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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第10話「私ぃ〜メンタル弱いけど〇〇嫌いなんですぅ〜」

 茉莉花という人は事あるごとに、自分で〝メンタルが弱い〟と自慢気に主張する人物だった。

 由希子はその〝メンタルが弱い〟という茉莉花の言動に違和感しかなかった。

 なぜなら、茉莉花がその台詞を言う時は、大抵、メンタルが弱いと出来ないことを、〝メンタルが弱いことを理由にして〟主張してくるからである。

 もともと都合が悪くなると〝自分は病んでいるからやる気はあっても出来ない〟(第9話)という人物なのだから、それと同じ理由の一つとして〝メンタルが弱い〟も使っているのかもしれない。

 そして、そう言う事によって、皆んなが同情してくれると思っているようにも見える。(逆効果でしかないのだが。)

 特に由紀子が違和感を覚えた出来事がある。

 それは、ある日の終了ミーティングが始まる前、社員がデスクに数人戻ってきており、残り数人の社員を待っている時だった。

 茉莉花「藤(由希子)さんてぇ〜、負けず嫌いですよね〜。」

 また急になんの前触れもなく、茉莉花が由希子に向かって言ってきた。

 由希子「(また急に何言ってくるの?何の嫌がらせ?マウント?)……………。」

 由希子は怪訝に思いながら、黙ったまま首を傾げた。正直、聞き返すのも馬鹿らしいので、(なんかわけわからないこと、この人言ってるという目をしながら)由希子の右隣のデスクにいた太田に(第4話)目配せした。

 太田は由希子の言いたいことに気づいたのか、(相手にするな。)という目をして首を軽く振った。

 しかし茉莉花は、茉莉花の右隣のデスク(由希子の向かい側)に座っている、退職した石野(第4話)と同い年の年配契約社員、山川哲夫を巻き込み話しを続けた。

 茉莉花「私もぉ〜メンタル弱いけどぉ〜、負けず嫌いなんですよぉ〜。ねぇ〜、山川さん。」

 そう言いながら、山川のほうを見た。

 山川「ははは…。」

 明らかに山川は由希子のほうを見て苦笑いした。
 太田は死んだ目をして茉莉花を睨んでいた。

 山川は、石野よりもこの会社の勤務年数が長く、小柄ではあるが、年齢の割には体力があり、ある意味、正社員よりも技術もあるため、施設のメンテナンスを正社員の代わりにメインで行うこともある、ベテラン社員だった。

 結局、石野の退職後、太田がいない時は、茉莉花がズル休みする(第4話)たびに、代わりに茉莉花の担当の仕事をやらざるを得なくなっていたのは山川だった。

 山川は昔堅気の人物で責任感もあり、それほど口数が多い方ではないのだが、由希子が入社してしばらくたった頃、2人で仕事をしたときに、山川も例外なく現場で茉莉花のことを言っていた。

 由希子「飯田(茉莉花)さんって、私みたいに現場で仕事しないんですかね?私だって簡単な工具なら使えるんだし。」

 山川「あの子は無理だろ。見てたらわかる。」

 由希子「そうですか?でも20代なんだし、私より全然体力はあるでしょう?」

 山川「いや…。そもそもやる気ないからな。できる気がしないわ。来られたらこっちが迷惑だ。」

 由希子「確かに……。」

 由希子は山川の言う事に妙に納得した。

 仕事が大変な時に限って休む(第4話)茉莉花が、現場で汚れ仕事をするわけもないし、ましてや工具を使って作業するなんて、到底、考えられないからだ。

 あげく〝病んでる〟だの〝メンタルが弱い〟だの言われたら、山川のような職人気質の人間は、面倒で関わりたくないと思うのが本音であろう。

 そして、やる気もない上に緊張感もなく、ヘタに危険な現場に来て、怪我でもされたら困るからだ。

 〝夜の女性風〟(第8話)の外見からも、茉莉花はこの会社のお飾り扱いで、山川はすでに〝社員の頭数〟にすら入れてない様子だった。

 ある意味、人生経験がそうさせるのだろう。頭数に入れればムカつくだけだとわかっているからだ。

 由希子はその時、そんな茉莉花みたいにはならないようにしなければ、と心の中で思っていたのを思い出した。

 その後、社員が揃い終了ミーティングが始まった。その日の由希子の報告が終わったあと、茉莉花の言った言葉の意味を考えていた。

 (それにしても、茉莉花の〝メンタル弱いけど負けず嫌い〟とはどういう意味なのか。

 全く意味がわからない。

 〝メンタルが弱い人は、負けず嫌いになれない〟のではないだろうか。メンタルが弱いから、自分を責めて、自分はダメだと落ちこんでしまうと思うので、〝自分は負けず嫌いだ〟という発想にそもそもならないのではないか。

