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ふだん着・街着のススメ! 木綿着物編


「特別な日の着物」と「何でもない日の着物」

わたしが着物を着ていると、よく言われる言葉があります。
「私も持っているの。でも着る機会がなくて」
「私も持っているわ。でも着ていく場所がないでしょ」

こういう類の着物を着ない理由をお話しされるご婦人がたというのは、とても良い物をお持ちであることが多いです。
具体的に言うと、留袖とめそで黒紋付くろもんつき、訪問着、振袖などですね。
ふだんの生活において、これらのお着物の「着る機会がない」「着ていく場所がない」のは、ごく当たり前のことなのです。
なぜなら、人生に数回あるかないかという、特別なシーンで着用することを目的としてあつらえた、特別な着物だからです。

わたしもこれまでの人生で、訪問着を着たのは一度きり。
高校時代の友人の結婚披露宴にお呼ばれしたときに、叔母譲りの訪問着を着て、袋帯を締めました。
そのとき、同じくお呼ばれして一緒の席に座っていた友人のうちの一人は、振袖を着ていましたね。
今どきは入籍だけですませる場合も多いですし、訪問着や振袖を着て行っても不自然でないほどの豪華な披露宴に招待される機会は、そうそうないものです。

着物がお好きで、ふだんのおでかけの時にも洋服感覚で着たいとお考えのかたにおすすめしたいのが、何でもない日に着られる着物です。


特別な日の着物についてよく言われる言葉が
「いざという時のために必要だから」
ひと通り揃えておきなさい、というもの。
とは言え、反物を選び、国内縫製のお仕立てに出したとして、三か月あれば余裕で完成します。
結婚式や入学式、卒業式、祝賀会などのお祝い事は、半年以上も前に予定が決まっているものですよね。
留袖や訪問着といった慶事のための礼装というのは、その特別な日が来ることがわかってから誂えたとしても、じゅうぶん間に合うのです。

それに、年齢によって体型も似合う色柄も変わってきます。
まだ何の予定も立たないうちに、ボーナス払いやローンを組むなどちょっと背伸びをして誂えたお品が、十年後、二十年後の「いざという時」に本当に役立つのかどうか、誰にも分からないですよね。

一方で、弔事というのは突然降りかかってくるもの。
それこそ「いざという時」に、着物でお見送りをしたいとお考えであれば、黒紋付に黒帯、黒帯締め、黒帯揚げ、黒草履をあらかじめ準備しておく必要があります。
黒一色ですから、似合うも何もないですしね。
わたし自身、黒紋付を喪服として着た経験は二度あって、母のお葬儀のときと、義父(夫の父)のお葬儀のときです。


そういうわけで、直近で特別な日の予定が決まっていないのであれば、特別な日の着物よりは、何でもない日に着られる着物を誂えることをおすすめします、という話です。


木綿着物のススメ

これから、何でもない日に着物を着たいなと思っているかたにおすすめしたいのが、木綿もめん素材の着物です。
今風に言えば、コットン100%の着物ですね。

お財布に多少余裕があるなら、夏は麻、春秋は木綿、冬はウールと、洋服と同じように暑さ寒さの体感に合わせてその日に着る着物の素材を変えると、より快適にすごせます。

麻で作られた衣服の歴史は非常に古くて、縄文時代までさかのぼります。
『源氏物語』が書かれた時代でも、絹織物を着ることができたのは貴族階級だけで、庶民は麻を着ていました。
夏きもので行く! 増上寺盆踊りの回でご紹介した小千谷おぢやちぢみが、現代の麻100%の着物です。

日本で綿花の栽培が広まったのは室町時代からで、江戸時代には木綿の着物が庶民の日常着になったそうです。

歌川国芳「江戸じまん名物くらべ こま込のなす」より

こちらの藍染めの木綿着物にたすき掛けをした美人さんは、真剣な面持ちでナスの皮をむいていますね。
ふだん着として着物を着るなら、こんな気取らない着方を目指したいところ。

