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推しが転がったテーブルに会いに行った話

 先々週の日曜日、茨城県稲敷市にあるアミューズメントパーク「こもれび森のイバライド」へ行ってきた。稲敷市と言っても地元の人以外はあまりピンとこないと思うが、映画『下妻物語』のクライマックスで主人公のイチゴと桃子が茨城のレディース軍団と対決するシーンのロケ地にも使われた、あの世界一大きい大仏で有名な「牛久大仏」にほど近い場所だ。ちなみに牛久大仏の大きさは全長120mらしい。ガンダムが18m、初代ウルトラマンが40mなのでかなりデカい。シン・ゴジラの身長は118.5mなので牛久大仏と張るが、あの大きさの生き物が移動して都心に迫ってきたのかと思うとやはりブルッと来るものがあるな、シン・ゴジラ。

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 牛久駅までは都内の自宅から東京駅に向かい、そこからJR常磐線に乗り入れしている上野東京ラインを利用して片道約2時間。決して近くはない道のりを辿って、なぜ「こもれび森のイバライド」に向かっているかというと、その敷地内にある一脚のテーブルに会いたい、あわよくばそのテーブルでご飯を食べたい、という目的からである。

 この記事を読んでくれている大半の人はご存知かもしれないが、自分は仮面ライダーが好きだ。更に言うと仮面ライダーや怪人のいわゆる「中の人」と呼ばれているスーツアクターの方々が好きだ。更に更に言うと、ジャパンアクションエンタープライズという俳優事務所所属の岡田和也さんというアクション俳優さんのファンだ。そしてその岡田さんが現在ご出演されている『仮面ライダーセイバー』の7話の中で、岡田さん演じる(と、私が勝手に思っている※1)(※1 デザストのスーツアクターは公式発表されていないので岡田さんだと断言ができない。つらみ)怪人デザストが、野外ロケでライダーたちと激しいアクションをする中、とある一脚のテーブルの上を転がって攻撃を避けたのがめちゃくちゃカッコ良かった。思わず「いつかあのデザストが転がったテーブルを特定して、あのテーブルでご飯が食べるのが夢です」と放送中にツイートしたところ、「その場所なら、茨城にある『こもれび森のイバライド』ではないか」と教えてくれた方がいた。さっそく画像検索してみると、建物の雰囲気など周りの風景はかなり近いし、デザストが転がったものと似ているテーブルも屋外に何個か設置してある。これはもう確かめに現地に行ってみるしかない。もし本当にここなら、「推しが転がったテーブルでランチを食う」という夢が叶えられてしまう。天気予報も「週末は気持ちのいい秋晴れになるでしょう」と言っているし、さっそく次の日曜日に実際に行ってみることにしたのだ。

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 牛久には行ったことが無かったが、常磐線になら実は飽きるほど乗っている。
というのも、私が通っていた東京芸術大学 先端芸術表現科という学科は、「芸大」と「パンダ」でお馴染みの台東区の上野ではなく、茨城県取手市にある分校にあり、大学4年間、自宅から取手までを毎日4時間かけて往復していたのだ。乗り換えに使っていた日暮里駅から取手駅までは約40分。制作で徹夜なんかした翌日には常磐線に乗った瞬間から爆睡だ。というかもうハナから寝るつもりで乗車していたし、あの頃は常磐線のことを「ベッド」と呼んでいた。

 そんなだから学生時代は当然よく寝過ごしたりした。一度、乗り過ごして次の駅の藤代まで行ってしまい、慌てて降りて反対の電車に乗り換え、ヘトヘトになって学校に着いたところ、今は現代美術アーティストとして活躍中の同期の清野仁美ちゃんが「常磐線の中でたえちゃんを見た」と言うではないか。びっくりして何で起こしてくれなかったのかと問い詰めると、あっけらかんと「あんまりよく寝ていたから、もういいかなと思った」と返されたことがある。清野さんのちょっとピントのズレた気遣いに呆れるやらそのセンスに感心するやらで疲労やら何やらも相まってもうなんだか笑ったのをよく覚えている。

 そんな思い出の藤代を過ぎ、佐貫駅を過ぎた次の駅がついに牛久駅だ。牛久駅はわりと大きな駅で駅にはショッピングセンターもついており、正直取手より人手の多い賑やかな場所だった。やっぱり牛久大仏という観光資源がある街は違うなぁ、などと思いながらバスロータリーへ下り、もう既に到着していたイバライド行きの無料送迎バスに乗り込む。送迎バスはちゃわゆいシルバニアファミリーのキャラクターのイラストのついた赤いミニバスで、中には親子連れや中学生のグループなどが座っていた。

