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『宇宙からきたアーノルド』


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うわさのおばけトイレ

給食が終わってみんなが外へ遊びに出てしまった教室は、しんと静まりかえっていた。

「ぼくだって サッカーしたいけど・・・・・」 

ゆうたは、つきあたりにあるトイレのドアをにらみながらつぶやいた。

「神様神様、おなかいたいの、なおりますように」

目をぎゅっと閉じて、ゆうたはいのった。こんなとき、三年生のゆうたには、席にうずくまってじっとしていることしかできない。学校でうんちをすることは、それだけ勇気のいることだ。

(もし、だれかが通りかかったら……。)

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そう思うと、どうしてもあと一歩がふみ出せない。トイレに入っていく勇気が出ない。先週も、同じクラスのひろくんが六年生たちのトイレの前でケンちゃんとはちあわせをして、「うんこたれ」とあだ名をつけられたばかりだ。

「うんこたれ」なんてよばれたら、ぜったいに教室になんて入れない。

(学校でうんちをするのだけは、ぜったいにいやだ)ゆうたのおなかは、必死にたたかっていた。

(もうちょっといたみがおさまれば、なんとか がまんできそう…かな。)

ふっといたみが軽くなった気がして、そう思った。そのとたん、ゆうたの心の声が聞こえてしまったかのように、おなかのぎゅうぎゅうするいたみは、さっきよりもいっそう強くなって、ゆうたにとどめをさした。

(もう、だめ)

おなかがげんかいにきたゆうたは、わき目もふらず、いちもくさんにトイレへ走った。頭の中は真っ白だ。

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かけこんだトイレには、さいわいだれもいなかった。
神様は、ゆうたの味方だ。
ほっとしたのもつかの間、おなかはまた キリリといたんだ。
 ゆうたはかくれるように、おくの空いている個室にとび込んだ。
「おくの個室に入ろうとした一年生が、おそろしいさけび声を聞いたんだぜ……」
そういえば、ここはケンちゃんがうわさしていたおばけトイレであることに気づいたのは、ゆうたのおしりがはっしゃじゅんびに入ってからだった。    
もう おそい。

いっしゅん、おばけのことが頭をよぎったが、ゆうたは、おなかにこめた力をゆるめることができなかった。 


「はあー」
 大きなばくだんをおなかからすっかり出してしまうと、ゆうたはほっとして深いため息をついた。
「おなかがいたくて、死ぬかと思った。」
 ひたいには、全力走のあとのように大つぶのあせが光っている。
 おなかのいたみがすっかり消えてしまうと、ゆうたはこのトイレのこわいうわさをはっきりと思い出した。いまさらながらこわくなっておそるおそるズボンをはくと、ゆうたは息をひそめてまわりのようすをうかがった。
トイレには物音一つしない。

やっぱり、トイレにはゆうたしかいないようだ。

ゆうたは、こんどこそほっとむねをなで下ろした。

「トイレにはだれも入ってきてないみたい。よかった。おばけも昼間は明るくて出てこられないにちがいない」

 そう自分に言い聞かせ、いっそう安心したゆうたは、気を取り直して右にある流水レバーを大」の向きにいきおいよくひねった。
 そして、安心してとを開けようとしたそのときだ。
 「ちょいと待つんじゃ!」
 ゆうたの上から大声が降ってきた。

びっくりして手を引っ込めたゆうたは、いきおいあまってとびらにぶつかった。
ドサドサドサッ。
ぶつかったひょうしに、上のたなからトイレットペーパーが三つ落ちてきて、ゆうたの頭をちょくげき。
「いっ、いってえ」
 頭を打ったことにムカッとして、思わず大声を上げたゆうたは、見てしまった。
 
 たなの上、二つならんでいるトイレットペーパーのうちの一つが、コトコトコトコト・・・。音を立てながら左右にゆれているではないか。

ゆうたの顔から、一気に血の気がひいた。

「お、おばけのトイレっ!」

 大声でさけんだつもりだったのに、声は出なかった。両足はがくがくとふるえて、立っていられない。
 さらにおどろくことに、そのトイレットペーパーはゆうたに話しかけてきた。
 「おまえさんには、ねんりょうを分けてもらったのじゃ。礼の一つも言わせてほしいのう」

 ゆうたはもう、こわくてゆかにすわりこんだ。ドアを開けたくても、ゆうたの右手はとびらをガタガタとゆするばかり。

 (お、おばけにころされるっ!) 

ゆうたは、からだを小さくかがめて目をきつく閉じた。


しかし、しばらくたっても相手はこうげきしてこなかった。
どうやら、このトイレットペーパーには、ゆうたをいじめる気はないらしい。
おそるおそる、ゆうたは顔を上げた。

あのトイレットペーパーは、いつの間にかゆうたのわきに下りてきていた。 「とつぜんおどろかせてすまなかった。おまえさんが来てくれたおかげで、ようやくアーノルドのねんりょうがえらえた。」

 ゆうたには、トイレットペーパーの言っていることがよくわからなかった。
 ゆうたがふしぎそうな顔をすると、さっきまでゆうたのすわっていたクリーム色の洋式トイレのふたが大きく開いて 上下に動いた。

「うわっ!」

ゆうたは飛び上がって、こんどはかべに頭をぶつけた。
しゃべるトイレットペーパーに、動くトイレ。やっぱりここはうわさどおりおばけトイレだったんだ。
トイレットペーパーは、ゆうたにかまわず続けた。
「アーノルドのやつ、おまえさんにお礼をしておるんじゃよ。」

ゆうたは、いっそうわけがわからなくなった。ねんりょう?しゃべるトイレットペーパー?アーノルド?お礼?

