見出し画像

【小説】人の振り見て我が振り直せ  第6話「そのマウンティングとアピール、惨めになりませんか?」

 茉莉花はとにかく、何をするにもアピールの激しい人物だった。

 由希子も入社初日は疑問を持ちながらも、〝私、仕事出来ますアピール〟が凄かったので、所長が若い世代の、怖いもの知らずの女の子が苦手なだけ(第1話)で、仕事はそれなりにやる人なのかな?と様子を見ていた。

 でも、1週間もたたないうちに、あの汚いロッカー(第3話)と人によって態度をかえる性格に気づき、距離をおいていた。

 その後、所長と茉莉花は〝怪しい関係〟(第5話)と思われ、由希子は、とにかく最低限しか関わりたくないとすら思っていた。

 でも茉莉花は違ったようだ。

 由希子の採用当初から、事あるごとに由希子に突っかかってきていた。

 まるで自分の方が上と言わんばかりに(いわゆるマウンティング)意味不明なことを由希子に言ってくる。

 特に由希子には全く理解ができなかったのは、資格試験の受験に関することを言ってきた時のことである。

 この会社は、社員が業務で使う資格試験を取得する費用を助成してくれる制度がある。試験会場が遠距離であれば、旅費も全て負担してくれる。
 所長も指導の一貫として、社員には率先して受験させなければならないようだ。(それが所長自身の評価にもつながるらしい。)

 所長は由希子に、認定試験と国家試験の2つの資格試験を受験するように言ってきた。予算の都合もあるらしく、事前に受験の意向を確認してきたのだが、由希子は仕事も覚えなくてはならないし、2つ勉強するのはキツかったので、認定試験の方は簡単に合格出来そうだったのもあって、あえて、万が一のときにもつぶしが効く国家試験の方にしぼって受験することにした。そこそこ難しい国家試験で、それなりに勉強しないと合格できないものだった。

 所長は茉莉花にも、由希子と同じ国家試験を受けるように言っていたようで、茉莉花は由希子が受験するかどうしても確認したかったのだろう。普段、仕事に関する大事なことすら言ってこないのに、終了ミーティングのために戻ってきたところで、挨拶もなく、いきなり話しかけてきた。

 由希子「お疲れさまです。」

 茉莉花「藤(由希子)さんは〇〇試験、受けるんですかぁ〜?」

 由希子「………。(〝お疲れさまです〟も返さないで、いきなり?)ああ、国家試験のことですか?こないだ所長に言われたので、受験することにしましたけど…。」

 茉莉花「そぉ〜なんですかぁ〜。私も受けるんですけどねぇ〜。」

 茉莉花は由希子を明らかに〝ライバル視〟している様子でジロッと見てきた。

 由希子は茉莉花の態度と目つきが(おばさん、大丈夫なの?私は余裕だけど。)と言っているようにみえて不快に思ったが、相手にするだけ無駄だと思っていたので、反応せずにスルーした。

 由希子は思っていた。

(そういえば、茉莉花は前の年の入社後まもなく、認定試験は合格していたようで、由希子が入社した時に、やたらと〝一発合格〟をアピールしていたことを思い出した。

 今回の国家試験も余裕で合格出来ると思っているのだろうが、問題集を見ても、認定試験はひと通り目を通せば合格出来そうなくらいのレベルのものだったが、国家試験は格段にレベルが高そうだった。認定試験の〝一発合格〟くらいで、茉莉花のその根拠のない自信はどこから来るのか。

 そもそも、人に何かを聞く時は、まずは相手が挨拶しているんだから、挨拶を返してから、聞くものではないですか?コミュニケーションの基本だと思いますけど。

 いきなり本題に入るところを見ると、私が同じ国家試験を受験するのかどうか、気になって、気になって、仕方がなかったのがバレバレですけど、気づいてますか?幼稚園の子供みたいですね。

 正直、20代の頭の柔らかい年代の人が、40代のしかも後輩のおばさん(おばさんはあえて言います)を〝ライバル視〟する必要ありますか?

 正々堂々としっかり勉強して受験すれば、他人の事なんでどうでもよくないですか?

 資格試験は結局〝自分自身との戦い〟でしょう?他人のこと気にしてる暇があるのなら、少しでも勉強したほうがいいと思いますけどね。)

 そして、国家試験の申し込みの開始日に、茉莉花はさらに意味不明なことを言ってきた。

 国家試験の申し込みはオンラインでホームページがら行うことになっていた。申し込み開始日の9時から受付となっていたのだが、もちろんその時間は仕事中で、受験する社員達は大抵早くてもお昼休みや、自宅に帰ってから申し込みするの大半である。

 それに、申し込み期間が1か月くらいは設けられているため、急いで申し込みする社員などほとんどいなかった。申し込みの締切日近くになって、所長に確認される時に、忘れてる人が申し込むくらいのものだった。

 しかし、由希子が昼休みに事務所に戻ってドアを開けた途端、また、いきなり話しかけてきた。

 茉莉花「藤さん、国家試験の申し込みしましたかぁ〜?」

 由希子「えっ?………。(また挨拶なしで?)」

 茉莉花「今日から申し込みなの、知らなかったんですかぁ〜?私、もう申し込みしましたよぉ〜。」

と、得意げな顔で言ってきた。

 由希子は呆れはて、ひと呼吸おいてから言った。

 由希子「申し込み開始日は知ってましたが、今までノンストップで仕事してましたしね。まだ申し込み期間十分ありますし。」

 そう言いながら、すぐに茉莉花から離れて、自分のデスクに向かった。
 由希子のデスクの右横に座っていた太田(第4話)が、その話を聞いていたのか、由希子の顔を見て(また理由のわからないこと言ってるわ、相手にするな。)と言わんばかりに首をかしげて見せた。