 〝メンタルが強い人なら、負けず嫌い〟と言っても話はわかる。メンタルが強いから、相手に負けたくなくて必死に努力して、相手より上回ろうとするのではないのか。

 茉莉花は、自分の言っていることの辻褄があっていないことに、なぜ全く気がつかないのか、不思議でならない。

 それとも、単純に私(由希子)に対する、〝私(茉莉花)の方が仕事が出来る〟という挑発なのか。

 それに、そもそも茉莉花が〝自分はメンタルが弱い〟と言うのは、自分の行動の〝何を指して〟言っているのかも疑問だ。

 〝メンタルが弱い人〟は、わかりやすいズル休み(第4話)を平気でしたり、翌日、堂々と何事もなかったように出勤し、これ見よがしに〝自分仕事出来ますアピール〟したり、新人社員の前で〝自分は先生と呼ばれてますアピール〟(第9話)は出来ないと思う。

 なぜなら、アピールするということは、ある意味〝自分に自信があるメンタルの強い人〟ということだと思うからだ。

 それまでの仕事に対する努力や実績に、裏打ちされた自信があるからこそ、そういう発言が初めて出来るのだと思う。

 しかし茉莉花は、誰もが空気を吸うように普通に出来て、アピールすらしないことを、あたかも〝物凄い仕事をした〟かのようにまわりに語り、〝仕事が出来る私をまわりが認めて当然〟と言わんばかりにアピールする。

 これがまさしく「井の中の蛙」ではないか。

 自分の仕事のレベルの低さに気づけずに、アピールすること自体の恥ずかしさに、全く気がついてないのだ。

 ただただ、大したことのない自分を、大きく見せてるだけで、実績もデータもエビデンスもない、〝自分が言ってるだけ〟の仕事出来るアピールをしているのだから。

 それでいて、所長や正社員に注意されると、〝とにかく私は悪くない、他の社員はやってないじゃないか、だけど私はちゃんとやっている。なのに、なぜ私が注意されるのかわからない。他の社員に注意すべきだ〟と反発し、腹いせに翌日必ず会社を休むのだ。(第4話)

 しかし、本当に自分だけキチンと仕事をしていたのかといえば、全く出来てないのが誰の目から見ても明らかで、〝その場しのぎ〟で自分は出来てると主張しているだけなのだ。

 茉莉花は、ただ〝注意された〟と言うことだけに執着し、ムカついて、反発しているだけで、仕事の内容を改善する気は全くないのである。

 それら行動や言動自体が、逆に「よほどのメンタルの強い人」でなければ出来ないことではないのか。

 結局、茉莉花が言っていることは〝自分が負けず嫌い〟は間違ってはいないが、〝メンタルが弱い人〟なのではなく、


 「メンタルが強い、
  仕事はしないくせに負けず嫌いで、
  アピールばかりするふてぶてしい人」

 
 というのが、周りで一緒に仕事をしている社員たちの見解なのである。

 だから頭の良い社員たちは、ムカついたとしても、口ばかりの茉莉花を、社員の頭数にすら入れないくらい、相手にしてないのである。

 さらに気になるのは、私(由希子)が負けず嫌いだと言うのは、何を指して言っているのか。

 一つ思い当たるのは、茉莉花が仕掛けてくる嫌がらせだ(第9話)。

 自分(茉莉花)がやってる嫌がらせで、失敗しない私(由希子)が〝負けず嫌いだ〟と言っているのではないだろうか。

 だとしたら、次元が低すぎて関わりたくない。
 仕事をなんだと思っているのだろう。
 やっぱり嫌がらせの手段ですか?(第9話))

 由希子は、茉莉花のくだらない話に、自分の貴重な時間を使わざるを得なかったことに、この上ない無駄を感じてならなかった。

 隣で太田が、目の前でまたミーティング中に爪切り(第8話)をしている茉莉花を見て、眉間にシワを寄せ、睨みつけていた。

 その姿を見ながら、茉莉花のように「井の中の蛙大海を知らず」を地で行く人間になってしまわないよう、常に広い視野をもち、自分の能力を過信せず、謙虚な姿勢で何事にも取り組まなければ、とあらためて思う由希子だった。

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