ゆうたにはわからないことだらけだ。

「どういうこと?ぼくにお礼って、よくわかんないよ。」

ゆうたは、まだズキズキしている頭をさすりながら言った。このトイレットペーパーは、おばけにはちがいないけれど、話をしてもこわいとはまったく感じなかった。

「話せば長くなるのだが…。わしらの話を聞いてくれるか」

 トイレットペーパーは、体をくねらせてゆうたのようすを感じ取ると、静かに自分たちのことを語り始めた。

 五時間目のチャイムが遠くで鳴っていたが、ゆうたは聞こえなかったことにした。


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 わしの名前は、バ・ダブラ。この地球から三十八万光年はなれた星からやってきた。
 そもそもわしは、太陽のうら側にある小さな星におつかいに行くところじゃった。新型宇宙船「アーノルド」といっしょに。

 アーノルドは、わしが最近完成させた宇宙船の名前じゃ。自分の意思を持ち、ねんりょうは今までの宇宙船の半分ですむ。なんともすばらしいわしの大発明じゃ。

 さらにアーノルドは、生まれながらに自分のゆめを持っていた。アーノルドは完成したとたん、そのゆめをかなえるため、わしといっしょにおつかいの旅に出たいと言いおった。だからわしは、アーノルドの完成を祝って、初めての宇宙飛行に出ることにした。

 しかし、この天才バ・ダブラ様が設計したにもかかわらず、アーノルドはノーテンキなせいかくじゃった。初めての宇宙飛行がうれしくて、あちこちより道をした結果、ねんりょうがなくなってしまったのじゃ。

 わしは困り果てた。おつかいどころじゃない。このままではふるさとの星へも帰れない。

 すると、アーノルドがとつぜんくるりと方向を変えた。今まで目印としていた太陽のかがやきにせを向けて、反対の方角にある水色の星へむかって直進を始めたのじゃ。

 その水色の星が、この地球じゃった。

 いま考えると、アーノルドのやつは自分のねんりょうがこの星にあることを知っていたのかもしれない。さすが 天才バ・ダブラ様に似て、なんとも頭の良いやつよ。

 アーノルドとわしは、地球におりると、しばらく青い海の上をただよった。ぷかぷかと寄せては去ってゆく波の間はとても気持ちがよく、うかんでいるといやなことなどぜんぶわすれてしまいそうだった。わしもアーノルドも、宇宙をぶっ飛ばしてきたことをわすれて、すっかりねむりこんでしまった。

 アーノルドのやつがからだをゆらすものだから、ふるさとのゆめを見ていたわしは ぼんやりと目を開けた。
 するとそこは、さっきまでただよっていた青い海の上ではなかった。アーノルドとわしは、白いすなはまにたどり着いた。
 わしはアーノルドと二人、見知らぬ星の見知らぬ海をただよい、ついには見知らぬ土地へ流れ着いたのじゃ。


 アーノルドを起こすと、わしはまずこしょうがないか調べた。さいわいこわれたところはなく元気はありそうだが、やはり、もうこの星から飛び立てるほどのねんりょうは、アーノルドに残っていなかった。

 (この星で、ねんりょうをさがすかのう?)

 力なくアーノルドにたずねると、やつはからだを大きくゆらした。
わしらはしかたなく、この星でアーノルドのねんりょうを探すことに決めたのじゃ。



「それで、アーノルドってもしかしてこのトイレのこと?」
バ・ダブラの話を、むずかしいながらもしんけんに聞いていたゆうたは、ずいぶん落ち着きを取りもどしてたずねた。
 ゆうたの声にはんのうして、目の前にある洋式トイレのふたが上下にゆれる。
 さっきゆうたが用を足した、あのトイレだ。
「これが、本当に宇宙船なの?」
 ゆうたにはちょっと信じられない。本やテレビで見たことのある宇宙船とは、似ても似つかないすがたをしている。

「アーノルドのすがたが、この星のトイレにひじょうに良く似ていたから、わしらはいままで無事に来られたのじゃよ。」
バ・ダブラは話を続けた。


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 すなはまにたどり着き、アーノルドのねんりょうを探すことにしたのはよかったが、さて。これからどうすればいいのか わしはしばらく考えた。当のアーノルドは、まるで歌を歌っているかのように燃料タンクのふたを上下にゆらすばかり。
 まったく、心底陽気なやつよ。
 わしは、アーノルドをうらやましくながめた。自分がいっしょに行きたいと言ったくせに、計画していたおつかいも果たせず、少々不満のたまっていたわしには、アーノルドはなんとも理解のしがたいやつじゃった。
アーノルドのようすに、わしがまたため息をついた。と、そのとき、背中に何者かの気配を感じた。
「○▲※Φ≠§∞」
「ΣΨδ」
ふり返ると、地球の人間たちだった。わしは、アーノルドについている[自動ほんやくそうち]のレバーをひねった。

「○▲※なんだろう」
「ΣΨ・・・あれ、トイレじゃない?」
二つのかげがわしらの方へ近づいてきたので、わしはアーノルドのふたにかくれた。

「先生~。こんなところに、トイレが落ちてまーす」

一人がさけぶと、さらに大きなかげがやってきた。
「まったく。すなはまにこんなものをすてるなんて。ゆるせない」
「海がよごれちゃうじゃない」
「学校まで運ぼうか」
「向こうからリヤカーをとってこよう」

