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読書感想文「ストーンサークルの殺人」

ちょっとした手術で入院するため、その間に読むものをおすすめしてもらった。
たくさん教えて頂いて買い込んでいたのだが、結局のところ術後の痛みであまり読めなかったのは誤算だった。
とはいえ退院後の自宅療養中にいくつか読むことができ、そしてまだ買った本は残っているので今後の楽しみがあると思うと嬉しい。
読了した中から今回はM・W・クレイヴン著「ストーンサークルの殺人」の感想を。
推理小説の感想はネタバレが許されないかと思うのでどうしてもざっくりふわっとしてしまうが、面白かったのでなんとか書いてみたい。


英国推理作家協会賞ゴールド・ダガーを受賞した本作は、シリーズものの第1作のようだ。
主人公は国家犯罪対策庁の捜査官ワシントン・ポー。
英国カンブリア州に点在するストーンサークルで年配の男性ばかりを狙い焼死させる連続殺人が起こる。そして3番目の被害者には何故かポーの名前が刻まれていた。
とある件で停職中だったポーが捜査に呼び戻され、謎が謎を呼ぶ中真相に迫っていく、というミステリ。
ある程度のミステリ好きになると、カバー折り返しの登場人物紹介を一読すれば事件には〇〇の件が絡んでいそうだな…などと予想をして、またその読みが当たってしまう事もあるものだが、それでも「それだけじゃない」展開で読者を引っ張り、特に後半は一気に読んでしまった。

本作の魅力は謎めいた事件の捜査、隠されたいくつもの秘密にあるのはもちろんだが、登場人物にも妙味がある。
主人公ポーは優秀な捜査官だったが自分のミスで犯人を死なせてしまい、その審議のため停職中の身である。
故郷のカントリーハウスで犬と暮らしていたところをその地で起きた事件のために呼び戻されるのだが、そこまでで見える彼は田園風景や古いものを愛しており、そして何より皮肉屋。
私の知る「英国人らしさ」が随所に顔を出している。
急にアメリカをdisったりするところなんかは思い当たる経験がありすぎて笑ってしまった。
当然ながらイギリス人が皆そうではないが、自分の知る狭い範囲では本当に彼らはアメリカを好ましく言う事がない。
クッキーと言っただけで「えっ?ビスケット、だよね。そんな言い方をしたらどこの田舎から来たのかと思われるよ?」などと言って首を横に振る。
皆さんもイギリス人に好きな映画やアーティストやバンドを聞かれたら念のためUSA産の名前は出さない方が無難だろう。一部の人の間でアメリカというのは阪神ファンにとっての巨人なのだ。
ちなみに彼らにアメリカ英語を使うと、哀れんだような目をして「not goodだね。それは"英語"じゃない」とか言われる。こえーよ。

そんな愛すべき英国紳士のポーのもうひとつの特徴として、彼は正義感が強い。
刑事なのだからそりゃそうだろと思うだろうが、序盤からちょっとそういう感じでもないぞ?となる。
連続焼殺事件の捜査にあたる事になったポーは、優秀な分析官を1人つけてほしいと上司に願い出る。すると後に無二の相棒となる、1人の若い女性分析官ティリー・ブラッドショーを紹介されるのだが、彼女はIQ200近く。所謂天才にはよくある傾向だが反比例してEQが低いために嫌な同僚に目をつけられ、いじめを受けていた。
それを見たポーは英国紳士らしからぬ言葉と手段でティリーを救う。恫喝と暴力である。
長閑な田舎暮らしに飛び込んできた事件と上司には厭世的な態度で、私に存分に英国みを感じさせたポーが急にアメリカンポリスのような血気盛んさを見せ、彼がステレオタイプの「英国人探偵」というキャラクターでないことがわかる。その後も彼は上司の言う事は聞かないし強引な捜査も必要とあらば躊躇わない。なかなかアウトローな男なのである。彼にも何か秘密があるのだろうと予感させ、物語に一層興味が湧く。
そして相棒のティリー。
16歳でオックスフォード大の学位を受け、その後いくつかの博士号も得た天才だ。子供時代を大学で過ごしたせいもあり、温室育ちの世間知らずで友人はいない。
非凡な頭脳を活かして分析官としても飛び抜けて優秀だが、会って数時間のポーに「あなたは何故みんなに嫌われているのか」と訊ねてしまうような人物だ。
またポーに関して悪し様に言う上司の会話を聞いて、それが気心の知れた相手ならではの発言だと理解できず、更にそれを両者の前で話してしまい2人を困らせてしまう。
悪気がなく純粋で、情緒が幼い。
そんな彼女に呆れたり下に見ることなく仕事を任せ、彼女を彼女のまま尊重して接するポーと行動をともにするうちに、ティリーは本来の繊細さと誠実さで劇的に成長していく。孤独で変人の天才エンジニアから愛すべき友人、芯の強い警官に。
百戦錬磨のアウトローと純粋培養の天才が友人としても相棒としても絆を深めていく様は、陰惨な事件捜査の中にあって一際光っている。
私はバディものが大好きなので、これは効いた。

さて肝心の事件の話も差し支えないところで少し。
シリアル・キラーの署名的行為と言われるものに該当するのは現場がストーンサークルであること、生きたまま杭に繋ぎ焼殺すること、被害者が裕福な中高年男性であることなどだ。
被害者同士には面識がなく殺害方法からも無差別快楽殺人かと思われたが、ポーは人口の少ない地域でそれはあり得ないと考える。
何か繋がりがあるはずだと細い糸口から捜査を開始し、上司や元同僚から疎まれながらも真相に迫っていくのだが、犯人は頭が良く計画的で、事件の核心になかなか辿り着けない。靄に包まれたような状況で、ポーの推進力とティリーの機転でひとつまたひとつとライトが灯されるように明らかになる事実は悲劇そのものだが、空白を埋めていくような感覚は読み手としてとても心地よい。
そして全てが明らかになり事件が解決を見た時のカタルシス。散らばっていたピースが悉くきれいに収まり最後まで発見がある。
あっと驚く斬新なトリックがあるような本格ミステリタイプの作品ではないが、刑事ものとしては重厚。これが読書の醍醐味だよなと大満足で読み終えた。
メタな点で言えば翻訳の違和感もなく物語の外で気を散らされる事がないので、その点も良書だと思う。
続編も買おう。

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