうキバが消えていた。
 体格も、高校生の元の体つきに戻っている。
「冬馬、あんた、吸血鬼なの? それとも人間なの?」
「人間、だと思うよ」
 と笑顔で答える冬馬に、七理はヘナヘナと尻餅を着いた。
 冬馬が人間なのか吸血鬼なのか、わからなくなって、頭が混乱しているようだ。
 そんな二人のところにレオンがやってきた。
「冬馬、よく七理から一本とったね。これで君は正式なヘムネイルの隊員だ。おめでとう」
「はい! 頑張ります! よろしくお願いします!」
 レオンに頭を下げる。
「七理もいいね?」
 レオンが訊くと、七理は唇を尖らせながら、
「……いいわ。認めてあげる」
「ありがとうございます! 七理先輩!」
 すると七理がニッコリと微笑んだ。七理先輩と言う言葉に気を良くしたようだ。
 けれど、七理はレオンへ顔を向けると眉をひそめた。
「でも隊長、冬馬は何者ですか? 剣で切った傷はすぐに治るし、口からはキバのようなものが生えたり、もー、わけわかんないです」
 その問いに、レオンは一瞬顔を強張らせた。そして、ゆっくりと口を重く開く。
「七理、冬馬、良く聞いてくれ。実は冬馬は、吸血鬼と人間の間に生まれた混血、ダンピールなんだよ。ただ、冬馬がダンピールに覚醒するかどうかは、正直五分五分だった。だからはじめは冬馬をヘムネイルに誘うことをためらった。だけど、冬馬の熱意に負けてここに連れてきた。結果は、覚醒に成功した」
「ダンピールですって? 吸血鬼の最大の天敵、ダンピールに冬馬が覚醒したって言うの?」
 七理が驚きの声をあげる。
「ダンピールに覚醒? 俺が?」
 レオンが首を縦に振る。
「へー、すごいじゃない。冬馬、期待しているわよ」
 ポンと七理が冬馬の背を叩いた。
 七理のその顔からは冬馬への恐怖心はもう消えていた。
「ありがとうございます。七理先輩」
「七理でいいわよ。これから一緒に戦う仲間なんだから」
 七理の言葉は、暖かかった。

 七理は本当はいい人なんだ。今までは試験のために、俺を挑発するようなことを、わざとしていたんだ。
 七理に感謝を込めて頭を下げてから、自分の両の手のひらを見つめた。
 俺がダンピールだなんて信じられない。でも、これでヘムネイルとしてやっていける。六花の救出に行ける! でもちょっと待て、確かダンピールって吸血鬼と人間の混血って言っていたな。父さんはヘムナイルの人だったから人間だ。だとしたら、母さんが、吸血鬼だったの?

 冬馬は母の重大な事実に、今気がついた。
「レオンさん! 俺がダンピールってことは、俺の母さんが、吸血鬼だったって、ことですか?」
「今ごろ気づいたの?」
 ぼそりと七理が呟く。
「その通りだ」
 とレオン。
「そ、そんな……。俺の母さんが、吸血鬼だなんて……」
 冬馬は全身から力が抜けて、ペタンと床に座り込んだ。

 父からは、母は小さい頃に事故で死んだ、とだけ聞かされていた。
 詳しいことは全く知らない。訊いても話をはぐらかして教えてくれなかった。

 そんな冬馬を横目に、レオンは話を続ける。
「15年前、健次郎はイギリスのある高貴な家の女性、アリシアと結婚した。すぐに冬馬が生まれた」
「俺の母さんは、イギリス人でアリシアって言うんだ。知らなかった。アリシアかぁ、どんな母さんだったのだろう?」
 冬馬はアリシアと言う名前の響きから、母の顔を想像する。
 自分は髪も瞳も黒く、てっきり母も日本人だとばかり思っていたけれど、違っていた。
「しかし、悲劇が起きた」
「悲劇って、何? 副長に何があったの?」
 レオンの話に七理は興味津々だ。この手の話が好きなようだ。
「アリシアが、吸血鬼だったことが、わかったのだ」
 七理が、悲鳴に近い声を上げて両手で口を覆った。

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