三人は話し合うと、アーノルド(とアーノルドにかくれているわし)をすなはまから運び出した。


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「で、運ばれてきたのが、この学校だったってこと?」

先月、学校じゅうで行った海岸そうじのことを、ゆうたは思い出した。
 トイレとしては新品同様に見えるアーノルドは、きっとまだ使えるものとして、学校の洋式トイレにリサイクルされたにちがいない。
 それにしても、トイレの形をした宇宙船と、トイレットペーパーの形をした科学者なんて。
ゆうたはもう一度、このきみょうな二人をじっくりとながめた。

「ここに運びこまれてから、アーノルドはトイレとしてかくれることができた。さらに幸運なことに、学校には図書室という便利な場所があった。調べてみると、アーノルドのねんりょうに必要なさんそやすいそやちっそ、び生物などの量がちょうど良くふくまれているのが、この星に生息している人間のうんちであることがわかったのじゃ。」

 バ・ダブラはちょっと得意げに言ったが、三年生のゆうたにはちょっとむずかしかった。

「ようするに、アーノルドのねんりょうには、うんちが一番いいってこと?」 

 バ・ダブラはうなずいた。
「アーノルドがこの星でねんりょうを集めやすい形をしていることは、わしの天才的せっけいのたまものじゃった。しかし…」

バ・ダブラは顔を少しくもらせた。

「ここにこうしてかくれていれば すぐにでも貯まると安心していたねんりょうも、なかなか思うようには集まらなくてのう」

バ・ダブラはため息をもらした。
「この学校にくる子どもたちは、どうして うんちをしないんじゃろう。ここに来てから、アーノルドにねんりょうをくれたのは、ゆうたどの一人じゃ。なぜなのじゃ」

バ・ダブラは首をかしげた。
「だって」

ゆうたは言った。

「学校でうんちをするなんて、はずかしいんだよ」

きっと、そう思っているのはゆうただけではない。クラスの友だちも、口には出さないけど、心の中で思っているにちがいないことだった。

「それに、おばけのうわさもあったし…」

でも、これはアーノルドたちのことにちがいない。バ・ダブラは、ゆうたの言葉を聞いて目を丸くした。

「学校でうんちをすることが、どうしてはずかしいのじゃ。みんな、食べ物を食べたら、いらないものは出す。これは宇宙にいる生き物すべてに共通する仕組みのはずじゃが…。それなのに、どうしてはずかしいのじゃ?わしにはわからん」

 バ・ダブラは、ゆうたの顔をのぞきこんだ。アーノルドも、ふたを開け閉めするのを止めてゆうたの言葉を待っている。

考えてみたけれど、ゆうたにもその理由の本当のところはわからない。

「学校でうんちをしたことがみんなに知られたら、さわぎたてられていやな気持ちになるんだ」

ゆうたは、自分の気持ちに一番近いことばをさがした。

バ・ダブラはアーノルドの方をふり返る。

「どうして、みんなにさわぎたてられるのじゃ。みんな、うんちはするじゃろ?」
バ・ダブラは、まったく理解できずに苦しんだ。アーノルドも、ずいぶんおとなしくなってしまった。

「でもまあ、ゆうたどののおかげで一歩前進じゃ。この調子でまだまだねんりょうを集めるぞ、アーノルド。」

頭の中のぎもんをふりはらうように、バ・ダブラは顔を上げた。
アーノルドは、ふたを大きくゆらした。

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アーノルドのすがたを見つめながら、ゆうたはバ・ダブラの言ったことを考えていた。
 ゆうたにも、バ・ダブラの言うことはりかいできる。
バ・ダブラの言うとおり、人間はみんなごはんを食べるし、当然うんちだってする。
 それなのに、学校でうんちをすると、どうしてさわぎたてられたりするのだろう。

 さわぎたてる人だって、うんちをするくせに。
 ゆうたは、いっしょうけんめい考えたけれど、学校でうんちをすることがはずかしい 本当の理由はわからなかった。

 けれど、いまさっきゆうたがアーノルドにうんちをしたことを、はずかしいと思っていないことだけはたしかだった。

 あんなに苦しい思いをして外へ出したうんちだったけど、アーノルドにとっては大切なねんりょうになっている。
 とても小さなことだけれど、アーノルドとバ・ダブラが喜んでくれたことは、ゆうたにはとてもうれしかった。お礼を言われるのは照れくさいけれど、ちょっと自分がいいことをしたように感じた。

「ふるさとの星へ帰るには、あとどのくらいのねんりょうが必要なの?」
ゆうたは、バ・ダブラにたずねた。
「うむ。ざっと見たところ、さっきゆうたどのがくれた燃料の100倍ってとこかのぅ。」
バ・ダブラは、トイレットペーパーのような体を回して数えた。
これにはゆうたも、目がくるくると回った。
「ひ、100倍!ぼく、そんなにうんち出ないよ。」

二人がそろってふるさとへ帰るためには、まだまだまだまだ、ねんりょうとなるうんちの量は足りない。それでなくても、学校でうんちをする人は少ないというのに。

このままのペースだと、ゆうたが大人になっても、アーノルドたちは自分の星に帰れないんじゃないだろうか。ゆうたは本気で心配になった。

「よし、みんなにアーノルドでうんちをするようよびかけてみよう!」

ゆうたは二人に言った。

「バ・ダブラたちに会って、トイレにはおばけはいないことがわかったから、きっとだいじょうぶだよ。うんちが二人の役に立つのなら、ぼく、トイレに来るのをはずかしいとは思わないよ」

