見出し画像

私がnoteを始めなかった理由

noteを始めて1週間経つ。
思っていた以上にたくさんの方が読んでくださり、スキやコメントをくださる方までいて、通知を見るたびにニヤニヤしている。ありがとうございます。
少しでもいいなと思ってもらえる記事が書けたのかなーと思えることも嬉しいし、今部屋で一人、私が書いている記事が、どこかの誰かに届き、たくさんの人と繋がっているのだと想像すると、何だか夢があるなぁと思う。心臓がちょっと上にあがるような感覚。これを心が弾む、というのかもしれない。

私がnoteのアカウントを作ったのは実は1年前のこと。そこから1年間は何も投稿していない。それには理由がある。

私がnoteをやらなかった理由

instagramの場合

noteの話をする前に、instagram(以下、インスタ)の話をしたい。私は今現在インスタをやっていない。正確に言うと、見る専用のアカウントはあって好きな芸能人だけ何人かフォローしているのだけど、そのアカウントの存在を知っているのは私だけ。そして私自身も、知り合いのアカウントを知らない。この状態をインスタをやっていない、とさせていただく。
周りの友達のほとんどがインスタをやっている中で、私がインスタをやらない理由は5つある。

1.タイミングを逃した
X(旧Twitter)に関しては、中学から高校に上がる春休み、友達と遊んでいる時にやりなよと誘われて始めた記憶がある。インスタについてはいつから広まったのかわからないのだが、気づいたらみんなやっていた。やらないの?とかやりなよ!と言われることもあったけど、今更始めるのもなぁと思ってやっていない。

2.載せることがない
今でこそ出かけたら何十枚も写真を撮るようになったが、大学時代はそんなに写真を撮る習慣がなく、おしゃれなものを食べに行くような生活でもなかったので、始めたとしても載せることがないだろうなと思っていた。

3.周りと比較してしまいそう
友人がキラキラしているものを載せていたら、きっと無意識に自分と比較して勝手に落ち込んでしまいそうだなと思っていた。素直に人の幸せを喜べるタイプならいいのだろうけど、私の場合、正直そうなれる自信がない。

4.自己開示に抵抗がある
自分の話をすることに対して、悪いことをしている気持ちになってしまう。誰も興味がないだろうと思う。それに、信頼した人に自分の話をしていたらいつの間にか広まってしまって、自分の話なんて軽々しくするもんじゃないなと思ったこともある。

5.SNSが怖い

発信したことが半永久的にネット上に残ってしまう中で、今の自分は良いと判断したものでも、いつかどうしても取り消したくなったとき、それはほぼ不可能。無意識に誰かを傷つけてしまったとき、一生残り続けてしまうと思うと恐ろしい。

6.今の自分のことを誰にも知られたくない
これが一番大きいのだが、今自分がどこでどんな生活をしているのか、知り合いにバレたくないという気持ちがめちゃくちゃ強い。というのも、私は過去の自分のことがとても嫌いで、その私を知っている人たちに、なるべく私のことを思い出してもらいたくないと思っている。なのでむやみに現在の自分を発信して彼らの記憶の中の私を呼び起こしてしまわないよう、私はひっそり静かに生きていこうと心に誓っていた。私も実際友人と会うと、その友人が別の友人のインスタを見せてくれて、その投稿を見ながら盛り上がることが多々ある。もちろん陰口だったことなんてなくて、結婚とか出産とかの報告を見て、素敵だね、とポジティブな話をするのだけど、そんな感じで自分のこともどこかで話されるかもしれないと思うと怖い。

私の年代でインスタをやっていないのは珍しいようで、就活中知り合った方にインスタを聞かれ、やっていないと答えたら、その後、その場にいた別の方から「あれ教えたくなかったからやってないって答えたんですよね」と言われたことがあるくらいだ。私は言い訳でも何でもなく、本当にやっていない。誰のことも傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくないのだ。

noteの場合

私がnoteをやらなかった理由も、インスタのそれと似ている。
特に「自己開示に抵抗がある」「SNSが怖い」「今の自分のことを誰にも知られたくない」というのは大きな壁になっていた。
仮に、私が学生時代の話を書いたとする。そこで、当時の傷ついた経験や学んだことを語ったとして、それをたまたま当時の知り合いが読んだらどう思うだろうか。無意識に私が傷つけてしまった人もきっといるだろうから、「お前だって人のことを散々傷つけたのに、忘れたのか!」と腹を立てるのではないだろうか。当時の記憶が呼び起こされることで嫌な思いにならないだろうか。影で悪口を言われるかもしれない。これは私がnoteを投稿できない大きな理由となった。

それでもnoteを始めたくて

そんなに怖いならなぜ始めたのかということになるが、答えはシンプルで、それでもやりたかったからだ。思えば1年前にアカウントを作った時点で、発信したい思いはあった。でもいろんなリスクを考えて足踏みしていた。今でも正直怖い気持ちはたくさんある。
ただ、それを理解した上で、それでも発信したいと思った。リスクばかり考えて本当にやりたいことができないということが、一番怖いような気がした。匿名でやることも考えたけど、今の自分でそのまま発信したほうが、自分のやりたいことに近いなと思った。さすがにまだ勇気が出ないので実際の知り合いにはほとんど公表していないけれど、もし偶然目に入ってしまうことがあったら、気になったら読んでもらえたらいいなと思うし、読みたくなかったらもちろん避けてもらえたらいいのかなと思う。もしたまたま見つけてしまった知り合いは、そのことを私に伝えてもらっても構わないし、内緒にしておいてもらっても構わない。
とはいえ、noteの会員数は現在777万人(株式会社ガイアックスHPより)もいるらしいので、見つかるほうが奇跡だとは思うのだけど。

世の中に発信する人はたくさんいて、自分にはできない表現は溢れるほどあるし、自分がしたこともない体験をしてきた人たちの言葉のパワーはものすごいし、こんな世界で自分が書く意味はあるのかな、なんて思わない訳ではない。
でもとりあえず私は書き続けてみたいと思っている。これまで周りの期待に応えようとして、やったほうがよさそうなことばかりやってきた。純粋に自分のやりたいという思いで何かをやることは怖い。けれど、これまで気づかないふりをしていた、本当はやりたいという気持ちに気づいてしまったのだ。気づいてしまったら仕方がない。何だか悪い感覚ではなくて、ちょっとふわふわした感覚。足が軽いような感覚がする。怖いけどやる!やりたいからやる!
このまま行きたいところまで行ってみて、止まったらそこで考えよう。まずはこのまま、行きたいところまで。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?