木綿着物と言えば、三重県の伊勢いせ木綿、福岡県の久留米くるめかすり、新潟県の片貝かたがい木綿、福島県の会津あいづ木綿、静岡県の遠州えんしゅう木綿などが有名ですね。
かつては日本各地でたくさん織られていた木綿の着物ですが、昭和50年代に織元も木綿問屋も次々と廃業していき、今や生き残っている織元がわずか一軒だけという産地もあります。

こうした産地のうち、現在、わたしの手元にあるのは片貝木綿と伊勢木綿です。
片貝木綿については、別の回であらためて書くとして、今回ご紹介するのは洋服感覚の街着として着られる伊勢木綿です。

「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」(六本木ヒルズ)にて
2019年5月

この日のコーデは、伊勢木綿の着物に塩瀬しおぜの染名古屋帯を締め、絽の長羽織を重ねていますね。
青い塩瀬帯は母譲りの品ですが、母自身は一度も着用しなかったようで、しつけ糸のついたままの状態で譲り受けました。
斜め掛けしているのは、帯をリメイクしたバッグで、札幌市のハンドメイド作家kamada worldさんの作品です。

一緒に写っているのは、映画『モンスターズ・インク』に登場するサリーとマイクの等身大オブジェ!!
ちなみに、PIXARが手がけたアニメのうち、わたしがいちばん感動した映画は『ウォーリー』です。

繰り返しになりますが、木綿素材の着物は気軽に着られる「何でもない日の着物」ですので、おおらかな気持ちでご覧ください。


映画『名探偵ピカチュウ』鑑賞後
2019年5月

こちらも「PIXARのひみつ展」を見に行った日と同じく、伊勢木綿に塩瀬帯、薄羽織というコーデですね。
季節が同じなので、まったく同じ組み合わせで着ています。
襟元に見えているのは、レース生地の半衿です。
足元は、伊勢木綿の共布ともぬので作ってもらった、オリジナル足袋をはいています。

見ての通り、伊勢木綿の良さは色が立つことです。
色がきれいで格子柄がくっきり目立つため、伝統工芸品でありながら、とてもモダンな印象を受けます。
この色や柄はデジタルプリントではなく、あらかじめ色を染めた糸を織機で織り出すことで作っています。

江戸時代には、日本橋の木綿問屋において「伊勢の国から来た木綿」という意味で、すでに「伊勢木綿」という名前で呼ばれていたそうです。
350年以上の歴史を持つ伊勢木綿ですが、現在も残っている織元は、三重県の臼井織布さん一軒のみとなってしまいました。
臼井織布さんは、明治時代に製造された豊田式自動織機を使って、100年前と変わらず、ゆったりと木綿布を織っています。


マイサイズは時短への近道

着物を着たいと思ったとき、すでに出来上がっている着物を着るか、マイサイズの着物を新しく誂えるか、の二択となります。

すでに出来上がっている状態の着物というのには、洋服のようにS、M、Lと大まかなサイズ別で縫製されているプレタ着物と、もともと別の持ち主のマイサイズだった着物があります。
親族から譲り受けた着物や、アンティークのお店で見つけた着物などは、このうち後者に当たりますね。
プレタ着物と聞いてピンと来ないかたでも、毎年、夏になるとショッピングモールの一角で、プレタ浴衣がたくさん売られているのを目にしたことがあるはず。

一方、マイサイズの着物というのは、未縫製の状態の布を選び、自分の身丈、身幅、裄に合わせて縫製をしてもらう、オーダーメイドの着物です。
マイサイズの着物の何が良いかと言うと、着るのがラクなのです。

母はわたしよりも小柄だったため、母のサイズの着物をそのまま着るとなると、身丈や裄がちょっと短いわけですね。
身丈が短い着物は腰ひもの位置をぎりぎり下にするとか、裄が短い着物は半衿をたっぷり見せるようにするとか、あれこれ工夫をすればもちろん着ることができます。
それが、マイサイズであれば、この「工夫をする」というひと手間がいらないので、何も考えずにスッスッと着ることができます。