それは本当だった。

ねんりょうをいっぱいに積んだアーノルドが、楽しそうに宇宙を飛ぶようすをそうぞうすると、うんちをするのがはずかしいだなんて、なんだかくだらないことに思えてきたのだ。


たくさん食べて、たくさん出そう

次の日、ゆうたはさっそくポスターを作った。

「トイレでうんちをしましょう」

画用紙にことばをそえると、アーノルドの絵をクリーム色のクレヨンで大きくかいた。

そうして出来上がったポスターを、ゆうたは教室の後ろにはりつけた。

クラスではみんなおおさわぎ。

「いったい、なにがあったの」「ゆうたのやつ、何をやっているんだ?」

クラスのはんのうは、ゆうたをからかうものも多かった。でも、不思議とゆうたには気にならない。


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アーノルドたちを救うためだから。アーノルドたちをふるさとの星へ帰らせてあげたいから。

休み時間のたびに、ゆうたはアーノルドのところへ行って、思いっきり息ばった。

「気持ちはありがたいが、いくらなんでも、一日にそう何度もでないじゃろう」

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図書室にしのびこんでは、人間の体のしくみを勉強しているバ・ダブラは、ゆうたの行動におどろいた。
 給食の時間には、ゆうたはおかわりを三ばいした。きらいなピーマンもにんじんも、がまんして全部口の中へ放り込んだ。
 (みんな、アーノルドが帰るためのねんりょうになるんだ)
 そう思うと給食を残すわけにはいかなかった。

ここでも、クラスじゅうがとてもびっくりしている。
 「ゆうたくんがきらいなにんじんを残さず食べちゃった。」
 「おかわり、三ばいしたよ。」
 「ゆうたくん、いったい今日はどうしたの?」 

 しまいには、たんにんのみどり先生もびっくりした顔でゆうたにたずねた。
(ぼくが給食を残したら、その分アーノルドのねんりょうもへっちゃうんだ。だから、ぼくはいっぱい食べないと。おつかいのとちゅうで地球に来ることになってしまったバ・ダブラとアーノルドを、無事にふるさとの星へ帰らせてあげるんだ)

ゆうたの心には、いつのまにかそんな強い気持ちが広がっていた。

ゆうたのそんな思いが伝わるからだろう。アーノルドも、ゆうたがやってくると とてもうれしそうにふたをパカパカッと開けた。

ゆうたがいきばっても うんちがでない。そんなときでも、アーノルドはふたを大きく広げて ゆうたに「ありがとう」と伝えてくれる。ゆうたが算数の宿題を忘れてトイレにかくれようとしたときも、アーノルドはふたを開けて、元気づけてくれた。

「アーノルドは、ゆうたのことが大好きなのじゃよ。」
バ・ダブラは、わり算を教えながら ゆうたに言った。
「アーノルドは、わしににて頭の良いやつじゃからのう。ゆうたが自分のためにがんばってくれていることが良くわかるから、すごくうれしいんじゃ」

バ・ダブラにそう言われて、ゆうたのほっぺは赤くなった。

「ぼくも、アーノルドとバ・ダブラのこと、大好きだよ。」
「うんうん。ちゃんとわかっておるよ。」
バ・ダブラは しっかりとうなずいた。



ゆうたは、それからも毎日欠かさずアーノルドでうんちをした。
毎日学校でうんちをするようになって、ゆうたは自分の体が前と変わってきたことに気がついた。
まず、授業中におなかがいたくなったり、ねむくなったりすることがなくなった。
研究熱心なバ・ダブラによると、
「人間の体は、食事を取り入れておなかの動きが活発になったときに うんちをきちんと出すと、とても健康に良いのじゃ。頭の働きもずいぶん良くなるぞ」
ということだ。

(たしかに、きのうの算数の宿題は一つも間違えずに丸をもらえたなあ)ゆうたは思い出した。

「それに、今までがまんしていたうんちを、学校でいつでも出せるようになって、ゆうたの心も ほっとしているのじゃ。うんちをがまんするなんて、心にも体にも良くないことなのじゃよ」

バ・ダブラは、ゆうたに言いきかせた。  

もし、あの昼休みにバ・ダブラたちに出会えなかったら、ゆうたは今でも 学校ではトイレに行くのをがまんして、うんちをしないように努力しただろう。それがたとえ自分の心と体にとって良くないことであっても。

 (ぼくは、バ・ダブラとアーノルドに助けてもらったんだ)
 ゆうたは気がついた。

 自分がアーノルドたちを助けてあげているつもりだったけれど、実はゆうたのほうこそ、バ・ダブラとアーノルドのおかげで 心も体も、元気になれたのだ。

 「でも、学校でうんちをしない クラスのみんなはどうなんだろう。」
 ゆうたは心配になった。
 

 「みんな、自分の体と心にずいぶんと良くないことをしていると わしには思えてならないのぅ」

 バ・ダブラは悲しそうに言った。

 「ほんとうに、ここのトイレはさみしい。みんな、たまにやってきても 手前で用足しを終えてしまうからのう。みんな、いつどこでうんちをしておるのか。わしゃ、とても心配じゃ」 
 確かに、ゆうたは毎日ここへ来ているけれど、他の人には会ったことがない。
いつも同じ時間に学校に来て、同じ給食を食べるみんなは、どうしているのだろう?
 ちゃんと うんちをしているのだろうか?


