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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第11話「あなたの目は節穴ですね、〇〇が良いという言葉の意味わかってますか?」

 所長は茉莉花のことを〝デキてる〟からか(第5話)〝地頭が良い〟と言う。
 
 しかし由希子は、茉莉花が地頭が良いとはどう言うことを指すのか、疑問に思うのだ。

 なぜなら、茉莉花に〝物事を理解し吸収する、柔軟な思考力がある〟とは全く思えないからである。

 そもそも、地頭が良い子なら、難しい資格試験だって容易に投げ出さず(第6話)に、取得できるくらいの学力もそれなりにありそうなものだが。

 所長は、本当に下心で、茉莉花の〝仕事出来るアピール〟に単純に騙されていて、〝見抜く能力がない〟だけで、周りの社員たちは〝社員の頭数にすら入れないくらい相手にしてない(第10話)〟ことにも、気がついてもいないのかもしれない。

 茉莉花の方も自分にとって得になる人物に対しては、異常なくらいに執着し、取り入るために〝出来る社員〟を必死で演じる。

 つまり、誰でもわかることだが、会社では所長は〝役職的に得になる〟ということは理解している、ということだろう。

 しかし、得にならない人にはあからさまに横柄な態度をとるので、周りの社員には信用されないのは言うまでもない。

 それが、わかりやすいのは電話での対応である。

 基本的に茉莉花は電話番も兼ねており、電話に出るのが仕事でもあるのだが、事務所に誰か他の社員がいる時は、その〝誰か〟に電話に出ることをさせる。

 それだけでも、仕事放棄だと思うのに、近くに役所(仕事の委託元)の人や本社の偉い人が居る時などは、恐ろしいくらい高い声で、ハキハキと電話に率先して出るのである。

 これが、茉莉花なりの〝仕事出来るアピール〟なのだろうが、逆に、普段、そういう茉莉花にとって〝アピールしたい人〟が近くにいない時は、現場の社員が報告するのに茉莉花に電話すると、あからさまに面倒くさそうな低い声で対応する。

 ここまで対応が違いすぎると、周りの社員も事務所に居なくても、近くに誰が居るか、想像できてしまうぐらいのレベルなのである。

 ある日、朝一番に現場で太田(第4話)と由希子が仕事をしていたときの事である。

 作業の過程で、どうしても茉莉花の所で警報がなってしまう作業があり、茉莉花の担当デスクで警報の解除をしてもらわなければならないものがあったので、太田が作業開始前に茉莉花に電話をした。

 太田「(電話をしばらく鳴らした後)お疲れ様です、太田です。これから〇〇の作業をするので、警報が何度か鳴ると思いますが、問題ない警報ですので、解除お願いします。作業終了後にまた連絡します。」

 茉莉花「あぁ…。了解しましたぁ〜〜。」

 太田「……………。」

 太田は電話を切った後、不機嫌そうに言った。

 太田「ほんと、あいつ(茉莉花)だったら、感じ悪いよな。挨拶はしないわ、ダルそうに返事するわ。あいつ今、絶対、寝てたぞ。朝からムカつくわ〜。」

 由希子「そうですよね。私も〝お疲れさまです〟なんて言われないですよ。」

 太田「藤(由希子)さんもなんだ。」 

 由希子「はい…。それに私、お昼に毎日報告あるじゃないですか。その電話した時も寝てると思うんですよ。しばらく電話鳴らさないと出てくれないし、出たら明らかに寝起きのガラガラした声で、ダルそうに返事するんです。やっぱりあれは良くないですよね。」

 太田「そうなんだ。マジ、ムカつくんだわ!」

 太田はだんだん口調が荒くなってきて、さらに続けた。

 太田「それに、あいつ、近くに偉い人やお客さん(委託元)が居たら、すぐわからない?」

 由希子「すぐわかります。太田さんもわかりますか?」

 太田「(うなずきながら)やっぱり。あいつ、普段挨拶もしないくせに、急に普段出しもしない高い声出して〝お疲れさまですぅ〜〟とか言ってくるから、わかりやすすぎて、こっちが対応に困るくらいなんだわ。」

 由希子「わかります。急に甲高い声で、恐ろしいくらい饒舌になるんですよ。」

 太田「わかるわ〜。」

 由希子「だから、太田さんがギャップについていけない気持ちわかります。それに、私には悪意みたいなのを感じるんですよ。」

 太田「どんな?」

 由希子「私の仕事ではないのが明らかなのに、そんなの近くにいる偉い人は、わからないじゃないですか。だから、急に〝あそこ壊れてるかもしれないんで、点検しといて下さいね〟とか言うんですよ。なんか私を〝自分のアピールの踏み台〟に使ってくるというか…。」

 太田「そうだったんだ。あいつだったら性格悪いな。」

 由希子「相手にしないようにしてるんですが、本当に壊れてたら困ると思ったんで、一応、その時、山川さん(第10話)に聞いたんですよ。」

 太田「で?」

 由希子「そしたら、山川さん、そんな所点検するような場所じゃないから、気にするなって…。〝あの子(茉莉花)がわかってないだけだから、俺から言っとくわ〟って言ってくれたんで助かりましたけど。」

 太田「ほんとあいつだったら、わかんないとおもって、嫌がらせしてきたんだな。性格悪いわ。そして、近くにいる偉い人にもアピール出来て、さぞかし満足なんだろうな!馬鹿らしい。」