 個人的なイメージでは駅から10分程度走った場所にイバライドがありそうな気がしていたが、なんとここからバスでたっぷり30分かかる。都内だったら区を2つくらい跨げてしまいそうな距離だ。駅からイバライドまでのまぁ何もない、もとい、豊かな自然がいっぱいの中をひた走る。たま~に何か建物が見えて「お?お店かな?」と思うとだいたい何かの工場 0R セレモニーホール。あとはひたすら森、森、森。何かのトラブルがあってバスが止まったら絶対に歩いて帰れない距離を、他に交通機関もない中を運ばれてる時のなんとも言えないちょっとした恐怖感が湧き起こる。数年前、アメリカのデスバレー国立公園に行った時、公園内にガソリンスタンドがあって、そこの看板に「公園内は広いので途中であなたの車のガソリンが無くなった場合、ここには歩いて戻って来れる距離ではありませんので、あなたは死にます」的なことが書いてあったのを思い出した。

 それでもなんとなく「この道を岡田さんを乗せたロケバスも走ったのかぁ……」などと思いを馳せているうちにバスのガソリンが尽きることもなく(当たり前)バスはイバライドの駐車場に到着。駐車場はかなり広く、奥には自家用車がたくさん停まっていた。ディズニーランドなんかだと、駐車場から既にランド感が出てたりするが、イバライドはそんなことはない。実はここはただのサービスエリアで、ここからまた走ります!と言われてもおかしくない感じの素朴さだったが、なんとなく人の流れに沿って歩いて角を曲がった途端、いきなりおとぎ話に出てくるような西洋風の可愛らしい街並みが現れたので驚いた。入り口でチケットを購入し、いざイバライドの中へ。

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 混んでる。めちゃめちゃ混んでる。もう、「茨城じゅうの人が来てんのか???」ってくらい混んでる。(大袈裟)
 実は今日イバライドに行くことを、近所に住んでいる茨城出身の特オタの友達に言ってあったのだが、その時には「イバライドいいところだよ!動物ばっかで人はいないけどww」と言われていた。おい友よ。普通に休日の井の頭公園くらい人がいるぞ。

 イバライドの中はざっくり言うとショップなどが多い「街エリア」と、アスレチックや動物とのふれあいゾーンが繋がる「村エリア」に分かれていて、その間にフードコートやキャンプ場、更に入場料とは別料金を払うと入れるシルバニアファミリーのエリアなどがある感じだ。入り口から花畑に囲まれた一本道を通って最初に着くのが「街エリア」なのだが、ここが思いっきり、「騎士竜戦隊リュウソウシャー」のOPで使われていた場所でびっくりした。

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 本編ではかなり映像に加工がほどこされていたので、あのRPGっぽい背景はCGで描いたものなのかと思っていたが、見たらすぐ「あ、あそこだな」と分かるくらいにはめっちゃリュウソウジャーだ。そしてセイバーのロケ地であることが関係しているのかどうか分からないが、街エリアの中央にシャボン玉噴射器が置いてあり、見上げた景色はまさにワンダーワールドそのままだった。(本編ではパイロットを過ぎたあたりからシャボン玉飛ばす演出無くなったけど……)

シャボン玉越しにしばらく辺りを見回していると、ふと「ここ、7話のブレイズのお姫様抱っこポイント※2 だ……」と気づく。

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今ならまだ永徳さんのお姫様抱っこ微粒子(なにそれ)が空気に混じって漂っているのではないかと思い、しばらくそこに佇んでみた。

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(※2 お姫様抱っこポイント:「セイバー」の6話で、スーツアクターの永徳さん演じる仮面ライダーブレイズが、敵に放り投げられたヒロインの芽依ちゃんをお姫様抱っこでキャッチする名シーンだ。あの時のブレイズ永徳さんのカッコ良さと言ったらまぁ~~もう筆舌に尽くし難く、「一体生涯でどれだけ徳を積んだら永徳さん入りのブレイズにお姫様抱っこしてもらえるのか??白蛇1000匹捕まえて来るか??」などと放送後に悶々としたものだ。(するな)) 

 お姫様抱っこ微粒子をお腹いっぱい吸って、ふと時計を見ると午後1時前。空気もいいけどそろそろ大本命のテーブルでお弁当にするかと、例のデザストの転がったテーブルを探して園内の散策を始める。街エリアを通り過ぎ、村エリアに着くと、村のど真ん中、円形の花壇の周りに放送で見かけた黒っぽい野外用のテーブルたちが並んでいるではないか!