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「おい、ゆうた。おまえ毎日毎日 休み時間にトイレでふんばってるらしいな」
教室にもどると、ゆうたはケンちゃんに呼び止められた。
「男のくせに、大きい方のトイレに入るなんて はずかしいんだぞ」

バ・ダブラと話をしたあとだったから、ケンちゃんの言っていることが的外れで、ゆうたにはおかしかった。

「でも、大きい方のトイレに入らないと うんちできないよ。どこですればいいの?」
ケンちゃんは、口をおさえて笑った。
「うっわー。こいつ、学校でうんこしてやんの。くせえくせえ。はずかしー」

ケンちゃんは、鼻をつまんでゆうたを遠ざけた。
ゆうたもだまっていられない。

「でも、ケンちゃんだって うんちはするでしょ?ごはんを食べるんだもの。どうして学校でうんちをすることがはずかしいのか、ぼくにはわからないよ」
ゆうたは、自分の正直な気持ちを言った。


ケンちゃんは まだ笑っている。
「はずかしいに決まってるだろ。うんこしたら くっせえんだぞ。そのにおい、あっちこっちにばらまくんだぜ。すげぇはずかしい。」
「けんちゃんだって、うんちをしたあとはくさくなるんだよ。ぼくだけじゃないよ。」
ゆうたも負けない。
「おれ、うんこしないもん。一週間に一回しかしない。するときは家のトイレに入るし、うんこしたあとは におい消しのスプレーいっぱいかけてにおいを消すから、おれはくさくない。だからはずかしくないんだよ。わかったか、うんこたれ」

ケンちゃんは、フンと鼻を鳴らすと ゆうたに背を向けて自分の席へもどった。
ゆうたの心に、はい色の雲が広がった。
「ゆうたくん、だいじょうぶ?」
ふり返ると、ひろくんが立っていた。

「ケンちゃん、今日はきげんが悪いんだよ。気にしない方がいいよ」
ひろくんは、ゆうたのことを心配してくれている。
「ありがとう」
ゆうたは、ひろくんに話しかけた。

「ねえ ひろくん、ひろくんはもう 学校でうんちをしてないの?」
ひろくんは、ゆうたのしつもんに目をそらした。

「この前までは ぼくが〈うんこたれ〉って言われたから。あれ以来、学校ではしてないよ。給食もあまり食べないようにしているし」
ひろくんが 今日の給食を半分以上残していたことを、ゆうたは思い出した。

「ゆうたくんはどうなの。おかしなポスター作ったりして。最近はゆうたくんが〈うんこたれ〉って呼ばれてるんだよ。」
ひろくんの話を聞いても、ゆうたは それほどいやな気持ちにならない自分に気がついた。
「でも、ケンちゃん ほんとに週に一回しかうんちしないのかなあ。ぼくなんて一日に二回も出ちゃうのに。給食、ケンちゃんは残さず食べてるよね」

つぶやきながら、ゆうたは給食のときのケンちゃんの様子を思い出してみる。
「ケンちゃん、一日一回しかごはんを食べないらしいよ。お父さんもお母さんも仕事がいそがしくて、朝も夜もごはんを作れないみたい」
ひろくんは教えてくれた。
「給食しか食べないから、うんちが出ないのかもしれないね。」
「でも、うんちしたい人には、がまんしないって大切なことだよ。ケンちゃんにもわかって欲しいなあ」
バ・ダブラに教わったばかりのことを、ゆうたは口に出した。
「ぼくもそう思う」
ひろくんもうなずいた。