 由希子「太田さんには言いますけど、私にはほんとに感じ悪いんですよ。女だからライバル視してるんですかね?」

 太田「よくわかんないけど、うちの嫁も同じような文句よく言ってるから、それもあるかもね。それに、こないだ自分で言ってた、メンタル弱いけど負けず嫌い(第10話)だから?とか。俺にはこいつ(茉莉花)何いってんだ、頭おかしいとしか思えなかったけど。」

 由希子「正直、面倒なんですよね。なんでシンプルに仕事に集中しないんですかね?自分の仕事をキチンとしていれば、他人のことなんてどうでも良くないですか?指示を聞かないならわかるけど。いちいち絡んでくるから嫌なんですよ。」

 太田「確かに。藤さんはあいつ(茉莉花)が出来ない現場仕事やってるからな。うちの嫁だって、絶対出来ないと思うけど、良くやってると思うよ。
 だから〝もう初めから負けてるのに、負けず嫌い出してくる〟んじゃないかな?(笑)」

 由希子「そうですかね…。私、こう見えても、車のレーダーとかヒューズBOXから線引いたり、オーディオとかナビゲーションとかも自分で内張り剥がして、交換したりぐらいはするんですよ。だから、工具とかもあまり抵抗なく使えるっていうのもあるんだと思うんですけど。
 でも、そもそもあの子(茉莉花)が比べる次元でもないと思うんですよ。与えられた役割が違うんだから。勝手にライバル視してくるというか…。」

 太田「えぇ〜!そうなんだ!車自分でイジるんだ、意外!だから、汚れ仕事とか平気なんだ。もしかしたら、あいつ(茉莉花)そういう勘だけはあるんじゃないの?〝地頭が良い〟みたいだからさ、大事なところには使わないくせに。所長もどこに目をつけてるんだか全くわからないよな。」

 由希子は、太田が茉莉花に対する嫌味だけではなく、所長にも言っているとすぐにわかった。

 そんな話をしながら朝一の作業を終え、太田がまた茉莉花に電話をかけた。

 茉莉花「(呼び出し音鳴ってすぐ)お疲れさまですぅ〜〜!(甲高い声)」

 太田「(!!)あっ?お疲れさまです…。作業終わりましたので、この後は警報は鳴りませんので、お願いします……。」

 茉莉花「了解しましたぁ〜。もう作業終わったんですね。お疲れさまでしたぁ〜!(さらに甲高い大きな声)こちらも確認しておきますねぇ〜!」

 太田「……………。お願いします…。」

 太田は眉間にシワを寄せ電話を切った。

 太田「藤さん。確か今日、朝のミーティングで所長が部長来るって言ってたよね?」

 由希子「あぁ、そういえば、午前中に来るって言ってましたね。」

 太田「多分、今来てるわ、部長。」

 由紀子「えっ?わかるんですか?」

 太田が怪訝そうな目をして言ったが、次の瞬間、由希子は気付いた。

 由希子「もしかして、またあの子(茉莉花)急に甲高い声でハキハキ話してました?」

 太田「そのとおり!」

 由希子「あー、間違いないですね。今、一度事務所に戻る用事あるので、行って戻ってきますね。」

 由希子は忘れた現場で使う書類があったので、急がなかったのだが、部長がほんとに居るのか確かめたい気持ちもあり、取りに行った。

 案の定、部長が来ており、茉莉花は〝仕事忙しいアピール〟をこれ見よがしにしていた。

 由希子「お疲れ様です。」

 いつものように事務所に入った。
 
 茉莉花「お疲れさまですぅ〜。今日は外、暑かったですよねぇ〜!(甲高い声)」

 由希子「……………。」

 茉莉花が1人のときには〝絶対に言わないこと〟を平気で言ってきた。
 普段は〝お疲れさま〟も言わず、だらしない格好で、上から下までこちらを見て睨んでくるくせに。

 由希子は気づかなかった振りをして、書類を持ち、部長に一礼して事務所を出た。

 現場に戻る途中、由希子は思っていた。

 (このあからさまな態度の違いは、一体何なのだろうか。これが〝地頭が良い〟行動なのだろうか?

 そもそも、地頭の良い人であれば、仮に裏表のある人間だったとしても、職場にいる間だけでも、誰に対しても敵を作らず、完璧に演じるはずである。

 むしろ、プライベートで犯罪以外のどんなことをしてようとも、勤務時間中に仕事さえキチンとしてくれれば、関係ない。それこそ、勤務時間外に裏の顔を出せばいい。

 だからこそ、周りの社員に容易にわかってしまう演技力では、とうてい〝地頭が良い〟などとは言えないのではないか。

 茉莉花の行動は、逆に〝地頭の悪すぎる人〟の行動ではないのか。)

 由希子は現場で太田と合流し、推察通り、部長が来ていたことを話した。

 太田「やっぱりね。わかり易すぎるんだわ。あれで、他の社員がわからないとでも思ってるのかな。人によって態度を変える、信用できない奴だって皆んな思ってるだろ!」

 由希子「ですよね…。なんか、逆に哀れにすら感じますよ、私は。所長も所長だし。ほんと、あの子が〝地頭が良い〟ってよく言えますよね…。」

 太田「同感!所長はもうあいつ(茉莉花)に手をつけちゃった(第5話)から後戻り出来なくて、気づかない振りしてるだけかもよ!」

 由希子「確かに。」

 そんな会話をしながら、太田と由希子は次の現場へ向かった。

 結局のところ、茉莉花のように自分の得になる人だけにアピールする前に、シンプルに自分の与えられた仕事を、誠実に全うすることが出来なければ、そもそも〝地頭が良いか悪いかということ自体を、判断することは出来ない〟のではないか、と思う由希子だった。

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