 ついに来た!!自宅から約2時間半、はるばるやって来たこの茨城の地で、ついに推しが転がったテーブルに近づいておりますおっかさん!!と心の中で叫びながらスマホを取り出し、事前にスクショしておいた画像と見比べつつ、どのテーブルが岡田さんが転がった机なのか見極める。そして、「こ、これだ!このテーブルに違ぇねぇ!」と思ったそのテーブルが、偶然空いていた!なんてことは当然なく、おばあちゃんとそのお孫さんらしき幼児が座って休んでいた。いや、当然である。園内はかなり混み合ってるし、ちょうどお昼時で他のテーブルもランチを食べる人たちでいっぱい。そんな中、デザストのテーブルだけが奇跡的に空いてるなんてことはないよね……そうだよね……「そう、うまくはいきませんっ!」(byブラッドスターク 「ビルド」33話)ってやつだよね……と思いつつ、ソ~ッとそのテーブルに近づくと、

孫「おばあちゃん!!早く遊びに行きたい~~!!」
婆「今、お母さんとお姉ちゃんが戻ってくるからね。そしたら行こうね」

という会話が漏れ聞こえてくるではないか。ということは……このお二人は違う場所に遊びに行ってる母親と姉を待っているだけで、家族と合流したらわりとすぐここを離れるのでは?よし、このおばあちゃんとお孫さんが家族と合流して席を立ったらここでお弁当を広げよう、と思いテーブルの空いてる側のイスに腰掛けた。

 ところでイバライド、森の中にあるせいなのか、携帯の電波の入りがめちゃくちゃ悪い。先の茨城出身の特オタの友達に「全然アルパカより人の方が多いわ!」と文句のひとつでもラインしたかったが、作った文章が「送信できません」になるくらい電波が無い。もちろんWi-Fiもないし、微弱な電波を一生懸命探すもんだからバッテリーはグングン減る。仕方ないので携帯の電源を切り、こんなこともあろうかと持ってきた文庫本を読むことにした。持ってきたのは旧ソ連生まれの作家ユーリイ・ヤーコブレビッチ・ヤーコブレフ作、宮川やすえ訳の「美人ごっこ」だ。愛読書で過去に何度も読んでいるが、名作は何度読んでもいいものだ。

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日本の秋特有の乾いた木々の少し甘いような匂いと、高く透明な空の下で、日に焼けた文庫本を開いてしばらくすると、

孫「ねぇねぇおばあちゃん~~あの人(私)何してるの??」
婆「ん?ああ、ご本を読んでるんだよ」
孫「ご本?なんで?」
婆「さあ……きっと、誰かを待ってるのよ」

ん????????

や、確かに私はこのテーブルが空くのを待っているが、誰か待ち人を待っているわけではない。そもそも「本を読んでる」=「誰かを待つための暇つぶしをしているに違いない」ってことはなくないかバァちゃん。

なんとなく違和感を感じ、ハッとした。まさかと思い本から目を上げ、行き交う人たちを左右に見渡す。休日を過ごす親子連れ、デート中のカップル、わいわいと楽しそうな友達グループ、散歩中の老夫婦……なぜ、なぜ私は今まで気づかなかったんだろう。
イバライドには、「ぼっち」で来てる人がいないのだ。

 しまった。これは、ぼっちで来ているとおばあちゃんにバレたらめちゃくちゃ変なやつだと思われているに違いない。どうにかして自分は怪しいやつではないと思って貰わねば、と頭をひねった結果、ポケットから電源を切ったスマホ取り出し、耳に当て、どこにも通じていない電話口に向かって、

「あ、もしもし~??うん!今ね~花壇の脇の…そうそう!外のテーブルに座ってる~!うん!待ってるからゆっくりでいいよ~!じゃああとでね~!」

と、やや大きい声で喋り、通話を終了する仕草をした上でポケットに戻した。

 もう、こうするしかなかった。

 おばあちゃんが予想した「私は今は一人でここで本を読んでいますが、いずれ合流する友人のいる者です」という芝居を演じるほかに、私に残された道はなかった。こういう時、かつて俳優業をやっていて良かったとちょっと思うが、柄本明さん(※3)はイバライドでぼっちに耐えかねて苦し紛れに一人芝居をするために私に演劇を教えてくれたわけではないので、柄本さんにすらもはや申し訳ない。(※3 大学卒業後、柄本明さんの主宰する『劇団東京乾電池』の研修所で少しの間お世話になっていた。)