オムレツ大作戦


六時間目の授業が終わると、ゆうたはいつものようにアーノルドのところへ行った。
そうじの時間は 二人ともおとなしくしているようで、バ・ダブラは新しいトイレットペーパーの山にうもれ、アーノルドはブラシでみがかれて ピカピカ光っていた。
ゆうたがバケツを台にして、たなの上からバ・ダブラを引っぱり出すと、バ・ダブラは 大きなあくびをした。
「おお、今日も一日終わったかね。」
ゆうたは、昼休みに起こったことを バ・ダブラに話して聞かせた。
バ・ダブラは、ゆうたの話をじっと聞いていた。
ケンちゃんの言っていたことは、ゆうたにとってもおどろくことが多かったけれど、ゆうたがバ・ダブラに答えられなかった「どうして学校でうんちをすることが、はずかしいのか。」という質問への、ケンちゃんなりの答えだった。
バ・ダブラは、ゆうたの話が終わると、
「そいつは、やっかいかもしれん。」
きびしい表情でそう言った。
「わしも、ゆうたが授業に出ているあいだ、いろいろと勉強をしてきたが、そのケンちゃんとやらの体が心配じゃ。」
バ・ダブラは自分の体から、紙をするりと一枚取り出した。
「一日に給食だけとして約五百キロカロリー。基礎代謝を入れて計算すると総需要カロリーは……。」
なにやら、ゆうたには難しい言葉が続く。アーノルドは、紙に難しい計算をしている。
「うーん。やはり、ケンちゃんはこのままでは良くないようじゃ。うんちをがまんする以前に、食べる量が全く足りない。このままでは、そのうち病気になってしまうぞ。」
ゆうたは、胸がドキッとした。
いつもみんなの先頭になって遊んでいる 元気なケンちゃんが 病気になっちゃうなんて、信じられない。
さっきは、あれほどばかにされたけれど、ケンちゃんのことは嫌いじゃない。病気になっちゃうなんて、絶対にいやだ。
「ケンちゃんを、助けてあげられないの?」
ゆうたは、バ・ダブラをすがるように見つめた。
「栄養のある食べ物を毎日きちんと食べさせることじゃよ。そうすれば、体も元気になって うんちも毎日出るようになる。」
「どうやって、毎日きちんと食べさせたらいいんだろう。」
ゆうたは、今日ひろくんが言っていたことを思い出した。
ケンちゃんは、朝ごはんと夕ごはんを作ってもらえないんだっけ。
「そうだ!栄養のいっぱいあるごはんを作って、ケンちゃんに届けてあげたらどうだろう。」
ゆうたは思いついた。
「なるほど、いい考えじゃ。それにここなら家庭科室も近い。ついでに給食室から材料を少々いただけば、よい食事が出来上がるじゃろう。」
バ・ダブラの頭の中には、学校のことがすべて入っているようだ。
「よし。では、さっそく今夜実行することにしよう。みんなが学校からいなくなったら、作戦開始じゃ。」
「うん。」
ゆうたは、しっかりとうなずいた。
アーノルドのかげにかくれながら、ゆうたは五時を知らせるチャイムを聞いた。
窓から差し込んでくる夕日が、ゆうたの顔をオレンジ色にそめる。さっき入り口の戸を開けて見回りをしていた先生の足音も、もう聞こえなくなった。
「では今から、家庭科室へ行こう。」
バ・ダブラの声で、アーノルドはうれしそうにクリーム色のふたを二回 パカパカっと開けた。
バ・ダブラがアーノルドの貯水タンクの上にちょこんと飛び乗ると、待っていたかのようにアーノルドは床からうきあがった。
「うわあ。」
アーノルドが飛ぶことは知っていたけれど、実際に飛んでいるところを見るのは、これが初めてだった。
本当に 空飛ぶトイレだ。
今までアーノルドがいた個室が、ずいぶんと広く感じる。
「ふぉふぉ。忘れているかも知れんが、アーノルドは最新の宇宙船なのじゃよ。これぐらいでおどろいちゃ困る。」
バ・ダブラは なんだか楽しそうだ。
「さあ、家庭科室へ行くぞ。」
アーノルドはバ・ダブラを乗せてろうかへ出た。ゆうたも急いで追いかける。


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家庭科室は、バ・ダブラの発明した合いカギで 簡単に開けることができた。
まっくらな家庭科室。きっと 一人だったらこわくて来ることもできない。とゆうたは思った。
「さて、何を作ったらよいかのう。」
バ・ダブラは、アーノルドのライトをともすと、テーブルの上でうで組をした。
「さきほど、給食室をのぞいてきたんじゃが、れいぞうこの中には いろんなものが入っておった。まず、わしが勉強した料理はどれでも作れそうじゃ。」
「じゃあ、ハンバーグがいい。」
ゆうたは、自分の大好物を思いうかべた。
お母さんが作ってくれる、ケチャップいっぱいのハンバーグ。思い出しているうちに、ゆうたのおなかも ぐううう、と鳴った。
「ふむ。ハンバーグか。中にたくさんの野菜をきざんで入れたら、とっても栄養のつまったおいしい料理になるぞ。よし!」
バ・ダブラは、体をくるくると回してメモをゆうたに放り投げると、アーノルドに飛び乗った。
「アーノルド、材料を取りにまいろう。」
「じゃあ、ぼくは道具を用意しておく。」
ゆうたは、バ・ダブラの残してくれたメモを読んだ。
包丁 まな板 ボウル お皿 皮むき器 フライパン フライ返し。
 それと、油や塩、こしょう。大好きなケチャップをテーブルの上に並べた。
 「よし、こっちは準備完了。」
 ゆうたが一息ついていると、アーノルドがふたの上にたくさんの荷物を乗せて帰ってきた。
 にんじん ピーマン たまねぎ お肉 たまご パン粉 レタス お米・・・。 
「こっちも準備オッケーじゃ。」
 バ・ダブラも気合じゅうぶん。
 アーノルドも、久しぶりに動きまわれることがうれしいのか うれしそうにあちこちを飛び回っている。
 「ではまず、材料を洗おう。」
 バ・ダブラの指示に従い、ゆうたは野菜をボウルの中できれいに洗った。たまねぎ、にんじん。
ゆうたが洗ったものから バ・ダブラは上手に皮をむいて、切り刻んでいく。
 「すごい、バ・ダブラ。宇宙の人なのに上手だねえ。」
 ゆうたが感心していると、
 「ほっほっ。わしは料理が上手な天才科学者としても、ふるさとでは有名なのじゃ。」
 バ・ダブラは得意げに言った。
 バ・ダブラの包丁さばきによって、あっというまに レタス以外の野菜はみじん切りに整えられた。
 「次は ひき肉とパン粉、野菜、たまごを入れてよくかき混ぜるのじゃ。」
 ゆうたは、大きなボウルに材料を入れると、両手をつっこんで グニグニと混ぜた。
 額には汗がにじんで、体が熱くなってきた。
 「料理とは、体力を使うものなのじゃ。」
 バ・ダブラは、すっかり料理人になりきって、塩こしょうをふった。
 「よく混ぜ合わせたら、丸い形を作って、熱したフライパンで焼くのじゃ。真ん中に、くぼみをつけることを忘れるでないぞ。」
 ゆうたは、形をこわさないように まあるく まあるく。形が整ったら、真ん中を指でちょこんとへこませて、油をしいて熱くなったフライパンの上にそっと置いた。
 「よし。しっかりと両面を焼いたら、中まで火が通るよう火を弱めて。真ん中のヘっこみがふくらんだら できあがりじゃ。」
 バ・ダブラはフライ返しをサッとひとふりして、ハンバーグをうら返した。
 ひっくり返したハンバーグをながめつつ、お皿にレタスをしくよう、バ・ダブラはゆうたに指示した。
 もうすぐハンバーグが焼きあがる。
 「よし、いいじゃろう!」
 バ・ダブラは、フライパンとフライ返しをおどらせて、レタスの上に焼きたてのハンバーグをのせた。
 「すごい。いいにおい。」
 ゆうたのおなかが、さっきよりも大きく鳴った。
 「これで、ケチャップをたっぷりかけたら出来上がりじゃよ。われながら上手にできた。」
 バ・ダブラは、体に飛び散った油を見て、くるりと体を回した。
 かたわらのアーノルドも、ふたを大きく開けて喜んでいる。


