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短編小説 ブラック企業学会雑感

 私はブラック企業に勤める社畜達の生態を研究する学者である。この度学会に非常に興味深い論文が発表されたのでこの場を借りてそれを紹介したい。その論文とはブラック大学黒田教授が提唱した「ブラック企業社員はアニメキャラである」というあまりに大胆な仮説である。

 なお学会においてブラック企業に勤める人間を「社畜」と呼称するか「社員」とするかは未だに議論の続くところではあるが今回は黒田教授の論文からそのまま引用する形で「社員」と呼称することとする。

 黒田教授はブラック企業研究における第一人者である。自身の身を賭してブラック企業に3年務め、1日平均18時間という労働時間に身を投じた経験に基づく論文はどれもセンシティブ(意味はわからないが言ってみたかった)でソリッド(意味は以下略)なものが多い。しかしそれを抜きにしても今回の仮説は大胆である。黒田教授の論拠として

1.死の淵から這い上がる程強くなる
2.定期的に暴走する
3.限界を超えるのがお約束
4.仲間との別れというイベントがある
5.人間でありながら必殺技を使う

 まず1と3についてであるがこれは言わずもがな戦闘民族の特徴である。強さを求めるあまり意図的に死にかけたキャラまでいるほどに死の淵から這い上がるほどあの民族は強くなる(件のキャラは大して強くならず悪役に殺されたが)。ブラック社員たちも同じで最初は10時間ほどの労働が1ヶ月も続くと精神的に参ってくるのだという。しかし顧客と上司に鞭を打たれながら働くに連れて18時間労働に耐えうる身体になっていくのだと、黒田教授は言う。これは戦闘民族に限らず多くのアニメにおいて描かれるいわばお約束であり彼らがアニメキャラである何よりの証左であると、黒田教授は学会で熱弁をふるっていた。

 続いて2についてである。これも有名な某新世紀なんとかの特徴である。エネルギー切れを起こしたキャラが覚醒し動かないはずなのに戦闘を継続するシーンは実に熱い展開である。ブラック社員達のそれはアニメのものとはいくらか性質が違い

2-1.奇声を発するようになる
2-2.目に映るもの全てを排除しようとする

 といった特徴があると、黒田教授は言う。「残業のやりすぎで錯乱しているだけではないか」という学会参加者からの指摘に黒田教授は「うるせーばーかばーか!」と非常に説得力のある言葉で反論を行っていた。

 次に4についてであるが、ことさら少年漫画において仲間との別れは一つのハイライトとして強く印象に残る。死別にせよ袂を分かつにせよ修行による一時的な離脱にせよそれは主人公が一回り大人になる為の一種の通過儀礼とも言える。ブラック社員達も同様に多くの別れを経験するのだと黒田教授は言う。ただしアニメの場合は再会する場合があるのに対しブラック社員達の仲間は2度と会うことがないと黒田教授は付け加えていた。

 話が長くなったが最後の5である。私が最も興味をそそられたのはこの部分である。たしかにアニメキャラはそのほとんどが必殺技を持っている。黒田教授曰く昔の大人気アニメにおいていつもの2倍のジャンプに3倍の回転、そして片手で攻撃する所を両手で攻撃するので2倍、つまり12倍の攻撃力をあっさり得る必殺技が存在するという。ブラック企業社員達は残業手当で25%増し、深夜手当でさらに25%増し、さらに休日出勤になるとプラス10%増しで時給の1.6倍を稼ぎ出す事に成功する残業代ウォーズマン理論なる必殺技があると黒田教授は言う。しかも必殺技にありがちな「命を削って一時的な力を得る」という激アツな特色まで満たしている。この発表には私も思わず息を飲んだ。

「ブラック企業社員に残業代など出ない」

 という指摘を受けて黒田教授は残業代が出る比較的良心的なブラック企業社員を有償型ブラック企業社員、残業代すら出ないブラック企業社員を無償型とその場で定義し付け加えていた。

 この様に有償型ブラック企業社員達の生態はアニメと類似する場面が非常に多く、故に彼らはアニメキャラであるという仮説を黒田教授は提唱した。この衝撃的な仮説に発表後の学会に起こった異様などよめきを私は今も忘れない。その後会場は拍手に包まれ、次第に大きくなっていった。黒田教授は誇らしげに胸を張ると一礼し壇上から下りた。やはりブラック企業社員はアニメキャラなのである。


私は拍手をしながら「こいつらバカだ」と改めて確信した。

Thank you for reading to the end. The support you receive will be used as an activity fee. 通訳「私利私欲のために使うお金が欲しいそうです。」