 でも、この猿芝居だっていつまでももたない。来るはずの連れ合いが来なかったら、それこそ不審者だ。どうしよう、どうすれば……と悶々としていると、
「あのー」
と声がした。顔を上げると、うどんやフランクフルトやジュースなどが満載のトレーを両手で持って立っている若いお母さんと、そのお母さんの太ももにしがみついている4才くらいの女の子。
「ここ、家族で使いたいんですけど……いいですか?」
向かいに座っていたおばあちゃんとお孫さんの連れ合いがやってきたのだ。私は即座に立ち上がり「どうぞ、どうぞ」と席を譲と譲ると、なんだか「自分は何をやっているんだろう」と我に返ると共に、途端に恥ずかしさといたたまれなさでいてもたってもいられなくなり、「どうも、お邪魔しました!」と逃げるようにその場から去った。

 しばらくふらふらと歩きながら考えた。私はなんて場違いなところに一人で来てしまったんだろう。でもよく考えたら当たり前だ。親子向けのクラフト教室に、自然の中で遊べる子ども向けアスレチック、大人数で楽しめるバーベキュー会場と、イバライドは休日を家族や友達で過ごすための施設がいっぱいだ。そんな場所にわざわざ一人で来るやつの方がおかしいのだ。というか、この場所はおそらく「一人で来る」ことを想定して作られていない。

 そもそも、イバライドは周辺住民の皆さんにとっては「手段」なのだと思う。
家族連れも、カップルも、グループも、老夫婦もそれぞれ家族で休日を過ごすための、デートのための、友達同士で遊ぶための、昼間の散歩の「手段」としてイバライドという安全で整備された娯楽付きの施設を利用しているのだ。対して私はイバライドに「推しが転がったテーブルの上でご飯を食べる」という確固たる「目的」があって来ている。その場所にいることが「手段」の人間と、「目的」にしている人間とでは、一見して体の動きが違う。「次どこいこっか~?」と他者とコミュニケーションを取る時間ことこそが重要な「手段」の人とは違い、「目的」がある人間の動きには「迷いがない」。だからつまり……めちゃくちゃ、たぶん、私は、浮いている……。

 途方に暮れた。このままトンボ帰りしようかとも思ったが、せっかくここまで来たのだ。浮いてようが何だろうが、とにかく目的だけは達成して帰ろうと気持ちを持ち直し、推しが転がったテーブルで仲良くご飯を食べる例のファミリーの影がギリギリ確認できるくらいまで離れたベンチに腰掛け、とにかくテーブルが空くのを心静かに待とう。みんな自分たちの遊びや食事に夢中で、こんな女ひとりにそこまで注目するはずもないと自分に言い聞かせる。かなりお腹が空き始めていたので今ここでお弁当を食べてしまいたい気持ちにもなったが、「あの」テーブルで食べることに意義があるのだとグッと空腹をこらえた。

 そうだ、こういう時こそ読書だ。自分はいつでもそうやって閉塞感から逃げてきたではないかと、荷物からもう一冊本を引っ張り出す。さっきは純文学だったが、ちょっと気分を変えたい時のために持ってきた新書がある。大好きな伊集院光さんと養老孟司さんの対談集、読むのが楽しみだっ……t

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なんて胸に刺さるタイトルだろう。

 震える手で本を開く。タイトルが今の自分にピッタリすぎてしばらく内容がまったく頭に入ってこなかったが、養老先生が「シーラカンスも現代に存在してるのは希望ですね」という話をしているくだりを読むうちに、さっきまで自分を覆っていて猛烈な疎外感と孤独感がいくらか和らいだ。
 確かに、ヒトもシーラカンスも同じ時の中で現代に生きていて、ヒトもシーラカンスも両方いるから世界は楽しいわけで、それだったらイバライドにぼっちで来てる妙齢の邦人女性がいてもいいじゃないか!などと自分を一生懸命励ましながら夢中で本を読み続けた。何分くらい経ったのだろうか。ふと気づくと、いつのまにか先ほどの家族連れがいなくなっていた。

ということは……推しの……転がったテーブルが……

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空いた!!

わぁああ~~~~~~~~~!!!!!!