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「これを、ケンちゃんに届けてあげるんだね。」
 ゆうたは、汗びっしょりの顔をほころばせた。これを食べて、ケンちゃんがずっと元気でいてくれますように。
 「よし。冷めないうちにケンちゃんの所へ届けてやらないとな。」
 バ・ダブラは、手早くあとかたづけをしながら、おさらにラップをかけた。 
 そして、電子ジャーにお米とお水を入れると、アーノルドの体にコンセントをつないだ。
 「アーノルドが飛ぶときに発生する電気の力を使って、お米を炊くのじゃ。わしって頭がよいのう。」
アーノルドって、本当にいろいろなことのできる宇宙船なんだなあ、と ゆうたは感心した。
「さてと。では、ゆうたもアーノルドにまたがるのじゃ。」
アーノルドは、ふたをしっかりと閉じて、ゆうたが座るのを、待っている。
ゆうたは、おそるおそる アーノルドにまたがった。
いつも、トイレをするときとは逆を向いて、ゆうたはアーノルドの貯水タンクをひざでしっかりとはさみ込んだ。両手には、できあがったばかりのハンバーグのお皿を抱える。
「よし、アーノルド。出発じゃ。」
バ・ダブラが貯水タンクの上に飛び乗ると、アーノルドは家庭科室の窓から、ゆっくりと夜空に向かって飛び立った。
アーノルドのライトが夜空を照らす。
空から見下ろす学校は、まるで違う世界のようだ。歩くと遠くてたまらない家から学校までの道が、ずいぶん近くみえる。
バ・ダブラが、南の空を指差した。
「あの星とこっちの星の間に小さく光っているのが、わしらのふるさとじゃ。」
ゆうたは、目をこらして星の間を見つめた。


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「ねえ。アーノルドの燃料は大丈夫?」
ゆうたは心配になった。せっかく毎日貯めてきた燃料を、ふるさとに帰る前に使ってしまったら もったいない。
「大丈夫じゃ。宇宙に出なければ 燃料もたいして使わんよ。」
アーノルドは、ふんわりと ゆっくりゆうたの町を飛んでいった。ほおにあたる夜風が、ゆうたの汗をやさしく乾かした。
「アーノルド、ケンちゃんの家だよ。」
しばらく行くと、目の前に赤い屋根の家が見えてきた。
アーノルドは、ゆうたの声を合図に ゆっくりと地上に降りた。
「ちょうど、ごはんも炊けておるぞ。」
バ・ダブラは、またまた得意げに言うと、ジャーを開けて ハンバーグのとなりにごはんをたっぷり盛り付けた。
「ケンちゃんに届けてくるのじゃ。」
ゆうたはうなずくと、ケンちゃん家の玄関に走った。
ピンポーン
玄関のチャイムを鳴らすと、家の中からバタバタという足音が聞こえて、ドアが開いた。
「あれ、ゆうたじゃん。何だよこんな時間に。」
ゆうたは、ハンバーグののったお皿をケンちゃんに すっと差し出した。
「これ、食べて。ケンちゃんが夕ごはんを食べてないって聞いたから。ぼくが作ったんだ。」
 ケンちゃんは、ぽかんと口を開けた。
 「昼間の話だけど。うんちの話より先に、ケンちゃんはごはんを食べた方がいいと思うんだ。食べないと病気になっちゃうよ。」
 ゆうたは、ケンちゃんの両手にお皿をしっかりと手渡した。
 「朝ごはんも できれば何か食べた方がいいと思うよ。じゃあ、また明日学校で。」
 ゆうたは、ぽかんとしているケンちゃんに背中を向けると、バ・ダブラたちのいる木陰に戻ってきた。
 「ちゃんと、渡せたよ。」
 「そうか。それはよかった。これで けんちゃんが毎日ごはんを食べるようになればいいのじゃが。では、わしらも帰るとしようか。ゆうたのお母さんも心配しておるぞ。」
 「うん。」
 ゆうたも、早く家に帰ってごはんが食べたい。
 「アーノルド、帰ろう。」
 アーノルドは、二人を乗せて もういちど空へ向かって飛び上がった。
 (今日のごはんは、何だろう。)
 ゆうたの頭の中は、今夜の夕ごはんでいっぱいだ。
次の日、学校へ行くと 校門の前でケンちゃんがゆうたを待っていた。
 「きのうは、〈うんこたれ〉なんて言って悪かった。ハンバーグ、うまかったぜ。」
 ケンちゃんは、ゆうたに言った。
 「おまえ、料理が上手なんだな。これからおれも、自分で作ってみようと思う。作り方教えてくれよ。」
 ケンちゃんは、はずかしそうに言った。
 「おれも今朝は、うんこがいっぱいでたよ。」
 ゆうたは、とってもうれしくなった。
 「よかった。それは元気なしょうこだね。」
 