わたしが初めてマイサイズの着物を誂えたのは、社会人になってから。
最初は、片貝木綿の着物でした。
今回、ご紹介した伊勢木綿も、マイサイズで誂えたものです。
学生時代は、母や叔母から譲り受けた着物しか着たことがなかったので、マイサイズの着物を着るようになって、その着やすさにおどろきました。
今では、マイサイズの着物と結び慣れた帯があれば、肌着から始めても30分以内で身支度を整えることができます。
マイサイズの着物を着るということは、着付けの時間を短縮するための近道でもあるのです。

最近は、プレタ着物もサイズ展開が豊富になってきて、パターンオーダーの着物まであって、オーダースーツの注文方法に近づきつつある気がします。
とは言え、木綿着物の場合、反物自体の価格が安く抑えてあるため、プレタだからフルオーダーよりもとりわけ安いということはないので、着やすさ優先で言うとフルオーダーの方がおすすめです。
伊勢木綿であれば、反物のみだと3万円以内、これに水通しや国内縫製のお仕立て代が2万円程度かかり、合計5万円以内でフルオーダーのマイサイズ着物が完成します。

身支度にかかる時間が早くなると、その日のおでかけ先が洋服でも着物でもどちらでもかまわない場所なら、「今日は晴れてるし着物で行こうかな」という気持ちがわいてきます。
逆に、今日は雨だから洋服で行こうかな、ということも。

特別な日のための着物と違って、何でもない日の着物は、その日にぜったいに着なければならない、というわけではないので、着たい時に着ればいいし、気が進まなければ着なければいいのです。
単純に、衣服の選択肢の幅が広がったな、という程度に考えて、気負わずに着るのが楽しいと思います。

最後の写真は、横浜日帰り旅行のひとコマ。

「カップヌードルミュージアム 横浜」にて
2019年6月

この日のコーデは、伊勢木綿に絽の名古屋帯を締めています。
黒地に赤い花柄を織り出した帯は、知り合いのご婦人から譲り受けたお品です。
6月なので、羽織ものはなし。
帯揚げと帯締めは夏用のもので、博多織の織元であるOKANOさんのお品です。

余談ですが、カップヌードルミュージアムでは、自分の好みでスープと具材を選んで、世界に一つだけのマイカップヌードルを作ることができます。↓↓

オリジナルカップヌードルを実食
具材はたまごとエビだけ(謎肉抜き)

木綿着物は、着たあとのお手入れも簡単です。
着物は肌に直接ふれるものではないので、着るたびに洗うわけではありませんが、たくさん着たなと思ったら、ネットに入れて洗濯機で洗い、着物用ハンガーにかけて室内干ししています。

着物の下に着る長襦袢じゅばんについて言うと、わたしはアイスコットン生地で誂えたものを愛用しています。
春夏秋、真冬をのぞいてほぼ一年中、アイスコットンの襦袢です。
襦袢は肌にふれて汗を吸ってくれるものなので、着たあとは毎回、ネットに入れて洗濯機で洗っています。
洋服でも和服でも清潔感というのは大事だと思うので、自宅で洗える素材の襦袢は、わたしにとってなくてはならないものですね。


「ふだん着・街着のススメ! 木綿着物編」と題してここまで書いてきました。
何でもない日に着物を着ることの楽しさ、あそび方を少しでもお伝えできれば、さいわいです。
この、何でもない日と言うと、マッドハッターと三月ウサギの「何でもない日、ばんざい!」と歌うメロディが、わたしの頭のなかで流れ出して、ちょっとわくわくするのです。

臼井織布さんただ一軒のみとなってしまった、伊勢木綿。
これから先も、ずっとつづいていってほしいものですね。

最後までお読みくださり、どうもありがとうございます。

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