 由希子は無言でお弁当を食べながら思っていた。

(国家試験の〝申し込みを誰よりも早くした〟事を自慢することに、なんの意味があるのだろう。マウンティングしているつもりなのだろうか。
 しかも、皆んなが仕事している最中に、自分はスマホで申し込んだことになりますよね?
 百歩譲って、マウンティングするのなら、その〝国家試験に合格してから〟するのなら、まだわかるけど。それこそ〝一発合格〟で。早く申し込んだだけでは全くマウンティングにすらなってないと思いますけど。その意味不明な言動、不快を通り過ぎて呆れます。)
 
 太田の目配せからも、茉莉花はマウントの取り方がズレている為に、マウンティングに全くならずに、まわりを不快にさせることは、いつもことだったことがわかる。

 そして、極めつけの意味不明の行動は、試験日までの間、これ見よがしに〝問題集をやってるフリ〟をすることである。

 いつも茉莉花は昼休み〝デキてる〟所長(第5話)が用意した、自分だけの休憩スペースにいなくなるのに、この試験までの間は自分のデスクに残り、デスクに両肘をつけて立て、近眼の人が眼の前で文字を読むように近づけ(茉莉花は近眼ではないのだが)、前のめりで問題集を両手で開いて持ち、表紙が皆んなに分かるように見せながら〝勉強頑張ってるアピール〟をするのである。

 さらに、終了ミーティングの前、社員が皆んな現場から帰って来る頃の自分の担当デスクで〝アピール〟、ミーティングの後の自分デスクで〝アピール〟、極めつけは、いつもは勤務時間終了後にタイムカードを打刻してすぐ帰るのに、夜勤の社員に見える共同のデスク(通常は書類置場になっている)に、問題集をわざわざ持っていき、自分のデスクでやっていたのと全く同じ格好で〝勉強頑張ってるアピール〟をするのである。
 そして、夜勤のおじさんたちに褒められると、嬉しそうに2オクターブ以上高い声で、

 茉莉花「国家試験受けるんですよぉ〜。この試験難しいらしいんですけどぉ〜。」

 ここまで毎日あからさまな〝勉強頑張ってるアピール〟が激しいと、さぞかし合格する自信があるのだろうと誰もが思うだろう。

 しかし、当日、試験会場で由希子は驚きを隠せなかった。
 
 この国家試験の試験会場は都市部にあるため、前日からホテルに宿泊し、翌日試験を1日受験して帰って来るのだが、その交通費と宿泊費は会社が全て負担してくれることになっていた。

 試験会場では当然、余裕な表情の茉莉花に会うだろうから、気づかれたら面倒なので、気づかないふりをしようと決めていた由希子だったが、そんな心配は全く必要なかったのである。なぜなら、

 試験会場に、茉莉花の姿は見当たらなかったからである。

 由希子は1箇所しかない大ホールの出入り口側の後ろの席だったので、試験会場全体が見渡せたし、もともと試験開始時間よりもずっと早く到着していたため、入室する人たちを確認する事ができたのだ。だから茉莉花が来たらすぐにわかったはずなのである。

 でも、茉莉花の姿は見当たらず、試験は始まった。

 由希子は昼ご飯の時も、終了後もしばらく出入り口を観察していたが、やはり茉莉花はいなかった。

 帰りの電車の中で、由希子は思っていた。

(あれだけの〝あなたと違って私は余裕ですマウンティング〟と〝勉強頑張ってますアピール〟をしておきながら、当日来ないってあるの?
 会社に言わなければわからないと思って、サボったってこと?会社には試験は受けたけど不合格だったといえば、わからないもんね。旅費だけもらって遊んでたってこと?
 それって、かなりのグレーゾーンですよ。業務上横○的な……。怖いから関わりたくない。) 

 その翌日の月曜日、茉莉花はまた休んでいた。
 試験も受けずに遊んでいたと思われるのに、仕事を休む気がしれない。でも、今回の休む一番の理由はおそらく、社員たちに試験の結果を聞かれるのが嫌なのだろう。なにせ、サボって受験してないのですから。

 茉莉花が試験会場にいなかったことは、芳本と太田に話したが、二人とも口を揃えて言った。

 「あいつならやりかねない。もう、社会人通り越して、人として終わってるよな。」

 茉莉花がその翌日出勤したときには、試験なんかなかったかのように、何事もない顔で大げさに仕事してるフリをしていた。まるで〝忙しいんだから、私に話しかけないでオーラ〟を出してツラっとしていた。得意の〝頑張ってますアピール〟もパッタリととまっていた。

 案の定、茉莉花は国家試験には合格していなかった。それはそうですよね、そもそも試験会場に行ってないんですから。

 だったらなおさら〝マウンティングとアピール〟必要なかったんじゃないですか?惨めになりませんか?

 その場の一時的な自分の承認欲求を満たしただけで、(実際、周りには承認すらされてないのにも本人は気づいていないが)それで本当に満足なんですか?そのための行動があまりにも幼稚すぎて、見てるこちら側がいたたまれない気持ちにすらなりますよ…。

 その後、茉莉花はレベルの高さについていけなかったのか、その国家試験を受験することは二度となかった。

 由希子はコツコツと勉強して、何回目の受験で合格した。表立っては公表していなかったのだが、所長とのやり取りで茉莉花は気づいているはずだ。その話になると、いつの間にかその場からいなくなっているのである。

 それにしても、申し込みの時にあれだけ〝ライバル視〟して聞いてきたくせに、合格したことは全く聞いてこないんですね?

 それはそうですよね。

 完全にわかりやすい結果で負けてますから。

 あなたの〝ライバル視〟していたおばさんに。

 茉莉花みたいにならないように、常に謙虚でいなければ、とあらためて思った由希子だった。

 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?