それから、ケンちゃんはもう二度と 学校でうんちをする子を〈うんこたれ〉とからかうことはなくなった。今では、ケンちゃんもごはんをちゃんと食べているようだ。
 そして、ケンちゃんもアーノルドでうんちをするようになった。ケンちゃんだけではない。クラスのみんなも、ゆうたやケンちゃんの元気な姿を見ているうちに、もう学校でうんちをがまんすることはなくなった。
 しかし今度は、アーノルドががまんする番だ。
 みんなにこわがられないよう、ゆうた以外の子が座っているときには、おとなしくしていなくてはならない。
 そんなアーノルドの様子に、ゆうたも大笑い。本当は、「このトイレ、アーノルドって言う 宇宙船なんだ。」 と みんなに言ってしまいたいけれど、アーノルドの努力を尊重して、ゆうただけの秘密にしておくことにした。


「ほんとに、ゆうたには大変お世話になったのう。」
 ある日の放課後、バ・ダブラが言った。
 「ゆうたのおかげで、たくさんの子どもたちが燃料を分けてくれた。もうじゅうぶん ふるさとへ帰れる。なごり惜しいが、これから ふるさとへ帰ろうと思うのじゃ。」
 突然バ・ダブラの言葉を聞いて、ゆうたは何も言えなかった。
 ふるさとへ帰らせてあげたい気持ちはずっとあったけれど、アーノルドとバ・ダブラが宇宙に帰るのは まだまだずっと先のことだと、ゆうたは思っていた。
 ゆうたの気持ちを感じて、アーノルドはクリーム色の体をすりよせた。
 「人生に出会いと別れはつきものじゃ。」
 バ・ダブラも、ゆうたの肩にこしかけた。
 「それに、わしらと会うのはこれが最後というわけではない。また、いつでも地球にやって来れるぞ。かしこいアーノルドは、ちゃんと道を覚えておるからの。」
 アーノルドはふたを大きく開けてうなずいた。
 「わしは、ゆうたに会えてとても幸せじゃ。他の星から来たわしらにやさしくしてくれたこと、決して忘れないぞ。」
いつのまにか、ゆうたの両方の目から大粒の涙がつぎつぎとあふれていた。

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バ・ダブラは、自分の体でそっと ゆうたの涙をふいてくれた。こらえられなくなって、ゆうたは声をあげた。
 「ぼくも、バ・ダブラに会えてよかった。たくさんたくさん いろんなことを教えてもらった。アーノルドがいたから、うんちができた。空を飛んだことも、料理をしたことも、絶対に忘れないよ。」
 ゆうたはアーノルドのひんやりした体をしっかりと抱きしめた。
 「いつでも地球に来て。いつでも燃料を分けてあげられるよう、なんでも食べて元気でいるから。」  
 「もちろんじゃ。」
 バ・ダブラは、ゆうたの肩から下りると、アーノルドの貯水タンクの定位置についた。


「アーノルド、出発じゃ。おつかいのため、太陽方向へ進路を取れ。」
 バ・ダブラの指示でアーノルドは浮きあがった。とうとう 二人は行ってしまうのだ。
 「そういえば、おつかいって何をしに行くの?アーノルドの夢って、なに?」
 ゆうたはいっしょうけんめい涙をふきながら、バ・ダブラがいつか話してくれたアーノルドの夢について 最後にたずねた。
 バ・ダブラはふり返った。
「アーノルドの、おしゃべり装置を買いに行くのじゃ。アーノルドの夢は、他の星に住む者たちとたくさん友達になることなのじゃ。次に会うときには アーノルドのやつ、ゆうたと話が出来るようになっておるぞ。」
 アーノルドは照れくさそうに体をゆらした。
 「おしゃべり装置なんて、いらないよ。ぼく、今だってアーノルドの言いたいこと 分かるもん。」
ゆうたは笑った。
アーノルドも、ちゃんと ゆうたの気持ちを分かっている。話さないけれど、ゆうたにもアーノルドの心は伝わっている。
でも、アーノルドがおしゃべりするようになったら。きっと、うんちをするのがもっと楽しくて みんな好きになるに違いない。
ゆうたの心はワクワクしてきた。 
「では、また会おう。ゆうた。」


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アーノルドは、一度ゆうたをふり返ると、この前とは比べものにならない速さで 一直線に雲を横切ると、空のかなたへ行ってしまった。 
 (また 来るよ。)
 ゆうたには アーノルドの声が聞こえた。 
小さくなっていくアーノルドを見上げながら、ゆうたは今夜 アーノルドとバ・ダブラのふるさとを探してみようと思った。


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        『宇宙からきたアーノルド 第一部 完』

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