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小説『白雪姫の王子様はね・・・?』①

水島野分、というペンネーム時代に大学の部誌やエブリスタに纏めていたものです。

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-――その日、テレビでは未解決事件の特集を組んでいた。


[凶悪犯は貴方のすぐ近くに潜んでいるかもしれません]という、司会者のやんわりとした脅迫。

けれどもその顔はなんだかとても面白がっているようだった。

滑稽な顔してなかなかのサディストだ。

テレビ画面の向こうにいる誰かが震えあがるのを想像して、興奮でもしているような。

偽物の涙を滲ませて「本当にかわいそう。早く捕まってほしいと語るのはゲストである年増の女優。


清純アイドルとしてデビューした過去を引き摺って今なお年齢に似合わないひらひらとした洋服を着て、泣いている自分にどこか酔っているようだった。

そんな下衆な空間の中心には本来の主役である、未解決事件の遺族がモザイクを掛けられ、「本当に犯人が捕まらないと死んだ娘が浮かばれないんです」と涙まじりに言うけれど、どこか見世物のようだった。

「こんな番組、誰が楽しむんだろう。見ている人は同情して、自分はこうじゃなかったって勝ち誇るの?こんな番組で本当に犯人が捕まるの?」

“私”は、テレビ業界の衰退を嘲笑した。

不幸で客を引き付ける粗悪なサーカスみたい。


勿論警察が狭い空間で事件を解決に導くのは難しいことだってのは想像がつく。


メディアの力を頼らなくちゃならないってのも分かるけれど、この番組を一時間見る気にはなれなかった。

けれども、チャンネルを変えなかった。


いつもこの時間に見ている推理ドラマが、サッカー中継で休みだったのだ。

音の無い空間はなんだか人を不安にさせる。
自分には「音」は必要不可欠なものだった。

「音」が無いと自分が消えてしまいそうな錯覚に突き落とされるのだ。

だから部屋でテレビの電源を消すということはほとんど無かった、眠る時も携帯音楽プレイヤーかラジオで耳の中を音で充たす。

それに加えて最近は《愛する人》と夜通し電話をするのも好きだった。

どうでもいい話をして夜という闇の時間を切り抜けていく。


自分は途中で眠ってしまうことがあっても《彼》は電話を切らずにいてくれる。


目覚めた時の通話時間の長さが愛を物語ってくれている気がした。

こんなつまらない番組より《あの人》の声が聞きたいと思って電話をするけれど、「ただいま留守にしております、御用の方は」という味気ない音がして、苛立って携帯電話を投げながらテレビ画面に顔を向けた。

他のチャンネルはくだらないお笑い番組、知らない音楽を流す番組、惚れた取られただのつまらない恋愛ドラマ

…この「人の不幸」を濃縮した番組は唯一ましだった。

            *


幼女が連れ去られ無残な姿で殺害された事件の遺族

…被害者の母親は「私が少し目を離したのがいけなかったんです、私がいけないんです」と泣いた。

40代と字幕に出ているがその人はどう見ても70代にしか見えなかった。

一人暮らしをしていた大学生が強盗に入られ殺害され現金を奪われた事件は被害者の両親は心労で病気になり、今は被害者の妹が事件解決を訴えていた。

「私達家族の幸せを返して!私達の時間を返して!」という叫び。

シングルマザーが、深夜仕事先から帰宅中に強姦されて絞殺された事件では、当時5歳で、母親が何故いなくなってしまったのかすら理解出来なかった息子が今や妻子が持つ大手金融企業で働く青年となり「母親の無念と自分の過去の苦しみ」についてを訴えた。

私は表情を変えることなくテレビ画面から顔を反らさなかった。

このチャンネルのボタンを押した自分を、

見るものがないからこれでいいかとテレビを切らなかった自分を、

後悔するのは番組終了二十分前のこと。

「最後はこの事件です」

司会者の作り物みたいな緊迫した声と同時に画面に映し出されるのは艶やかに加工を施され、毒々しい赤色を放つ

…林檎の写真。

「これも、本当に許せない!

女性の気持ちを踏みにじるような事件ですね


…十年の間に東京で同一犯による結婚詐欺、そして殺人事件が起こりました。

被害者は全部で六名。

全員毒殺されています。

現場には共通してリンゴが置かれており、

このリンゴからは毒物が検出されています。


犯人はこのリンゴに注射器で毒を盛ったことが検察の調べで明らかになっていることから

毒リンゴ事件・白雪姫事件などと呼ばれております。

そして、

この事件、驚くことに、犯人とされている人物は全員被害者の当時夫だったのです。

容疑者の名前は堂園類、現在四十歳。指名手配中」

「えっ」

心臓で血の波がざぶりと起こった、その名前を聞いて。

その瞬間に私の頭の中では、


そんなわけが無いじゃない、

だって殺人犯なら本名を名乗るはずがない、

これは同姓同名だと心の中でまくしたてるように言い訳みたいな、

自分を納得させるご託を大量生産したいた。

堂園類。

どうぞのるい。

ドウゾノルイ。

山田太郎や鈴木一郎みたいにありふれた名前ではないけれど、

決して珍しい名前じゃない、決して珍しい名前じゃないはずだ。


この広くて長い日本列島には何人いてもおかしくはない。

そうだ、

私の《心を包んでくれる人》と

この《凶悪な殺人犯》がイコールで結ばれるわけないじゃないか。

《女性を騙して、その女性を殺すような人》があんなに心を溶かすような愛の言葉を言えるわけがない、あんなに優しい手つきで私の髪を撫でてくれるわけがない。あんなに熱いキスを出来るわけがない…そう、そうだ。

あの手がもしも人を殺めた手ならば、もっと冷たいはずだし。


あの体の中に人を殺めようと思い実行する心が入っているのならば抱きしめられた時にもっと硬いはずだ。

《ルイさん》と《堂園類容疑者》は別人だ。そうに決まっている。

地震が起きている、かなり大きい。違う、周りは揺れていない。揺れているのは私だけだ。


痙攣でもしているみたいに私の体は震えていた。小刻みにびくんびくんと、なんだかとても寒い。

「…違う、違う、違うにきまってる」

自分で自分を抱きしめるように右手を左肩に、左手を右肩に乗せる

…けれども《大好きな人》がしてくれるような温かさが無い。物足りない。

「そんなわけない、そんなわけない、ルイさんが――――」


けれども、

「これが堂園類容疑者の写真です」

ブラウン管の中にぽかんと映し出されたその顔は

…私の生活の一部となっているものだった。

くっきりとした二重、西洋人のような深い彫、唇の上にうっすらと浮かぶ小さなほくろ。

いつも「ささめ」と語りかけてくれる穏やかそうでどこか寂し気な顔と同じ。

間違いがなかった、間違いようがなかった――この人は、ルイさんだ。

テレビの中で悪魔のように扱われている堂園類容疑者は、私の愛おしい人のルイさんなのだ。

「嘘でしょう」

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