と、駆け出したい気持ちを必死に抑え、「どっか空いてるテーブルないかなぁ~」と探しながら歩く芝居をしつつ、推しが転がったテーブルに颯爽と着席し、すかさずお弁当を開いた。

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お弁当の献立は、煮込みハンバーグ、ニンジンのグラッセ、茹でブロッコリー、卵焼き、海老ピラフ。デートでも手作り弁当なんか作ったことない私だが、推しが転がったテーブルに会うためになら話は別だと思い、早起きして手作りした。気持ち悪い行いだと思うが、全て自己満足でやってることなのでご容赦願いたい。

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アルコールティッシュで手を拭い、口の中でちいさく「いただきます」と言ってから、スプーンですくったピラフを頬張る。

食べながら、なんだか涙が出そうになった。

理由はもうよく分からない。空腹に海老ピラフが美味しかったからかもしれないし、ついにこのテーブルでご飯を食べれたことがうれしかったからかもしれないし、小学校の頃、普通にしよう普通にしようと思えば思うほど動きも言葉もぎこちなくなり「居るだけでキモいんだけど」と聞こえるように陰口を言われた瞬間のこともフレッシュに頭によぎる。教室にいられず図書室の隅で隠れるように本ばかり読んでいた。その逆に、大学時代は多才な同級生たちの作品を見ては「自分は普通すぎる」と大きく悩み、頭までかぶった布団の中で顔を枕に突っ込んでは叫んでいた明け方のカーテンの薄い色。退学すら考え始めた時に「君のいちばん面白いのは、文章だよ」と言ってくれた先生、その先生がある日突然死んでしまったこと。外国で一緒に住んでいた恋人とお互いを罵り合って別れ、家も仕事も無いまま日本で仮面ライダーを観始めた日のこと、このテーブルを転がったデザストがほんとにカッコよかったこと、岡田さんのお芝居が大好きだということ、自分の呆れるほどの凡庸さと、破滅的にズレた感覚を持て余したまま、それでも何かを強烈に好きだと感じる毎日が楽しくて悲しくて、自分がみっともなくて恥ずかしくて、そういうことのひとつひとつが一気に胸に押し寄せ、そしてこんな場所で一人で弁当を食いながら泣きそうになってること自体、やっぱりへんだ、こんなの絶対にへんだ。やっぱり私はおかしい人なんだと思いながら、なすすべもなく涙をこらえる喉もとだけが熱くて苦しくてたまらない。

 涙がこぼれないように急いで弁当を食べ、時間をかけてゆっくりお茶を飲むとだいぶ気持ちが落ち着いてきた。空になった弁当箱をしまい、深呼吸をして辺りを見回す。木々の葉が鮮やかに紅葉していた。
 空気が、東京よりずっとおいしいことに今さら気づく。午後の日差しにあたためられた、乾いた風が心地よかった。

 仮面ライダーの撮影は、放送より約二ヶ月前に終わっていて、もうずいぶん時間が経っているし、テーブルも傷がつかないよう養生をしてからアクションをしているはずだから、ここに座っても別に岡田さんが残した何かが感じられるわけではない。分かっている。そんなことはじめから分かっているけど、それでもばかみたいに、二ヶ月前に、岡田さんのところに吹いた風が、こんなふうにきもちのいいものであったことを祈った。心の底から祈った。

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 長時間テーブルを占領するのも悪いので、ひとしきり感慨にふけった後はそそくさと立ち上がり、まだ行っていないエリアを散策したり、お土産屋さんを覗いてるうちに牛久駅に戻る最終バスの時間になった。

 最後に名物のミルクソフトクリームが食べたかったが、閉園30分前になっても
爆裂並んでいるので、結局食べられなかったのが心残りだが、まあ仕方ない。

 帰り道、またバスに揺られながら窓から見る夕日がまぶしかった。
隣の列の子どもが、手に買ってもらったシルバニアを握ったまま母親にもたれかかって眠っていて、小さな掌の中の、小さなうさぎの黒い瞳がこちらをじっと見つめていた。

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 バスを降り、牛久駅から常磐線に乗車すると即座に眠ってしまっていた。さすが私の「ベッド」である。首が痛くなって目覚めたら上野駅に着いていた。上野駅のホームを歩いていると、ピンクの髪のお姉さんとすれ違った。アイドルのダンス動画を見ながら自分も激しく踊っているお兄さんも、なぜか裸足で歩いてる緑のシャツのおじさんも。彼らはみんなひとりで、私は「ああ、東京に戻ってきたな」と思い、ようやく自分の輪郭が街に溶けていくような気がした。

 結論、ひとり映画より、ひとりラーメンより、ひとりディズニーランドより、ひとりイバライドのほうがけっこうキツい。でもまた行ってみたいとも思う。圧倒的に「ひとり」の時間がくれる、生きることの切なさを感じに。

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