【短編小説】午前のコーヒーとワッフル

ある朝、みよ子は夫や子供を玄関から送り出すとさっさと掃除や洗濯を済ませた。夕飯の下ごしらえまでやってしまうと、家族が帰宅するまではやることが無い。あとは自分の自由な時間なのである。1人でオシャレなカフェに行きコーヒーとワッフルを注文した。バターの染み込んだワッフルと芳ばしい香りのコーヒーが目の前に出される。それだけでも、みよ子の心は満たされる。それがささやかな午前中のお楽しみでなのである。

みよ子は週に2日程度は近所のお惣菜店から頼まれて短時間の手伝いには行ってはいるものの、子供達は大学生と高校生になり、最近では暇を持て余すようになっていた。そんなに経済的に余裕というわけではないが、夫の給料だけでも贅沢を望まなければ何とか暮らしていけるから周りの働く女性達のように働く気力も湧かない。今までは子育てやPTAや部活の応援などに夢中だったからそれでもよかった。あまり自分の時間というものは持てなかったが今となって思えば、みよ子にとってはそれが良かったのだ。目の前にいる子供達やそれを通しての活動がみよ子にとってのやりがいだった。

子供達に手がかからなくなったから、みよ子はようやくパートで働こうと思ったのだが、40代後半という歳はみよ子の気持ちを大いに妨害し逆方向へと向かわせる。求人票を毎日スマホから眺めてはいるものの、仕事に対して昔のように夢や期待に満ちたような気持ちのはなれず、逆に不安や自信のなさが膨らむばかりで、なかなか求人に応募出来ないのである。勇気を出して電話をかけて面接までいったとしても社会経験の少ないのを見破られてなのか断られ、ますます自信を無くす。じゃぁ、働かないで家に居ようと思うのだが、1人ポツンとやることもなく家に居ても更年期にさしかかった年代の女性がポジティブなことを考えるわけがない。むしろネガティブ。家に居ても、外で働こうとしても更年期鬱にでもなりそうなのである。

夫は働き盛りで大きな仕事を任せられていてそのことで頭がいっぱいなようだ。だから、みよ子は自分のモヤモヤした気持ちをぶつけることが出来ず、せめて夫の邪魔だけはしないようにとか、健康のことを気遣った食事を作ったりとかしているのに、夫はみよ子に向かって「自由でいいな」と上から目線で言ってくる。確かに自由な時間はいっぱいあるけれども、ちっとも心は自由ではないのに!と、ムッとした。何故だかわからないけれども、みよ子はいつも心の中に不安を抱えていて自由ではなかった。

それでも、子供達がしっかり育ってくれたことが何よりなことで満足せねばと心に言い聞かせて、自分はこれからの長い人生の旅の中で自分の役割というものを見つけていこうと思ったのであった。

今の自分には何が出来るのであろうか?みよ子にとって、目の前にあるコーヒーとワッフルはこれからの人生にほんの少しだけ希望を与えてくれた。

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