失われた記憶を取り戻すために
大学1年生の春休み、私は同級生と2人で京都と大阪に行った。
京都は伏見稲荷、大阪は道頓堀やあべのハルカスなどを訪れた。……ことしか覚えていない。
私はなぜか、あの時の旅行の記憶がすっかり抜け落ちている。
断片的な記憶はある。大阪に初めて着いて最初に足を運んだ天王寺。お昼に食べた串カツ。ホテルの夜景。あべのハルカスのトイレ。伏見稲荷の鳥居の中で写真を撮ったこと。
けれども、そこまでの道中を全く覚えていない。
一緒に行った子があまりに関西に詳しく、全てアテンドしてくれたからだ。
私が迷う余地もなく「次はこの電車に乗って」「ここを曲がると天王寺で」と、その子は歩みを進めた。私は文字通り、着いていくだけだった。
だから今日、伏見稲荷大社に行ったとき、入り口を見て驚いた。こんなに駅から近くだったっけ。本当に何にも覚えていなかった。
きょう早朝、夜行バスで京都駅に降り立った。
外はまだ薄暗い。雨上がりだからか、空気はひんやりして気持ちよかった。
早朝はどのお店も空いていない。せっかく京都に来たんだから、と、24時間空いている伏見稲荷大社に行くことにした。
始発の電車を待つ時間、トイレで洗顔と化粧を済ませて、30何番線まであるJR線に驚きながら9番線へと急いだ。
稲荷駅に降りると、始発にもかかわらずそれなりに観光客がいた。ほぼ外国人。きっと、「伏見稲荷は朝がいい」とかパンフレットに書いてあったのだろう。
千本鳥居までの道のりは、私はやはり何も覚えていなかった。鳥居のところはかろうじて覚えている。何度も写真で見たから。
千本鳥居は山の奥まで続いていて、全て網羅しようとすると2時間ほどかかるらしい。
せっかく来たし、まだ時間はたっぷりある。前回は行けなかった山の奥まで行ってみよう。
山の奥に続く鳥居は、早朝の暗闇でどこか不気味に見える。隣には川のせせらぎ。上にはカラスの鳴き声。周り一帯は緑。久しぶりに自然の中に入った。
分かれ道に入ったところで山を下った。下りの坂道はまるで裏路地のようで。尾道の坂を彷彿とさせた。伏見稲荷の復路はこんな風だったなんて、知らなかった。いや、またしても覚えてないだけかもしれない。
いずれにしても、新鮮な気持ちで観光できた。私の記憶が本日また、上書きされる。
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